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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
五章 王立学院
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四十三 前王妃シズコ

「それでは、私はこちらで寝ます」


 ライベルは王であり、タエは王妃だ。

 なので同じ部屋を一つ用意されるのは当然で、タエは大きなベッドの横にあるソファに座り込んだ。


「それは俺の台詞だ」


 ライベルはタエの隣に座り、彼女にベッドに行くように促す。


「そんなことできません。陛下がソファで寝られるなんてとんでもないことです。私は体も小さいですし、この大きさがちょうどよいのです」


 彼女はがんとゆずらないとばかりソファに張り付き、近距離でライベルに抗議した。

 彼の彫像のような美しさに臆するが、それを気合でのりきりタエは不敬だと思いつつ、彼を見つめる。

 

「なんて頑固なんだ。男として、女性をソファに寝かせるなどできるわけがないだろう。タエ」

「あなた様は男性の前に王です。王がソファで寝るなど断固反対です」


 タエの頑固な態度にライベルは溜息をついた。そして一つの提案をする。


「ならば、お前もベッドで横になれ。これだけ大きなベッドだ。端っこに体を寄せれば、一人で寝ているようなものだ」


(……確かに。大きなベッドだから端っこによれば接触することもない。静ちゃん、大丈夫?)


 答えが返ってくるはずがないのに、タエは思わずそう心の中で問いかけていた。

 

「心配するではない。シズコ、安心しろ。俺たちは同じベッドに寝るが何もしない。俺たちも最初はそうだっただろう?」


 タエと同じように、ライベルも考えていたらしい。彼は声に出して問いかけていた。

 

「……陛下?俺たちも最初ってことは最初からお二人は同じベッドで寝起きをしていたのですか?」

「そうだ」


 タエは彼の返事に頭が真っ白になってしまう。

 男性経験がないタエにも同じ床にはいる意味くらいはわかる。それなのに、静子は最初から同じ床で寝ていたなど。

 ショックを受けているタエにライベルは笑い出した。


「普通はそう思うよな。あいつはそんなこと知りもしなかったぞ。普通に、一緒に寝ていた。もちろん、俺だって何もしていない。手を出したのは結婚してからだからな」


 ライベルも今年で28歳。いい年の大人なのだが、子どもっぽく笑い。その笑顔はカリダとよく似ていた。


「静ちゃんたら、本当に」

「そう。あいつは破天荒な奴だった。だから、俺は惹かれた。あの時、俺には王という地位以外なにもなかった。まあ。エセルがいたがな」



 エセル・キシュン――ライベルの伯父であり、外務大臣でもあった男だ。彼の話は静子からも聞いており、悲しい気持ちになる。


「シズコは俺に寄り添ってくれた。俺を孤独から救ってくれたんだ」


 間近で見る彼の緑色の瞳は深く沈んでいて、タエはどうしようもない罪悪感に苛まれる。


「申し訳ありません」

「謝るな。お前のせいではない。二度と謝るなよ。俺こそ、お前に詫びをいれるべきなのだ。誤ってお前を召喚してこのアヤーテに縛り付けることになった。お前の人生を奪ったのは俺だ」

「そんなことはございません」


 タエは彼の瞳を見ることができず、俯いて答えた。


「さて、俺は先に寝るぞ。右側に寝るから、お前は左側に寝ろ」

「かしこまりました」


 

 ライベルはソファから立ち上がると、ベッドに身をなげ右側に体を寄せる。顔はタエではく反対側に向いていた。

 タエは何度も悩んだが、やはり同じベッドを使うことには抵抗を覚え、ソファで寝ようと横になる。


「タ、」

「タエ!」



 ライベルの声をかき消して、元気な声が扉の外からした。


「殿下。お静かに!」


 扉の外では兵士の慌てた声が聞こえる


「これは良い助けだな。一緒に寝よう。よい。カリダ、中に入ってこい」

「ありがとうございます。父上」


 図体はすでにタエより大きいのに、顔はまだ幼い。可愛い美少年という言い方がぴったりのカリダはすぐに扉を開け入室する。


「カリダ。どうせ、お前は俺たちの邪魔をするつもりだったのだろう。いいぞ。今日は一緒に寝るぞ」

「父上?!」


 顔を赤くさせたカリダが目を瞬かせた。

 こうして、タエ、カリダ、ライベルはベッドの上に川の字で寝ることになってしまった。これは滞在中ずっと続くことになり、三日目からはベッドを一つ部屋の中に入れ、タエがそこで寝ることになった。





「それでは行ってくる」


 タエは恐る恐るライベルの腰に手をやる。

 小柄であるタエだが、彼女が前に座ると手綱を握りづらいということで、タエはライベルの後ろに乗ることになった。何かにつかまらないと不安定で落ちそうになるので、彼女にはほかに選択肢がなかった。

 乗馬もだが、こんな風にライベルと接近するのも初めてで、タエは胸が痛くなるほど緊張していた。


 朝食を皆で取った後、晩餐で話したようにカリダとニールそしてナイデラと数人の近衛兵が稽古を行うことになった。

 ライベルとタエに付きそうのはナイデラの右腕であり、国境警備兵団時代から苦楽を共にしているハリーと、二人の近衛兵になった。



「大丈夫か」

「はい」


 タエのことを考え、徒歩よりも早いがかなり速度を落として進んでいた。

 時折、ライベルはタエに声をかけ、彼女は頷く。

 日光に反射してだろう、ライベルの金色の髪が眩しくて彼女は妙に落ち着かなかった。自身の鼓動の早さに加え落ち着かない心、それがタエを不安にする。

 道中そのような気持ちであったが、目的地に到着して馬から降りた瞬間、一気に鬱々とした気持ちが晴れる。



「凄いな」

「はい」


 丘から森や川が全貌でき、爽やかな風が凪る。

 森の緑は一定ではなく、様々な深さを持っていて、森の香りが彼女を癒した。

 タエの故郷である村の近くの山に入ったようなそのような懐かしい香りが彼女を包む。


「タエ?」


 訝しげに名を呼ばれ、彼女は気が付く。

 目から大粒の涙がこぼれていて、タエは慌てて手の甲で拭った。


「後で目が痛くなるぞ。子供のようだな」


 苦笑したライベルからハンカチを渡され、彼女は恥ずかしいと思いながらも素直に受け取る。


「恋しいか?」


 なぜ泣いているのか、わからないはずなのにライベルに問われ、タエは何も答えられなかった。

 ライベルに罪悪感をもってほしくなかったからだ。

 故郷は懐かしい。

 帰りたい気持ちはまだある。

 けれども、タエは自身の立場を忘れたことはなかったし、静子との約束も覚えていた。


「あまりにも素晴らしい光景なので、感動してしまいました」


 当たり障りのない答えにライベルは顔を背ける。

 その横顔が悲しみに染まっていて、タエは己の答えが間違ったことを悟る。

 けれども正直な気持ちを言えば、もっと彼を傷つけるような気がしていた。



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