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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
六章 貴族戦争
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五十九 出立

 王宮の庭に集まっている兵士は五百人ほどであった。

 近衛兵団から百、警備兵団二百、ライベル派の貴族及び兵士達が二百で構成されている。

 総計千人の軍になる予定で、残りの五百の兵士たちはそれぞれの領地から直接明朝までに決戦場所に集合することになっていた。

 ジスラン・オフレが宣言する前から、賛同派の貴族に呼びかけており、急な出兵にもそれぞれ対応が早かった。


「タエ、行くぞ」

「はい」


 青いマントを羽織り銀色の鎧を身に着けたライベルは、鮮やかな青色のドレスに金色のティアラを被ったタエに手を差し出す。迷いなくその手を掴み、二人は兵士たちの前に立った。


「第九代アヤーテ国王、ライベル・アヤーテとして、ここに集まってくれた皆に感謝する。不当な権利を行使し、民を苦しめる逆賊が正義の旗を掲げて、王宮に攻め入ろうとしている。私は国王として、逆賊を退治し、このアヤーテに秩序と平和を取り戻すつもりだ。皆の者、共にアヤーテのために戦おうぞ!」


 ライベルの掛け声に兵士たちが賛同して、怒号をあげる。

 十七年前、エイゼンとの戦いの時はエセルを過信した己の過ちを認め、力を貸してくれと頼んだものだが、現在のライベルは違った。

 即位して十八年、彼は王として信頼を勝ち取ってきた。声を上げる兵士、貴族たちは皆ライベルを信じている者ばかりだ。

 そのことに胸を熱くしているのは十七年前のライベルの状態を知っているニール、クリスナ、シーズ達だ。

 ライベルの成長と王としての威厳を見せつけられ、これからの戦いへの不安も消えていく。

 息子のカリダも皆に称えられる父の姿を称賛の思いで眺めていた。


 ライベルは皆を見渡し満足そうに頷き、タエに笑いかける。


(次は私の番。静ちゃんのように皆を鼓舞して、陛下のお手伝いをする)


 緊張しながらもその動揺を見事に隠して、タエは皆の前で悠然にほほ笑んだ。


「アヤーテ王国の兵士達よ。私は異世界の娘タエであり、このアヤーテの王妃である。王の元に集う正しき兵士達よ。王と共に戦い、悪しき者を倒せ。私はこの国に繁栄を持たらすために、静子の代わりに導かれた者。我が祈りは祝福となり、皆に力をもたらすだろう」


 タエの声は風に乗って兵士の心を掴む。

 異世界の娘、その言葉は魔法のように兵士たちに不思議な効力を及ぼした。まるで勝利が完全に約束されているような錯覚に陥っていく。


 王妃様、と合唱が始まり、外庭は熱気に包まれていく。

 そんな中、ライベルとタエが手を取り合うことで、声は二人を讃えるものに変わっていく。


 タエは熱狂する兵士達を眺めながら己の演説が間違いなかったことに安堵した。緊張が説かれ、ライベルの手を握りながら、周りを見渡す。

 ふとニールに視線が合いそうになり、彼女は避けた。それは彼も感じたようで、逆に不躾な視線を感じた。


(異世界の娘効果はニールには関係ないみたいね。彼は私がただの人であることを知っているから。そして愚かな女であることも)


 熱に包まれた場にいるのに、タエは自分が冷え切っていくのを感じていた。

 けれども王妃の微笑みを崩すことなく、兵士たちの声に答え続けた。



 出立の挨拶が終わり、軍は進撃を始める。

 指揮を執るのはライベルだ。

 タエは軍が王宮を完全に出るのを見送り、パルに伴われて部屋に戻る。けれどもしばらくしてカリダから呼び出しがあった。

 ライベルが王宮を離れた今は王太子であるカリダが王宮の主になる。したがって通常であれば王室へ呼びだされるはずなのだが、彼が指定した場所は王宮の裏門近くの厩舎であった。

不信に思ったがパルが持ってきた伝言であるので、彼女はパルを伴ってその場所へ向かった。


「タエ様。私はここでお待ちしております」


 パルの言葉に疑問を持ちながらも、タエは厩舎の中に入る。

 光があまり差さない場所、そこにいたのはニールだった。


「ニール、なぜあなたが?」

「カリダに頼んで呼び出してもらいました」


 こうして二人で会うのはもう何年ぶりのことで、タエは不覚にも自身の心が踊るのを感じる。

 けれどもニールから持たされた言葉は彼女の気持ちを深く傷つけるものだった。


「私はあなたが好きだった。でも今は、私の心はマリアンヌと共にあります。だから、もう私のことは忘れてください」


 「俺」という人称を使うこともなく、彼は他人行儀に語る。


「あなたは幸せになるべきだ。私はあなたを幸せにできない。それを陛下に望まれても」

「へ、陛下が?」

「はい。だけど、俺は、マリアンヌを裏切ることはできない。だから、あなたはあなたの幸せを見つけてください」


 ニールはそれだけ言うと、馬に乗り彼女の元から風のように去った。


(……これはきっとニールの最後の優しさなのね。私がまだ彼を好きなことに気が付いて、だけど、そんな優しさいらない)


 目を凝らしてみるがニールの姿はもうすでに見えなかった。


「殿下」


 パルの少し咎めるような声がして、カリダが姿を現した。

 するとタエは気持ちをすぐに切り替える。

 呼び出しはカリダからだった。なので、彼はニールが何を話すのか知っていたはずだった。

 怒りに似た感情に支配されそうになるが、彼女は必死にそれを押さえた。だけど疑問は沸き起こり、気持ちを押さえながらも問いかける。


「殿下。このような真似をなぜされたのです。ニールが望んだのですか?」

「うん。そうだよ。ニールが戦いに行く前に伝えたいって言ったんだ。だから僕が手伝った」

「な、ぜ、ですか?」

「ニールはもう違う人なんだよ。タエが好きだったニールはいない。彼はもうマリアンヌのものなんだ。だけど、あなたはそれなのに、ずっとニールを思い続けている。だから忘れてもらおうと思ったんだ。ニールもそれを望んでいる」

 

(余計なことを……)


 そう言いかけて、彼女は口を押える。

 思うことは自由だ。彼女は誰にもこの想いを告げるつもりはなかった。


「あ、ありがとうございました」


 子供だったカリダはどこにいったのか。目の前のカリダは別人のように微笑んでいた。そんな彼の行動にタエの思考は追い付かず、ただ感情を忘れて礼を述べる。


「タエ様」


 間を図るように見ていたパルが駆けてきてその隣に立った。


「部屋に戻りましょう」


 パルは呆然としているタエにそう声をかけ、その場から連れ出した。



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