四十七 解決、そして……。
「お義父様。私に何かあった場合、この手紙を王妃様に渡していただけませんか?」
「マリアンヌ……」
マリアンヌの顔色はすぐれなかった。以前はふっくらしていたのに、その柔らかさがなくなり、頬骨を浮き出させた青白い顔をしていた。
彼女はベッドからどうにか体を起こし、その細くなった手でクリスナに手紙を託そうとしている。
「どうか。お願いでございます」
腕が震え始め、クリスナは仕方なく手紙を受け取った。
「なぜ、私に頼むのだ。このような手紙はニールに渡すのが一番だろう。もしかして、まだ」
「いいえ。お義父様。違います」
彼の言葉を遮り、弱弱しいがマリアンヌははっきり否定する。
「ニール様にお願いすると邪心されてしまいます。私はあの方の気持ちを疑ってはおりません。ただ、王妃様ほど私の願いを託すのに相応しい方はいないのです。私が死んだらニール様と子供たちに光を与えてくれるのは王妃様にちがいありません」
クリスナが顔が歪め、彼女は慌てて言葉を紡ぐ。
「お義父様とお義母様のことを無下にするような物言い申し訳ありません」
「いいのだ。気にするではない。ただ、王妃様はすでに疲弊しているようなので、これ以上のことを抱えることはできないのではないかと思っていてな」
「確かにそうでございますね。私もなんて我儘を」
マリアンヌは小さく息を吐き、手紙を返してもらおうとした。
けれどもクリスナはそれを懐にいれる。
「この手紙は私が預かっておこう。マリアンヌ、最後まで希望を捨ててはならない。ニールが別の医者を連れていくと言っているからな」
「……そうですね」
マリアンヌは微笑み、クリスナは胸の痛みを覚える。
同時になぜ手紙を返さなかったのだが自問した。
(彼女が亡くなった後のことを考えてどうするのだ)
静子の訃報を聞いた時もそうだったが、クリスナは己の中の冷酷な自分を詰る。
(私は上に立つような人間ではない)
人間として何かが欠けていると思い、人間らしいライベルを思い出し彼が王であったよかったと再認識した。
☆
パルの動きで、この謀に加担した者のメモやお金の動きなどがわかり、ライベルはそれをもって関係した貴族を罰した。
再度同様の事件が起きないため、財産その他に手は付けなかったが、貴族の身分をはく奪した。もちろん要職から外した上でた。
財産は残っているのだ。上手く運用すれば今後も生きるのに困ることはないとライベルは考え放逐した。
これによって、カリダの謹慎が解け学院に復学する。
「はあ。よかった。でも火種は全部消えたわけじゃないから、今後から気を付けるよ。貴族の奴らは特権につかりすぎて、ゆがんでいるんだ。卒業したら、僕の友人達を後押しして、王宮を少しでもよくしたいと思っているよ」
「殿下。焦ってはなりませんよ。焦ると今回みたいな手段に出る者もいますから」
「出るなら出ろだ。そっちのほうが駆逐できていいかもしれない」
「駆逐……。殿下。お口が過ぎますよ」
「はいはい。気をつけるよ。あ、タエ。このお菓子全然食べてないじゃないか。前は好きだったのに、嫌いになったの?」
「……いえ。マリアンヌが好きだったなあと思いまして」
タエがそう口にするとカリダも先ほどとは一変して声を落とす。
「クリスナはまだ戻ってきてないな」
「そうですね」
回復の兆しが見えないからクリスナが戻ってこない。
タエは一年前に会った時のマリアンヌの願いを思い出し、目を閉じる。
あの時は反射的に感情的になってしまった。
彼女は結婚当時から、己の死に対して覚悟をしていたところがあった。
(だけど、そんなこと)
「タエ?大丈夫?」
「大丈夫です。少し体調が悪いので、今日のお茶はこの辺でよろしいでしょうか?少し寝室で休みたいと思いますので」
「ああ、ごめん。気がつかなくて」
「いえ。そんなことは。殿下は、殿下の思うことをされてくださいね」
「うん」
カリダが部屋を出ていき、使用人が食器一式を片付けていく。
そうしてタエは一人になり安堵する。
(マリアンヌ。どうか死なないで。静ちゃんみたいに私を置いていかないで。お願い)
円卓に肘をつき、手で顔を覆う。
こみあげる嗚咽をこらえ、タエは祈った。




