五十二 会議
カーテンの隙間から、月明かりが漏れている。
タエは何度も寝返りを打ったが眠れなかった。
二週間に一度訪れる満月の夜。
タエはこの日は嫌いであったが、いつもどうにか眠ることができていた。
けれども今日は目が冴えてしまい、彼女はとうとう体を起こした。
月明かりで本でも読もうかと、カーテンを開く。
月光を浴び幻想的な中庭。
「ニール、様」
人影が見えた気がして、タエはあの日を思い出す。
口から出て名前、頭を過ぎるマリアンヌの顔。
(私はいったい)
人影をニールだと思った自身が許せなくて彼女は目をきつく閉じる。再び開け再度見るが人影はすでになかった。
タエはニールに対してまだ何かしら想いが残っている自分を心底軽蔑し、カーテンを閉めるとその場に座り込んだ。
(マリアンヌ。ごめんなさい。私はあなたの願いを叶えられそうもないのよ。酷い女でごめんなさい)
顔を両手で覆い、彼女はマリアンヌに懺悔する。
ふいに風が吹いて閉め切ったカーテンを揺れ、月の明かりが部屋に差し込んだ。
「マリアンヌ……。靜ちゃん」
彼女はふらふらと立ち上がり、明かりを求める。
けれども、タエがその場所にたどり着いた時、風はすでに止みカーテンは重さを増したように微動だにしなかった。
カーテンによって月光は完全に遮られ、部屋に暗闇が訪れる。
「当然よね。マリアンヌ。私がまだこんな想いを抱えているなんて、許せないでしょうね」
タエは静まり返った部屋で、そう呟いた。
☆
翌朝、政堂の会議室にライベルと宰相クリスナ、そして三大臣が集まった。 財務大臣は四十代後半のマルク・アペール、外務大臣も同じく四十代後半のトマ・ガダンヌ、国防大臣はクリスナと同年代の六十代のシーズ・ブレイブでかれこれ15年ほどこの役職にいる古株だ。
「予想をしていると思うが、今日集まってもらったことは内乱への備えについてだ」
ライベルがそう始めるが、三大臣の中で動揺するものはいなかった。
以前から不穏な空気は流れており、学院の一期卒業生の所属先で一気に不満が高まることは予想できていた。
そもそも学院設立の際に、すでに王、宰相、三大臣は意見を共にしており、今後の王政のための貴族社会の見直しを目指していたのだ。
「エイゼンなど諸国の干渉は押さえている。なので、内部の敵への対策が必要だ」
クリスナはライベルの後にそう言葉を続ける。
「宰相閣下ならすでに策を考えているのではないですかな?」
国防大臣のシーズは顎髭を触りながら、クリスナに視線を投げかけた。
財務大臣と外務大臣は無言のまま、次の言葉を待った。
「狩りの行事が1週間後にある。おそらくブリュノ達はその時に仕掛けてくるだろう。陛下、殿下、私が参加し、森の中で事故として処理もできる場。また賊のせいにすることもできる」
「はたして十七年前の狩りの行事も、事が起きましたな。あの時は前王妃でしたが……」
十七年前、シーズはその頃からすでに国防大臣を務めており、あの騒ぎを覚えている。あの際にクリスナの妻レジーナも怪我を負った。
シーズはふと己が失言したかもしれないと後悔がよぎる。
「懐かしいものだな。まあ、ブリュノが覚えているかは知らぬがな。奴は確か参加していなかったな」
だがライベルが皮肉るように発言し、安堵した。
「この機会を逃せていつになるかわからぬ。先日の祝賀会では愉快そうではなかったからな。奴はきっと事を起こすだろう」
「私もそう思われます。ブリュノが貴族の不満をいつまでも押さえておくことはできないだろう」
「それでは、その日の警備を固めなければなりませんな。ブリュノの息がかかっていない者を選定し、陛下、殿下、宰相閣下につけましょう」
「ばらばらになると守るのが面倒だろう。また襲う側としても一か所に集中していたほうがやりやすいでしょう。なので、当日の我々の行動は一致したもので、敵の襲撃を待ちましょう」
「陛下、私も守りに加わらせてください」
「私も」
財務大臣と外務大臣が挙手して、ライベルは二人を諭す。
「お前たちはその辺で狩りをしているがいい。怪我でもされては困る」
「陛下!」
二人が同時に抗議して、ライベルは苦笑した。
「マルクとトマ。そう気を悪くするのではないぞ。二人に「賊」が逃げないようにしてもらう役割がある。俺たちが襲われている間、森から誰も逃がさないようにしろ。この機会に一網打尽にする。俺を襲ったとなれば言い逃れは不可能だからな」
「はい。陛下」
「はっ。おっしゃる通り決して誰も森から逃さないようにいたします」
二人が強く頷き、ライベルは笑みを浮かべる。
「さて、シーズ。お前が一番負担が大きいと思うが任せたぞ。何か必要なものがあればクリスナに伝えろ」
「ご心配ありがとうございます」
シーズが深く頭を下げ、これで会議は終了となった。
「クリスナ。ニールは大丈夫なのか?こちらに呼び寄せたほうが安心ではないか?」
「私もそう思うのですが、どうしてもニールが領地を離れません」
「……そうか」
三大臣が退出し、ライベルはクリスナに問いかけた。彼の返答にライベルは相槌を打つと黙り込む。
ニールの気持ちは痛いほどわかった。
妻が眠る場所から離れたくない、その思い出と共にありたいというのは当然の感情だった。




