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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
六章 貴族戦争
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五十七 出立前


 ブリュノがジスランを担ぎ上げ、反逆の狼煙をあげてから、王宮には緊張感が漂っていた。ライベル側についた貴族が私兵を連れて集結し始め、その数は膨らむ一方だった。

 王宮近くのマティス家にも兵を置き、ニールは子供達とレジーナを屋敷に残して、会議に参加している。


(私がおかしなそぶりを見せたせいかしら)


 ニールとマリアンヌの子供達に近づき、ニールに対して邪な思いをまだ抱いている最低な王妃。


(本当になんて碌でもない王妃ね)


 タエは窓から兵士達が訓練を繰り返す様子を見ながら自嘲する。

 バルコニーとは反対側の窓からは、王宮の森が見えた。そこで兵士達が走り込みをしたり、組手をしたり、戦いに備えた訓練をしている。


「タエ様。大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。パル。心配してくれてありがとう」


 アヤーテのためにカラスは組織としてエイゼンで暗躍しており、パルはタエ達の警備のために王宮に残っている。そもそも現在パルはカラスの一員からはずれ、独自で動いているのだ。彼女の相棒ともいえるハイバンも同じで、パルも彼の動きは読めていない。


「お茶を入れなおしましょう」

「ありがとう」


 パルの気遣いに礼を言って、タエは窓から離れようする。

 だが、急に兵士の動きが変わり、足を止め目を凝らした。


「タエ様?」

「出立が決まったようね。パル。私に知らされるのは遅くなると思うから、代わりに見てきてくれない?私はおとなしく部屋にいるから。お願い」


 パルはタエの願いに驚いたように目を開いたが、頷く。


「畏まりました。お茶を入れなおしましたので、飲まれてお待ちください」


 彼女は礼をとると部屋をすぐに出て行った。

 タエは湯気がほんのりと立ち上るティーカップに視線をやり、小さく微笑んでから席に着く。


(パルには本当に感謝している。私のそばで私のことを心配してくれてる。きっと靜ちゃんのおかげね)


 ティーカップを手に取り、口をつける。

 蜂蜜とミルクの入った紅茶は彼女のお腹にじわりと広がり、心まであっためてくれるようだった。


(ごめんなさい。マリアンヌ。私は駄目な王妃だわ。おそらくニールは出立する。王族の代表として。私に守る力があればいいのだけど……。陛下も殿下も私がいなくても、もう大丈夫。この戦いが終われば陛下の治世は完全に安定する。そうしたら私はもういらないわね。ニールの代わりに私が行けたらいいのに。そうすればすべて丸く収まるわ。私の存在はもう必要ないもの)


 兵士達の威勢のいい声が王妃の間まで聞こえるようになっていた。それは出立が近づいているのを知らせるようで、タエは目を閉じる。


(どうか無事で。私のすべてを捧げるから。ニールを奪わないで。靜ちゃん、マリアンヌ)


 彼女は祈りを捧げるように両手を合わせた。


 



「ニール。少し話がある。いいか?」


 警備兵への連絡、それから準備のために屋敷に戻ろうとするニールにライベルは声をかけた。

 他の者たちはそれぞれの役割をこなすために、会議室を後にしている。


「ああ」


 ニールはライベルの様子から、この戦いに関することではないと察したが、同意して会議室に残る。


「僕も聞きたい。いいよね?タエのことでしょ?」

「タエ?王妃様のことであれば、私は関係ないはずだ」

 

 カリダがそう言い、ニールは急によそよそしい態度に戻り、席を立つ。


「……頼む。聞いてくれ。カリダ。お前も同席したければすればいい」


 ライベルがこんな風な頼み方をすることは珍しく、ニールは渋い表情を保ちながらも座り直した。カリダは椅子に深く腰掛け、父の言葉を待つ。


「この戦いが終わったら、俺はカリダに王位を譲ろうかと思っている。そしたらタエは自由だ。タエと再婚する気はないか?」

「ご冗談を!」


 ニールは机を叩き、今度こそ立ち上がった。


「なんの話かと思えば。陛下。私の妻はマリアンヌ一人です。それでは失礼します」


 そうして足早に扉へ向かう。


「ニール。タエはまだお前のことを忘れていない。彼女の想いを受け取ってもらえないか」


 ライベルはその背中に向かって言葉をかけた。

 すると彼はその青い瞳に怒りを込め、振り返った。


「それでは陛下は?前王妃のことを忘れ、今の王妃様を愛することはできますか?」


 ライベルは何も言えなかった。

 ただ息を止めて彼を見る。

 ニールは背を向けると乱暴に扉を開け、会議室を出て行った。


「父上。痛いところつかれましたね」


 カリダは呆然とする父に声をかけた。


「父上はまだ母上を愛していて。ニールも同じだ。昔はタエのことを好きだったけど。過去のこと。タエだけが違う。きっとタエはまだニールのことが好きだ。でももう遅い。ニールは再びタエに心を向けることはないだろう。だけど、父上。僕は彼女のことが好きだ。誰よりもずっと。だから心配しないで」

「カリダ……」


 ライベルはゆったりと椅子に座る息子を眺める。

 彼が前からタエへの思慕を抱いているのを知っていた。それは肉親への想いとは異なると感じていた。けれども、そう宣言されると複雑な心境に陥る。


「それとも父上は母上のことを忘れて、タエを受け入れられるの?」

「それは……」

「だったらいいよね。僕がタエのことを守る。だから僕は一生結婚をしないつもりだよ」

「カリダ」

「父上。僕はタエが好きだ。だけど妃を迎える必要があるの?僕は妃を絶対に愛せないよ。それでもいいの?」


 カリダの緑色の瞳は輝きを増していた。それはタエへの想いを表す。

 己を同じ瞳、そして愛した静子と同じ癖のある黒い髪。

 彼のタエへの思慕をどう受けとめていいかわからず、ライベルはただ息子を見つめる。


「心配しないで。僕の想いはずっと秘めたままにするつもりだから。ただ、父上には知っていてほしかった。……戦いの前に申し訳ありません。陛下」


 カリダは途中から口調を改め、首を垂れた。そうして立ち上がり背中を向けた。

 背の高さはすでにライベルを超え、ニールと同じくらいに成長している。

 扉がゆっくりと開き、再び閉じるまで、ライベルはその場に立ち尽くしていた。


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