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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
一章 異世界転移
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五 王の責務

 ニールが立ち去り、タエは一人牢に取り残される。

 天井、壁、床すべてが石作り、扉だけが鉄製の部屋、彼女は壁にもたれかかり、膝を抱えた。そうして、一人になり、やっと彼女は自分が身に着けている服が着物ではなく、洋服であることに気がつく。


 街に出かけ、洋服を着ている女性を見ると憧れを抱いた。こうして自分が身にまとうことになったが、喜びの感情など浮かぶことはなかった。


 脳裏に蘇るのは、鮮やかな色の洋服を纏った静子。

 髪を結い上げ、とても美しく、輝いていた。


「静ちゃん……!」


 涙が溢れ出てきて、タエは顔を両手で覆った。


「タエ様。よろしいでしょうか」


 ふいに扉の外から声をかけられ、驚きで体を竦ませる。じっとしていると鍵を開ける音がして、扉がゆっくりと開いた。

 暗くて顔がよくわからず、タエは目を凝らして入ってきた人物を眺める。そうしてそれが目覚めて最初に見た女性であることに気がついた。


「タエ様。私はパルと申します。ご無礼だと思いましたが、勝手に入らせてもらいました」

「パ、ル?」


 ニールに必要ないと伝えたのに、彼はパルを世話役として寄越した。その事に困りながらも、タエは断らないと口を開く。


「あの、世話など必要ないですから。私は罪人ですので」

「罪人?タエ様が?何の罪でしょうか?」


 パルが近づき、タエの目の前で腰を落とした。彼女の琥珀色の瞳が閃き、暗闇の中でタエをまっすぐ捉える。退きたかったが、すでに壁に寄りかかっていたタエに逃げ場はなかった。


「し、静ちゃんの。静子様の死に加担している罪です」


 震えだしそうになりながらも、タエはそう答える。


「そうですか。しかし、私はそうは思いません。シズコ様はよくあなたの話を聞かせてくれました。シズコ様は私にあなたの姿を重ねていてようです」

「静ちゃんが、」


 ライベルやニールだけでなく、パルにも自分のことを話していたのだと、タエは胸が熱くなった。静子の自分への信頼を感じ、心が温かくなる。けれども、それも一瞬ですぐに彼女への罪悪感がそれを冷たくした。


「私は、とても卑しい人間です。静ちゃんにそんな風に思われていたのに。結局彼女を死に追いやってしまった。止められたはずなのに」

「あなたに責任がないとは言い切れません。けれども、あなたの責任を追及することはシズコ様が望んでいないはず。だから、私は、あなたに責任は求めません」


 パルはタエの黒い瞳を真正面から見つめ、一言一言ゆっくりと語った。

 彼女の人となり、また静子が彼女に寄せた信頼を感じとり、タエは胸が苦しくなる。

 

「あなたが償いたいというのであれば別の方法を取るのはいかかですか?もっと建設的な償い方を。あなたが死を望み、死んだところで何が変わるのです。ただシズコ様を悲しませるだけです」


 パルの意見は正しく、静子が望むのは別の方法だということもタエは理解できた。実際彼女の魂はタエに願いを託した。

 けれども、胸に救う罪悪感はそれを許さなかった。

 彼女の痛み、苦しみを味わうことで、タエはやっと償いをできる。そのようにタエは願わずにはいられなかった。


「死ぬなんて、だめです。私が死を望んだ時、シズコ様は私に生きろと命じました。どんなに死を望んでもあの方は許してくれませんでした。だから、あなたも決して死んではなりません。死ぬことこそ、シズコ様が最も許さない行為だと思います。生きて、償ってください。あなたが罪を感じるのであれば」


 パルはそう言うと立ち上がる。


「食べ物を持ってきますね。あと着替えをいたしましょう」


 タエの合意を得ぬまま、彼女はさっさと牢から出て扉を閉める。施錠もせず、そのまま牢屋を後にしてしまった。

 再び一人になり、タエは解放されたかのように、体から力を抜いた。パルの言葉のすべては正論であった。

 静子の魂が再び現れれば、同じことを言うことは間違いなかった。


「でもだめ。私が静ちゃんの代わりなんてできるわけがない。そんなことするべきでもない」


 タエは両手をきつく握り締めると、抱えた膝に顔をうずめた。





「やはり、ここにいたか」


 呆れたような声を出され、ライベルは不機嫌そうに声の主を睨んだ。


「そう睨むなって。もうこんなに日が高い。干乾びてしまうぞ。さっさと王宮に入れ」

「干乾びるか。それでも構わない」

「あほか。お前は」


 ニールは無造作にライベルの腕を掴み、立たせる。


「しっかりしろ。お前の肩に国民の生活がかかっているんだぞ」

「俺は、王失格だ。クリスナが相応しい。俺はこのままここで死んでいく」

「くそ!何悲観的になってるんだ。お前も、あのタエも!そんなんじゃシズコ様が悲しむだろうが!」

「タエ。あの女も死にたいと言ってたか。そうだな。シズコを救えなかった女など死んでしまえばいい」

「ライベル!」


 ライベルの頬に衝撃が走り、はたかれたことに気がつく。


「お前!」

「ライベル!シズコ様の話を覚えているか?シズコ様はタエを慕っていた。何度も聞かされただろ?タエにしかられたとか、タエに教えてもらったとか。忘れたのか?」

「覚えている。だから、俺はあの女が許せない。そこまで慕われながらも、なぜ救えなかったんだ。シズコが死んだのは、あの女のせいだ」

「シズコ様は死んだ。お前も、それは認めるわけだな」


 ニールに指摘され、ライベルは唇を噛む。

 静子が死んでしまったことなど認めたくなかった。

 しかしタエの虚ろな瞳、挙動から、それが事実であることを、ライベルは認めるしかなかった。

 その虚無感から逃げるため、彼は静子の死をタエのせいにして、怒りでどうにか気持ちを保っていた。


「シズコの死は、タエのせいだ。だから、彼女に償わせろ」


 ニールが半ばやけっぱちに言い放ち、ライベルは訝しげに彼を見る。

 タエを擁護するような様子だったのに、急に違うことを言い始めたニールに、ライベルは戸惑いを隠せなかった。


「タエにシズコ様の代わりをしてもらう。カリダには母親が必要だ。昨日の様子をおぼえているだろ?今日も同じだ。母上に会いたいと泣きつかれた。カリダは、シズコ様とタエを混同している。だが、言い聞かせたところで意味はなかった」

「シズコとあの女は違う」

「当たり前だ。だが、カリダは同じだと思っている。まずは会わせていいか?カリダが納得したら、タエにはカリダの母親になってもらう。その意味はわかるな」

「俺は認めない」


 ニールの意味することは理解できていた。

 昨日のカリダの泣き方は尋常ではなかった。明らかに混同している。だが、姿が似ているだけで、静子とタエはまったく異なる。

 しかも母親にするということは、すなわち王妃として迎えるという意味だ。

 ライベルは同意できるわけがなく、ニールを睨みつける。


「王妃とは言わない。だが、母親は必要だ。わかるな?」


 生まれた時からライベルの傍には「母親」はいなかった。

 だからニールの言葉には納得ができるわけがなく、ライベルはただ彼を睨んだままだ。


「とりあえず、牢から出す。カリダに約束してしまった。会わせるだけならいいだろう」

「俺は許さない」

「まったく頑固だな。タエが何をしたんだ。お前はタエに何をさせたいんだ。殺したいのか?」


 溜息混じりに問われ、ライベルは言葉を失う。

 彼自身、タエをどう扱うか、わからなかった。ただ、今は静子を失った悲しみと怒りの捌け口にしたい。それだけの思いだった。


「異世界の娘を殺すなど、ありえない。それはわかってるな。この国に異世界の娘の伝説を作ったのは俺たちだ。それを壊すことはできない。だったら、利用するしかないだろう。タエを王妃にしたくなければ、カリダの母親として何か地位を作る。それだけでも国は安定するだろ。カリダも落ち着くはずだ」


 冷静に諭され、ライベルはニールの真意を測るため、彼を見据える。

 ずっとニールが静子のことが好きだと思っていたが、静子の訃報を聞いて動揺するどころか、彼は理性的にライベルを説得しようとしている。


「お前は、なぜそんなに冷静なんだ。シズコが死んだんだぞ!」

「だからだよ!ライベル。お前がおかしいから、その分、俺がしっかりしないといけない。俺たちは王族だ。国を、国民を守る義務がある。わかってるな」

「そんなの、俺は知らない」

「くそったれ!それならお前はそこで干乾びて死ね。王には父上が代わりになる。カリダを養子に向え、時期王はカリダを据える。お前は、シズコ様があれほど避けた「死」を安易に受け入れ、何もせず悲しんでそこで女々しく死ね」


 ニールは感情高ぶるままそう言い捨て、ライベルに背を向ける。そして振り返ることもなく、王宮の森へ消えていった。


 取り残されたライベルは再び、長椅子に腰掛ける。


「俺は、」


 王になるために生きてきて、静子に出会った。王になる道とは別の生きがいを見つけ、初めて幸せを感じた。

 静子はライベルにとってかけがえのない存在であり、彼の命と言っても過言ではなかった。

 しかし、王としての責任の重さも彼は忘れていなかった。


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