表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
一章 異世界転移
5/70

四 カリダ・アヤーテ

「父上。入るぞ」


 相変わらず粗暴な調子でニールは、父クリスナの執務室へ入った。

 クリスナは彼が来ることを予想していたように、座るように促す。


「さて、タニヤマタエから何か聞き出せたか?」

「ああ。だが、信じたくない話だ」

 

 ニールはソファに深く腰掛け、眼を閉じた。


「私は、タニヤマタエの話を信じる」


 そんな息子を横目で見ながら、クリスナは彼の向かいのソファに腰を下ろした。


「シズコ様は本当に亡くなってしまったのだ」

「俺、俺は信じないぞ!あいつがそんな簡単に!」


 冷静な父の言葉に反発するようにニールは目の前のテーブルにこぶしを叩きつける。壊れることはなかったが、テーブルの置かれたカップからお茶がこぼれた。

 いつもならここで叱り飛ばすクリスナだが、何も言わずにただ布でこぼれたお茶を拭き、ニールを見据える。


「お前も本当はわかっているのだろう。おそらく、陛下も。タニヤマタエは嘘をつくような女性ではない」


 クリスナの声に動揺は感じられない。それにニールは苛立ったが再度テーブルを叩くことはなかった。


「ニール・マティス」

「父上はどうして平気なんだ?死んでしまったんだぞ。あいつが。あんなに元気で、エイゼンでも生き残ったのに!くそっつ!」


 ニールはテーブルを再び叩きそうになったが、その憤りを拳を握り締めることで堪える。


「俺は、信じたくない!」

「ニール!」


 強く名を呼ばれ、ニールはゆっくりと拳を開き、息を吐いた。


「俺は父上のようにはなれない。だが、やるべきことはやる。父上。タエにパルをつけてくれ。牢屋に一人では負担が大きいから。後のことはそれからだ」


 二―ルはそれだけ言うと荒々しく席を立ち、部屋を出て行く。

 残されたクリスナは深く息を吐き、冷えた紅茶を口にする。


 タエからもたらされた情報を現在知っているのは、ライベル、ニール、クリスナの三人のみだ。

 ニールに指摘されたとおり、クリスナは冷静で、静子の訃報に動じる様子もなかった。それが息子を苛立たせていることもわかっていたが、クリスナは冷静でなければならなかった。

 静子が行方不明になってから、ライベルは徐々に己を失っていった。死亡した事実がさらにそれに追い討ちをかけるのは明白だった。今、この時、クリスナが彼を支え、国政を補佐しなければ、このアヤーテは再び混乱するだろう。その恐れもあり、彼は自分が冷静であることを課していた。


 内部で、心が悲鳴を上げているのは自覚しているが、それに浸っている時間は彼にはなかった。

長い間国政を兄と甥に任せ見ない振りをし、王族の責任から逃げてきた。クリスナは今その責任を果たそうとしていた。


 

 ☆


「ニール様!」


 執務室から出てしばらくすると、ニールはカリダの乳母メリッサに呼び止められた。


「よかった。ここにいらっしゃって!殿下がお呼びです」


 メリッサは顔を青白くさせており、ニールは何かあったのかと先を急いだ。

 

 カリダ・アヤーテ。

 ライベルと静子の息子で、まだ二歳にもならない幼児。

 瞳は父親譲りで緑色であったが、髪は癖のある黒髪。いつも笑顔を絶やさず、笑い声は軽やかで、聞く人皆の心を和ませる、そんな明るい子供だった。そのため城の皆から可愛がられ、静子が甘やかせすぎだと苦言をもらすほどであった。

 静子が消えた後、ライベルは部屋に篭ることが多くなり、カリダとも距離を置くようになってしまった。母もいなくなり、父からもそのような扱いを受けるようになったカリダを気にして、ニールは以前よりも多くの時間を彼と過ごすように心がけた。そんなこともあり、カリダはニールにさらに懐くようになっていた。

 

「殿下。ニール様をお連れました」


 部屋の中から返事はないが、メリッサは扉を軽く叩くと中に入る。ニールはその後に続き、部屋に踏み込んだ。


「カリダ」


 何事があったのかと呼びかけ、ふと部屋の主がいないことに気がつく。メリッサの視線を追うと、それはベッドの白い塊に向けられていた。


「カリダ。何をしてるんだ?」


 まだ赤子のようなカリダだ。ニールは苦笑しながらベッドに近づく。


「ニー!」

 

 すると白い塊がもぞもぞと動き、中から黒髪の可愛らしい男の子が現れた。カリダはその緑色の瞳を真っ赤に充血させて、ニールの胸に飛び込む。


「はーう、はーう」


 まだ言葉をうまく話せないカリダは、数単語しか話せない。

「にー」とはニールのことで、「はーう」というのは母上を指すことだ。昨日彼はタエの姿を見ており、母親だと思って大泣きしていたことを思い出し、ニールはカリダを抱きしめる。


「あの人はシズコ様じゃない。母上ではないんだ。カリダ」


 できるだけニールは優しい声音を心がけ、ゆっくりとそう言葉にする。


「はーう!はーう!」


 しかし、カリダは首を横に振って、繰り返す。


「カリダ」

「はーう!はーう!」

「カリダ!」


 ニールが強い口調で名を呼ぶと、カリダが体を震わす。


「やばい。すまん。カリダ!」

「うえーん。ニー!ニー!」


 激しく泣き出し、ニールの腕の中でカリダは暴れだしてしまった。


「カリダ。悪かった。悪かった。だから、泣き止め。母上か。わかった。あわせてやるから。な?」


 泣きやませるためにそう言うと、カリダは現金なことに、ぴたりと泣き止んだ。嘘をついたことが少し後ろめたかったが、ニールは胸を撫で下ろす。


「カリダ。昼食をとって、お昼寝したら、会わせてやる。だからメリッサの言うことを聞け。わかったな」

「うん」


 笑顔でニールの言葉を頷くカリダに、横で見守っていたメリッサは大きく安堵の息を吐く。昨晩もなかなか寝ず、ついには泣きつかれて寝てしまった。そのため今日は遅めに目覚めた。それから、母親を求めてずっと泣いており、メリッサがどんなに言ってもきかなかった。

 やっと昼食をとってくれることで、彼女は心底安堵して、ニールに頭を下げた。


「カリダ。俺はちょっと用事で出かけてくる。お前が昼食とって、お昼寝したら戻ってくるからな。しっかり、メリッサの言うことを聞くんだぞ」

「うん。ニー」


 ニールは彼を絨毯の上に降ろし、頭を撫でる。

 

「さあ。殿下。まずは顔を洗いましょう」


 メリッサが桶を持ってきて、カリダの身支度は始まる。それに素直に従う彼を確認し、ニールは部屋を後にした。


「さて。どうするか。無理だよな。だけど会わせないとカリダがまた泣くしな」


 扉を閉めてから、ニールはこれからどうしようかと頭を捻る。先ほどまで静子の訃報で胸がつぶれそうな思いをしていたが、カリダによってそれが少し軽くなっていた。

 そのことを少しだけ寂しく思い、ニールは今孤独の淵にあるライベルを思う。


「陛下。ライベル。お前は王なんだぞ。そしてカリダの父でもある。お前がしっかりしないとどうするんだ」


 どんなに諭そうと彼は聞き耳をもたないだろう。けれども言わなければならないとニールはライベルがいる場所――王宮の池に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ