四十六 謀
「陛下。長期休暇をいただけますか?」
「何かあったのか?」
クリスナがライベルの補佐役を務め、宰相になり十四年が経過しているが、彼が長期休暇を求めたのは初めてだった。
何か理由があるとしか思えず、ライベルは尋ねる。
「……マリアンヌの体調が悪いのです」
「医者には見せたのか?」
「はい。原因不明としか……」
ライベルはマリアンヌの祖母、母が三十歳を迎える前に病死していることを知らない。クリスナも知らなかったのだが、事情を知っているレジーナから聞かされていた。
考えたくはないが、「死の病」としか思えず領地に一時戻ることに決めたのだ。
国立学院も二年目に入り、目立った問題はなくなってきており、国政も安定している。
国防大臣はクリスナと同年代のシーズ・ブレイブがまだ務めているが、苦楽を共にした仲間であり信頼がおける。
外務大臣、財務大臣も数年前にやっと適した人材に担当させることができ、クリスナはそろそろ己の引退について考え始めていた。
その矢先にマリアンヌの病気である。
時期が悪かったのか、よかったのか。
ライベルから許可を得て、クリスナはマティス領にしばし戻ることしたのだ。
しかし王立学院に不満をいただく貴族たちがこの機会を逃すわけがなかった。
一年の間に、途中入学などもあり生徒の数が増えた。そのため講師の数も増員せざる得ない。開校当時の講師はライベル達が厳選し、公平なものを講師に迎えている。けれども、途中から増員した講師達の一部は密かに貴族とつながっており、クリスナ不在の時期に事を起こした。
「カリダ殿下。何をなさったのですか?」
階段の上の踊り場にいるのはカリダで、下の階で血を流し倒れているのはドミニクだ。
「僕は何も、彼が勝手にしたことだ」
カリダは下級貴族をなじる上級貴族とぶつかることが多かった。
王太子であるカリダに逆らうものはいないが、いい気分を抱かないものは多い。カリダの取り巻きといわれる貴族は多くが下級と呼ばれる貴族ばかりで、それも上級貴族には面白くないものだった。
その中で一番不満をいだいていたのはドミニクで、踊り場で話しかけられカリダはその物言いを注意した。やめないので声を荒げたら急に彼が自分で階段から転げ落ちたのだ。
その時、カリダは一人で、おかしなことに周りに人はいなかった。
ドミニクが下の階まで落下すると突然講師が現れたのだ。そしてほかの生徒も姿を見せる。
講師に詰問されてもカリダは平然としていたが、ドミニクが血まみれで唸っているのが衝撃的で、すぐに噂は広まった。
「嵌められたな」
王室は人払いをした上、信用ある近衛兵を扉に立たせた。話をするのも小声で行い、ライベルとカリダ、そしてタエは身を寄せ合うようにして話をしている。
「油断しました」
「仕方ない。起きたものは。俺はお前が無実で罠にはまったとわかっている。だが証拠が必要だ。無実の証拠がないのに咎めがないなど、公平な教育を謳う王立学院の信念を揺るがせるからな。よって、今日からお前は謹慎だ。わかったな」
「……はい」
タエは二人の会話を黙って聞きながら、必死に考えていた。
(どうやってこれを謀だと証明するか。殿下とドミニクが話しているところは誰も見ていない。そう、誰も見ないように人払いをさせていた。これを証明することができれば、どうかしら?ドミニクが階段から落ちて最初に姿を見せた講師も加担しているはず)
「タエ。何を考えている」
ライベルは黙ったままのタエに声をかけ、カリダは複雑な表情を浮かべている。
「この謀を暴く方法です。あの時間に人払いを行ったものがいます。講師の目撃もドミニクが落下した直後で怪しいと思われます」
「そうだな。俺もそう考え、パルに調べさせている」
「パルに……。それはいいですね」
「王宮の者が動くと奴らに気づかれるからな。残念ながら俺の味方は少ない」
ライベルは自嘲して、タエはすぐ口を開く。
「だからこそ王立学院で、優秀で公平なものを育てるのです」
(そう。王をきちんと支える力が必要。それは殿下にも受け継がれるのだから)
「そうだな。タエ。そのためにこの件はきっちり片を付けよう」
「片を付けるって、父上。言い方が」
「そういうことだろう。そうしなければ同じことが起きるぞ」
「そうですね。火種はすべて摘み取ったほうがいい」
大人びた表情をしてカリダは頷く。
タエは成長を喜びながら少し寂しく思い、それはライベルも同様のようで、互いに顔を合わせて苦笑した。




