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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
五章 王立学院
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四十八 幸せの瞬間

 ニールが連れてきた医師にもマリアンヌの病気の原因は掴めず、回復の兆しもなかった。

 食事の量が減り、体力がどんどんなくなっていく。

 そのうちベッドで寝たきりになってしまった。


「ごめんなさい。あなたがそんなことを」

 

 マリアンヌの体を起こし、その体を丁寧に拭いていく。

 ニールは毎日彼女のためにその行為を続けていた。最初は断固として断っていた彼女だが、ニールから懇願され、彼女は彼に身を預ける。

 やせ細った体。

 ぱさぱさした髪の毛。


「こんな醜い姿を見せたくないの。本当は」

「マリアンヌのどんな姿でも俺は好きだ。見ていたい。しおらしく可愛らしいな」


 ニールは本当にそう思っているのか柔らかく笑い、マリアンヌは胸が苦しくなった。

 

(どうして私は死ぬのだろう。こんなに愛してくれている人がいるのに)


 彼女は祖母と母のことを知ってから、このことを覚悟していた。なのに今は死ぬのが怖くたまらなかった。


(あとどれくらい、私は生きていられるのかしら。少しでも思い出を作りたい。ニール様と子供たちと)


「ニール様。明日は庭でピクニックをしませんか?といっても、私は敷き物に横になるだけでご迷惑をおかけするのですが。子供たちと一緒に木々の香りを感じ、外で過ごしたいのです」

「それはいいな。久々に外に出るのもいいかもしれない。用意させよう」


 マリアンヌの提案にニールは顔を綻ばせる。


「ロイドが喜ぶぞ。クルートはお前の傍で遊ばせよう」


 クルートは八か月を迎え、寝返りを打てるようになり、ハイハイをし始めていた。

 マリアンヌが倒れてから授乳ができなくなり、乳母を雇い入れていた。体が自由に動かすことが難しくなってからはただ子供たちを見ることしかできず、帰郷したレジーナと使用人たちに子供たちの世話を任せている。

 彼女は己がただ見る事しかできず歯がゆい思いをしていた。


(明日はクルートと一緒に横になれるのね。嬉しいわ)


 思いつきで行ってみたのだが、予想以上に楽しいことになりそうで、久々に心が浮き立っていた。



 翌日、クリスナもレジーナも交えて庭でピクニックをすることになった。

 マリアンヌはクルートが手足を懸命に動かして前進しようとするのを横になりながら、眺めている。ニールはロイドと走り回っていた。


「寒くはない?」


 レジーナはマリアンヌの傍で、クルートの健闘を見守っていた。何かあれば立ち上がり、補佐するつもりだった。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 義理の娘の言葉に彼女は頷き、横に座る夫に目を向けた。


「あなたも一緒に走ってきたらいかがですか?王宮でずっと座りっぱなしで体力がすっかりなくなっているのでしょう?」

「確かにそうだな。この機会に少し体を動かすとしよう」


 クリスナは妻の言葉に頷き、ニール達のところへ行く。


「お義母様。申し訳ありません。私の体がこんなことになったために、お義父様を呼び戻すことになってしまって」

「マリアンヌ。それは言わないで。娘の一大事に駆け付けるのは当然でしょう」

「ですが、王宮では」

「陛下にもいい勉強になったでしょう。宰相に頼るばかりでは示しがつきませんからね。いい機会なのよ。ついでにあの人の運動不足も解消されそうだわ」


 レジーナは小さく笑った後、何やら能書きを垂れていそうなクリスナ、素直に頷くロイド、あくびをするニールの姿を眺める。


「クルートだめよ」


 マリアンヌも同様に見ようとしたが、クルートがマリアンヌの手を押し切り、ハイハイで前進し始めてしまった。


「大丈夫よ。マリアンヌ」


 レジーナが立ち上がり、クルートの姿を追う。

 手入れされた庭には、柔らかい芝生が敷かれており、手足を汚れるが傷つけるものはなかった。なので彼女はそのままクルートのしたいままにさせることにしたようだ。

 見ているとクルートはニール達を目指しているようで、ロイドがクルートの動きに気が付き走り出した。

 ニールとクリスナも彼を追い、大人三人、乳幼児二人は合流する。

  

 それはとても幸せな光景で、マリアンヌもあの中に入れたらと思った。


「マリアンヌ!」


 ニールが走ってきて、彼女を抱きかかえた。


「ニール様!」


 驚いて抵抗するが彼は構わず、横抱きのまま、ロイド達の場所へ戻った。


「バッタ!バッタ!」


 ロイドはマリアンヌに駆け寄ると虫を見せびらかして、その名称を連呼している。


「まったく、二―ルの奴。虫の名称すら教えてやらないから」

「虫の名前なんてどうでもいいじゃないか」


 ニールがバツが悪そうに言うとクリスナが苦笑する。


「本当に物覚えが悪いのは昔からだ。領地の仕事もマリアンヌが支えてくれなかったらどうなっていたことやら」

「ああ、それはな」


 ニールは困ったような笑みを浮かべ、レジーナはクルートを抱き上げ目を細める。

 日差しは柔らかく、マリアンヌは幸せな気持ちでいっぱいになった。


(この方と結婚できてよかったわ。そしてロイドとクルートを産めて私は本当に幸せ)


 優しい腕に抱かれながら、彼女は急激な眠気を覚える。これだけは伝えなければと彼女は眠気に抗いながら言葉を紡いだ。


「ニール様。ありがとう…ございます。私は……本当に…幸せでした」

「マリアンヌ……?マリアンヌ!」


 体が揺らされ、それでも彼女に訪れた睡魔はいなくならなかった。


(ニール様。どうか悲しまないで。お願い。私はあなたの幸せを願っている。子供たちのことをお願いします)


 そう口にしたいのに、彼女の体は言うことを聞かなかった。

 視界が暗くなっていき、マリアンヌはそのまま意識を手放した。



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