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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
六章 貴族戦争
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五十八 出立前二


「陛下が?」


 戻ってきたパルの報告を受け、タエは顔色を変えた。


(まさか、陛下自らが赴くなんて)


「パル。出発はいつになるの?」

「三刻後です」

「そんなに早く……」


 ニールが出発するのは予想通りだったのだが、まさかライベル自らが指揮を執るなど思ってもいなかった。


(今会いに行っても邪魔になるかもしれない。でも……)


「パル。陛下は今はどこにいらっしゃるの?」

「今は恐らく王室におられます」

「王室に行くわ」


 すでに午前中から装いは整えていた。タエはパルの返事を待たず、部屋を出て王室に向かった。

 廊下に出ると雰囲気は一変する。

 出陣まで三刻しかないため、誰もかしこも時間を惜しむように歩いていた。

 兵士達の声も部屋にいる時よりも大きく耳に入る。


「王妃様」


 王室の前に現れたタエに一瞬近衛兵が驚いた顔を見せたが、すぐに王へ伺いを立てた。中から返事がして、扉が開かれる。

 王室には数人の者がおり、ライベルに鎧を身に着けさせようとしていた。金色の髪は邪魔にならないように編み込まれている。


「タエ。連絡が遅くなったな。三刻後、出立する。カリダと共に王宮の守りを頼む」


 彼は優しい笑みを浮かべ、タエに向き直った。

 彼女はその姿と、遠い昔静子の父が出兵する姿を重ね、胸が痛くなった。


(叔父さんはどうしているだろう。あれからもう十四年。日本はどうなっているのかしら。村は……)


 郷愁の思いがよみがえり、目頭が熱くなる。


「タエ。どうしたのだ?」

「申し訳ありません」


 慌てて近づいたきたライベルに、タエは自身が泣いてしまったことに気が付いた。

 パルに差し出されたハンカチで涙が拭う。


「知ってると思うが、ニールも行くことになっている」


 ライベルは彼女にだけ聞こえるようにそっと耳打ちをし、その肩に手を置いた。


(どうしてニールのことを……。そう、陛下はこの私の邪な思いを知っているのね。涙の理由はニールのことではないのに。でも言ったところで何も意味はないわ。こんな私の……)


「戦力的にもわが陣営のほうが上で、ニールもナイデラもいる。心配することはない」

「……どうかご無事で戻られてください。もう誰も失いたくありません」

「そうだな」


 タエの願いにライベルはそう答えるだけで、彼女は心配になる。


「……静ちゃんはあなた様の死を望んでおりません。どうかお願いします」

「心配するな。まだ死なない」


 ライベルは薄く笑うとタエの頭を撫でた。

 

「誰も死なせない。そのために俺は行くのだ」


 彼がそう言った後、ナイデラが入ってきた。


「王妃様」


 彼女がいたことに少し驚いた顔をしたが、頭を下げるとナイデラはライベルに準備の状況を報告し始めた。それにライベルは頷いたり、指示を飛ばしたり、王室はたちまち会議の場と化した。タエは自分がいても邪魔になると思い、王室を後にするしかなかった。

 再び廊下に出て自室に戻る。パルは彼女の影のようについていた。


「パル。私も準備を手伝いたいわ。何かないかしら?」

「……残念ながら。ただ出立の際に陛下の隣に立ち、兵士たちに異世界の娘として声をかけられるのがよいかと思います」

「そう、そうね。私にはそれしかないわね」


(異世界の娘として特別視されているけど、何も力なんてない。だけど、異世界の娘という存在を利用して、兵士たちを鼓舞することはできる。静ちゃんがしたように)


「タエ様。アヤーテ王国の青色のドレスを身にまといましょう。勝利を導くために」

「ええ」



 タエはパルの言葉に頷き、月に願う。


(私をこの国に連れてきた月よ。どうか私の願いを叶えて。もうこれ以上私の周りの人たちを死なせないで。お願い)



 

「ロイド。クルートのことを頼むな。俺はしばらく出かけることになるから」

「父上。戦いに行くの?」


 ロイドはニールを見上げて問いかける。


「ああ」

「戻ってきて絶対に」

「ああ」


 ニールはロイドの頭を撫で曖昧に笑った。


「母上みたいにいなくならないでお願い!」


 そんな彼の腰回りにロイドはしがみつく。そして離さないとばかり強く抱きしめた。


「ロイド。大丈夫だから。離してあげなさい。ニールが困っているでしょう?」

 

 レジーナが見かねて声をかけるが、ロイドは腕を緩めなかった。

 必死のロイドの姿はクルートに不安を与えたらしく、ニールの腕の中にいたクルートが泣き出す。

途端に屋敷内が騒がしくなってしまった。


「ロイド。心配するな。俺は戻ってくる。クルートが不安がっている。落ちつけ」


 ニールはクルートをあやしながら、ロイドに笑いかける。すると彼はやっと力を緩め、不貞腐れた様な顔でニールを睨む。


「父上。絶対に戻ってきてね。絶対に。約束だよ」

「ああ、約束だ」


 ニールが手を差し出し、ロイドがそれを握り返した。そうしてやっとクルートも安心したように泣き止んだ。


 子どもたちを部屋に返し、ニールを屋敷から見送るのは母レジーナだ。クリスナは王宮内に留まっている。


「ニール。約束を果たしなさい。絶対に戻ってくるのよ。マリアンヌの元に行こうなんて考えては駄目よ」

「……わかっているよ」


 ニールの微笑みはとても心配になるようなもので、レジーナは固く彼に言い聞かせる。


「絶対よ。子供との約束を違えるなんて親失格なのよ」

「わかってるよ。母上」


 彼は安心させるようにレジーナを抱きしめ別れを告げると、馬に乗り王宮へ急いだ。


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