五十 カリダ十六歳
カリダは十六歳になった。
ライベルが即位した歳である。
王立学院の卒業も重なり、盛大な祝賀会が開かれた。
今までなら招かれない下級の貴族もカリダの同期生ということで招かれ、問題が起きることを予想して、警備はいつもより厳重にしている。
ライベルの近くには近衛兵団長のナイデラが控え、会場にも幾人の制服を着た近衛兵は配置していた。もちろん、招待客として紛れている近衛兵たちもおり、彼らは私服で回りに目を光らせ、活気の中にも緊張感がある祝賀会になった。
学院の卒業生の所属はすでに決まっており、前例にないほど多くの下級の貴族が文官になった。これに比例して学力が足りず、武官として入団が決まってしまった上級貴族もいて、じわりじわりとであるが不満が高まってきていた。
「本日カリダは十六歳となり、成人を迎える。王立学院での四年の教育を経て得る物も多かった。今後は王太子として私を支えるべく、会議にもカリダを参加させる。学んだことを生かせるように、発言なども許すつもりだ」
ライベルの言葉に、貴族の一部がざわめく。
「何か問題でもあるか?」
ざわめいた貴族に目をやり、問いかける。目を伏せるものが多い中、一人の貴族が口を開いた。
それは財務副大臣を務めているブリュノ・ラコンブで、学院を卒業した子息は学力不足ということで、兵団入団が決定している。
「お言葉ですが、カリダ殿下はまだ学院を卒業したばかり。会議への参加は学びの場として十分だと思われますが、発言に関しては早すぎると思われます」
「私もラコンブ様と同意見でございます」
ブリュノ・ラコンブに同意したのは一人だけではなく、彼の息子たちとその友人の親たちも声をあげる。
ライベルもカリダも冷静であったが、カリダの学友の一人ギャンダーが拳を固めたのをその隣にいたガーネイルが止める。
ここでカリダ側が騒ぐと悪印象しか与えない。それを知っているからだ。
「クリスナ。宰相としてお前の考えはどうだ」
ライベルは少し考えた後、彼に言葉を投げた。
「そうですね。ラコンブ殿の言うことももっともでしょう。殿下にはしばらく会議の傍聴のみをしていただくのはどうでしょうか?」
「……そうだな。そうしよう。ブリュノ・ラコンブ、貴重な意見を感謝しておるぞ」
「ありがたきお言葉をいただき臣下として身の引き締まる思いです」
ブリュノが頭を垂れ、その後カリダの祝賀会は問題なく行われる。
タエはライベルの隣で、そのやり取りを聞きながら、ただ王妃の笑みを浮かべていた。内心は胃が痛くなる思いを抱えていたが、それを必死に隠し通す。
すでに王妃となって十一年経過しており、彼女の鉄壁の微笑は完璧であった。
(それにしても、こうして貴族側から意見が出るのは珍しいわ。会議でもないのに。嫌な予感がする)
視察などはともにすることがあっても王妃には会議を閲覧する権限はない。前例がないのだ。彼女が提案したことは、ライベルやクリスナによって会議に提示され、そこで話され決定したことばかりだ。
しかしながら、数年前からライベルやクリスナより会議の様子を聞かされ、彼女なりに理解はしていた。
彼女の心配をよそに祝賀会は騒ぎが起きることもなく、無事に終了した。
☆
「強気に出てきたな」
祝賀会の後、ライベルは王室に戻ってきており、クリスナも同席していた。
人払いさせ、扉付近に信頼のおける者を置いた上、二人はブリュノ・ラコンブについて語る。
三年前のカリダを巻き込んだ騒動の際、二つの家名を取り潰し、反ライベル派の貴族はおとなしくしていた。
王立学院の第一期生の卒業が近づき、進路が決まる中、不満があふれ出てきた。それはブリュノを頭にした貴族たちで、子息たちのほとんどが兵団や国防に回された者だ。
「恐らく、旗頭が合意したのでしょう」
「ああ、パルの言っていた俺の遠縁か。確かに、俺に、カリダ、お前、ニールとその子供たちが消えれば、彼が即位してもおかしくないな」
ライベルの言葉に、クリスナが珍しく眉を潜める。
「ニール達への警備は大丈夫か?」
「はい。近衛兵を派遣するとあからさまでしたので、領民から兵を募ったり、警備兵から秘密裏に腕のいい者を何名か領地に送っております」
「襲撃するとしたら少人数になるはずだ。それで十分か。あとはこちらだな。エイゼンが動く可能性もあるな」
「ええ。なので、そのためにカラスの手を借りました。エイゼンの背後の国に動いてもらいましょう。するとこちらには手を出す時間はない」
「十七年前にエイゼンは土地を失っている。再び同じ思いをするのは嫌だろう」
「はい」
十七年前、ライベルの伯父エセルはエイゼンの王太子と組んで、アヤーテを侵略しようとしたが、王太子の伯父が背後の三国ケズン、ライーゼ、サシュラと組んで王位を奪還しようと試み、王太子の計画は失敗、エイゼン自身も自国の領土の一部を失った。
現在エイゼンはその頃の国王が死去し、彼の甥が即位しており、領土拡大などでなく安定を求めた政を行っている。
「それであれば警戒すべきは、内部だけか」
ライベルは腕を組み天井を仰ぐ。
「近衛兵、警備兵の内部にもすでに種がまかれているはずです。そして今回の唯一の失策は、兵団や国防部に「敵」を送りすぎたことです」
「そうだな。学力がないと単純に判断して間違った」
ライベルの後のカリダのことを考え、彼の同期の優秀で公平な人材を財務部と外務部に入れすぎ、国防部を後回ししたのが今回仇となっている。
「明日は大臣たちと会議を開くぞ。よいな」
「はい」
国防大臣のシーズだけでなく、三大臣とともに今後の対策を練る必要があった。表立って事件が起きていないが、対策を早めに取っておいたほうがよい。
時にライベル三十三歳、カリダ十六歳。
アヤーテ王国に嵐が訪れようとしていた。




