五十四 ジスラン・アヤーテ
「おうひさま〜」
クルートがタエのスカートを引っ張って遊んでる。
「クルート。やめなさい。王妃様になんてことを」
「レジーナ。大丈夫よ。気にしないで」
ニールが会議に出席するために子供を連れて王宮に来たと聞き、タエは子供達の世話を買って出た。王妃様にそんなことをと難色を示したクリスナとニールであったが、ライベルがタエの好きなようにさせてやれと言い、タエは堂々と二人の子供を遊ぶことができた。
タエは子供と一緒に過ごすのが好きだった。
一緒にいると素に戻れ、子供達の笑顔が自分を癒してくれる気がするからだ。
ロイドは赤子のころからニールに浮き写しであったが6歳になった今もそうで、ニールの子供版で、やんちゃな子どもだった。
反対にクルートはマリアンヌの特徴を色濃く受けており、女の子ように可愛らしい男の子であった。
しかしロイドは領地で己の身代わりに友人を殺され以前のように騒ぎ立てることはしなかった。ただソファの座り難しい顔をして本を睨みあっこしている。クルートは構ってほしいようでタエのスカートを引っ張ったり呼びかけたりと忙しかった。
「ロイド。私が読んであげましょう」
タエはクルートを抱き上げると、ロイドの隣に座った。
「ありがとうございます」
ロイドは安堵したような顔をすると、タエに本を渡した。クルートを膝に抱え、ロイドにも見えるように本を広げる。
「クルートも一緒に聞きましょうね」
クルートが頷き、タエは読み聞かせを始めた。
母子のような三人の様子をレジーナは複雑な表情で眺める。
タエはそんな彼女の様子に気がつくことがなく、ロイドの希望した本を読み続けた。
☆
隣国エイゼンからこの地にやってきたジスラン・オフレ。
アヤーテ八代目の王の妹、パメラの孫である。
アヤーテなど名乗れるはずはないのだが、ブリュノたちに焚きつけられ、ジズランは熱にうかされるように、旗頭を勤めていた。
「陛下。ライベル王は貴族の伝統を壊し、新たな秩序を作ろうとしております。彼とそれに追随する者達を退け、このアヤーテの王におなりください。そうして我々を導いてくださいませ」
「ブリュノ。お前たちの望みはこの我が叶えてやろう」
猫背で、俯いていたジズランはそこにはもういなかった。
アヤーテの国色、青色のマントを羽織り、彼は集まった数百の貴族の前で宣伝する。
「このジズラン・アヤーテが十代目のアヤーテ国王となり、お前たちを導こう。我に続け!」
熱狂が場を包む。
ブリュノ・ラコンブの所有する領地に、反ライベル派の貴族が集結していた。王を裏切りジズランについた近衛兵が数十人、それぞれの貴族が己の抱える兵士を連れてきており、その数は五百を超えていた。
王宮に行くまでに、各地で兵士を吸収していくつもりなので、その数は千近くになるはずである。
黒幕であるブリュノは、狩の行事と、マティス領の襲撃を失敗したことで痛手を負っていたが、こうして集まった貴族たちを眺め、己の勝利を確信していた。
ジスランはブリュノの操り人形にすぎない。
王位を奪った後は、ジスランの裏でその実権を握る。
その将来を想像して、ブリュノは喜びで体の震えが止まらなかった。
☆
「予定通りだな」
「はい」
ライベルにクリスナが答える。
会議では活発に討議されていた。
ブリュノ、ジスラン派がラコンブ領に集結していること、王宮に向かって進撃しながら貴族たちから兵士を募っているいくだろうこと。
すでにこういった動きは予想されており、後は立てていた対策を講じるだけだ。
「さて、思ったより逆賊の数が多かったですな。我々は今や貴族の敵にされてしまっているらしい」
国防大臣のシーズが冗談でも笑えないことを言う。
ライベルを歓迎しないのは、上位貴族ばかりだった。王妃に異世界の娘を迎え、王立学院を設立し、それまで上位貴族が優先的に座ってきた地位に就かせた。三大臣もシーズ以外は、上位と言えない貴族出身の大臣だ。
「敵とは嫌な表現だな。シーズ」
ライベルがそう返して、クリスナが冷静に言葉を続ける。
「陛下。あなたが即位されてから、毎度反乱分子に足元をすくわれてきました。この騒ぎに乗じてジズラン側に加担した貴族をすべて断絶させましょう。領民も高額な税を払わずに済むことになり、国への不満も押さえられるでしょう」
「断絶か」
ライベルは息を小さく吐いた後、外務大臣に目を向ける。
「エイゼンは沈黙したままか?」
「はい。宰相閣下のおかげで」
外務大臣はクリスナを通しカラスと取引して、エイゼンの目を背後に向けさせた。背後の三カ国に睨まれアヤーテの内乱に付け込む余裕はない。
「財政に余裕があるのか?」
続いて彼は財務大臣に問いかける。
「のちに逆賊から財産を没収いたしますので、それで回収できます」
財務大臣はそれに微笑みを湛え答えた。
「それでは作戦を実行する。ナイデラ。警備兵団からも人を避けると思うか」
「それはニールに頼みましょう。ニール、今の警備兵団長はジョージだ。お前が頼めば協力するだろう」
「ジョージか。嫌がっても貸してもらわねばならない。人手が足りないからな」
ニールは不敵に笑い、ライベルもナイデラはから元気ではない彼の様子に安堵した。




