四十二 ニールの子ロイド
「ニール!」
カリダは馬車から降りるとすぐに待ち構えたニールの胸に飛び込む。
学びの場の提案から1か月後、タエは王の休養ということで、ライベルとカリダと共にマティス家の領地を訪れた。
本来ならば孫を見たいだろうクリスナは王不在とあっては王宮を離れることができるわけがなく、留守番である。
「また大きくなったな。来年は陛下と同じくらいの背になるかもな」
「それはまだないだろう」
ニールの言葉に憮然として答えたのはライベルだ。
近衛兵団長のナイデラとその信用たる兵士たちが護衛としてついてきているが、ニールと親しかったものばかり、いわゆる気心がしれているものばかりのため、ライベルもニールも王と臣下というよりも友人としてやり取りをしている。
「王妃様」
「マリアンヌ!この子?」
ニールの影からすこしふっくらしたマリアンヌが姿を見せ、その腕には丸々と太った赤子が抱かれていた。金髪に青い瞳のニールの面影をよく映している子だった。
「とても健康そうだわ。あなたも元気そうで嬉しい」
タエは心の底からそう思い、赤子を見つめる。すると微笑みを浮かべた気がして、彼女は嬉しくなった。
「王妃様、抱いてみます?」
「いいの?」
「ええ」
タエはマリアンヌから赤子を渡され、その重さに驚いてしまった。
この世界に来た時、カリダはすでに二歳近くであったが、タエはその時を思い出してしまい、言葉を詰まらせる。彼女の感情が伝わったようで、赤子が泣き出してしまった。
「マリアンヌ。ごめんなさい」
「そんな王妃様が謝ることなど。よしよし。お腹がすいたのね。それとも」
マリアンヌはタエから赤子を受け取り、あやし始める。
「立ち話はこの辺にいたしましょう。陛下、王妃様、殿下。どうぞお入りください。マリーは自室に戻ってロイドのおしめを変えて」
「ニール様ったら」
「多分そうだろう。さっき乳をあげたばかりじゃないか」
あからさまにニールに言われ、マリアンヌは少し顔を赤らめる。
「マリアンヌ。俺は構わないぞ。ほら、赤子がひどく泣き始めた。早く部屋に戻っておしめなりかえてやれ」
「へ、陛下。申し訳ありません。それでは」
ライベルにまでそう言われ、彼女は赤子を抱いて礼をとると、先に屋敷に入っていった。
「申し訳ありません。陛下」
「だから構わない。赤子だからな」
ニールの詫びにライベルは気にするなと手を振る。そうして、タエ達はニールに導かれ、屋敷に足を踏み入れた。
☆
時間はすでに夕刻で、すぐに晩餐になる。
持ってきた荷物は兵士や使用人たちによって部屋に運ばれていた。
この旅には使用人としてパルを連れてきている。
孤児院のほうでは、パルの代わりの者が子供たちに教えているようだ。わざわざパルが来なくてもとタエは主張したのだが、彼女は譲らず、今も晩餐の場に張り付いていた。
(心配されているのかしら?そうよね)
マリアンヌとのやり取りをそばで聞いていたパル。
もしかしたらそれで心配しているかもしれないと思いつつ、彼女の心遣いに感謝する。静子のような友人関係は築けないかもしれないが、タエはパルの心配が嬉しかった。
ライベルはもちろん、タエもおしゃべりなほうではない。
晩餐をもりあげたのはニールとマリアンヌ、そしてからかわれるカリダで、ライベルは終始笑っており、タエもぎこちないながらも少し笑みを見せる。
ライベルとクリスナに言われてから、タエは少しずつ笑うようになってきていた。その度に静子のことを思うので頻繁ではないが、前よりはいい傾向だった。
「ニール。明日は稽古つけてくれる?」
「明日かあ」
「ニール様。雑務は私にお任せください」
「そうか。じゃあ、マリーに任せて明日はしっかり稽古をつけますからね。というか、私も最近はなまっていますが」
「それなら、僕が有利だね。僕が勝ったらお願い聞いてもらってもいい?」
「何だ。それは。ニールに願いなど。気になるな」
「父上」
途中で割り込んだライベルにカリダは困ったような顔をした。
「冗談だ。気になるが、聞かないでおこう」
「陛下。カリダが勝つなどありえませんよ。何の願いが俺も気になりますけど」
「ニールまで」
男たちの会話をタエはただ聞いているだけだったのだが、マリアンヌに声を掛けられる。
「王妃様。明日は私は雑務なので、陛下とお二人でお出かけされていかがですか?この先に見晴らしのいい丘があるのです」
「見晴らしのいい丘?徒歩でいけるかしら?」
「それは難しいですね、馬でなければかなり歩くことになるので」
「タエ。興味あるなら、俺が連れて行くぞ。俺がお前を馬に乗せて連れて行けばいい話だからな」
「陛下。それは恐れ多くて」
「何を言う。どうせ、明日はカリダとニールが稽古で俺は暇だ。稽古に付き合うのもいいが、カリダがこてんぱんにやられる姿を見られるのを嫌がるだろうし」
「父上。そんなことはないです。今度こそ、いい勝負をしますよ」
「それは手加減があってからこそだろう。ニールに手加減されたいか?」
「それは嫌です」
「だったらこてんぱんだな」
カリダはむっとして口をとがらせるが、やはり可愛らしい印象しかない。
「まあ、殿下。明日は頑張ってください。俺も久々に本気でいきますよ。どうせなら、ナイデラ達とも手合わせしたいですし」
「ふん。僕はついでなのか」
「ついでではありません。殿下との稽古のついでに、ナイデラ達と手合わせするのです。何か得るものもあると思いますよ」
「そうか、そうだな。ナイデラがやられる姿を見るのもいいな」
席を外しているナイデラが聞いたら憤慨する内容で、ニールが笑い出す。
するとつられるようにしてライベルが笑い、カリダの肩をたたいた。
「そういうことで、カリダは稽古を楽しめ。俺は久々の乗馬をタエと楽しむぞ」
「うーーー」
カリダが至極複雑な顔をして、ニールが笑い出す。
「まったく、まだまだ子供だな」
「本当だな」
ライベルも相槌を打ち、タエに同意を求めるように視線を向けた。
その隣ではカリダが拗ねていて、どう反応していいか迷ってしまった。




