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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
五章 王立学院
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四十一 クリスナの老い

 その夜、まずはライベルに相談すべきだと、タエは寝室で彼を待っていた。昼間淀んだ空気のまま別れたのでライベルのほうが気まずそうに寝室に入ってくる。

 タエはそんな彼の様子などに気が付くこともなく、口を開いた。


「陛下。本日もお疲れ様でした。少しお話があるのですが、よろしいですか?」


 目を輝かせタエに問われ、ライベルは少し疲れていたが頷く。


「いいぞ。なんだ」

「あの、貴族の皆さんにも学びの場を開くことはできるのでしょうか?」


 考えたこともないことを言われ、ライベルは呆気にとられた。

 貴族のほとんどは個人で教師を雇い、学ぶのが普通だ。学に恵まれないものは兵団に見習いとして入団する。それが貴族の生き方だった。


「やはり難しいでしょうか?」

「……そんなこと考えたことがなかったので、驚いているだけだ」

「そうなのですね。実は、殿下のご学友の友人が貴族でありながら教師を雇えず、十分な教育を受けられないらしいのです」

「そんなことがあるのか?」

「あるようなのです。もちろんご両親が教えてらっしゃるでしょうが、やはり限界があるでしょう。殿下の学友も教えたのですが、足りないようなのです。高水準な教育を公平に受けさせることは貴族の教育水準を上げることになると思います」


 タエにそう言われ、ライベルは使えない貴族たちの顔を浮かべる。

 元からの性格もあるのだろうが、位の高い貴族でありながらも報告書すらまともに書けなかったり、計算がうまくできない者がいる。そんな者たちは自分ではなくその部下に仕事をさせ、ゆったりとお茶などを飲んでいるらしい。

 それらの無能なものにも給与を払っている。しかも実際に仕事をしているものより高額だ。国の建国とともに出来上がった貴族制度のせいで、この不公平さを議論したことはなかった。


(学びの場で教育を受けさせ、能力の高いものを適した位につけるか)


「陛下?」


 黙りこくってしまったライベルにタエは声をかける。


「面白い案だと思うぞ。明日クリスナに相談する。お前も王室に顔を出せ」

「わ、私もですか?」


 今だにクリスナに苦手意識があるタエはどもりながら訪ねた。


「ああ。大丈夫だ。クリスナの奴、孫ができて最近は随分柔らかくなったぞ」

「そうなのでしょうか?」 

「ああ。そうだ。今度俺たちもニールのところへ遊びに行こう。カリダが行きたいとうるさかったし、あちらの子もすでに一歳を過ぎている。大丈夫だろう」

「本当ですか?」

「ああ。それも明日クリスナに伝えよう」


 タエは顔を輝かせたがすぐに唇をきゅっと噛んで表情を戻した。

 ライベルの心が少し痛むが、その痛みに気づかない振りをして笑う。


「さあ、明日はクリスナを驚かせてやろう」

「それは、どうなのしょうか?」

「驚くだろう。今だかつて考えたことがないぞ。貴族の学び場なんて」

「そのことですね」

「もちろんだ。俺たちが領地に遊びにいくことなどで奴が驚くわけなかろう。明日が楽しみになってきたな」

「陛下も人が悪いですね」

「当然だろう。普段からクリスナにはちくちく言われているからな。たまに驚かしてやろう」


 タエは楽しそうなライベルに目だけを細め、退出の言葉を継げる。


「陛下。私は部屋に戻ります。本日もお疲れ様でした。おやすみなさいませ」

「ああ。よい夢を。明日は楽しみにしていろ」


 それに対して彼女は会釈で返し、自室に戻るために背を向けた。



 ☆


 翌朝、タエは戦いに行くような気持ちで、王室へ向かう。

 待ち構えていたクリスナを見て、気持ちが萎えたがカリダの顔を思い浮かべて、気合を入れた。


(学びたい人がいるのに、学べないなんて不幸よ。殿下の学友の友人であれば優しい子に決まっているし)



「王妃様。陛下からお伺いいたしました。学びの場ですね。とてもよい考えだと思っております」

「本当ですか?」


 クリスナから好反応をもらえるとは予想しておらず、タエは思わず声を上ずらせる。

 それで笑い出したのがライベルで、クリスナも少し驚いた顔をして彼女を見ていた。


(何がおかしいの。だって、クリスナ様からこんな風に柔らかい反応をもらうのは初めてだもの。驚くわよ)


 クリスナは柔らかな空気をまとっており、少しだけ老いた印象を受けた。

 気が付けば彼の金色の髪色に白髪がかなり混じり始めていて、目の周りの皺が深くなっている。


(おじいちゃんになったもの。安心したのね。きっと。ニール様のことで心配されていたし、それで私を警戒していたかもしれない)


 クリスナの変化をそう読み、タエは表現しきれない思いに駆られた。


「どうかしたのか?」


 彼女の表情の変化に気が付き、ライベルが王座から立ち上がり近づく。


「何でもございません。クリスナ様がおじい様になられたのだと、実感いたしまして」

「なっつ、王妃様」

「ははは。そうだな。すっかり爺だ。クリスナは」

「陛下まで」


 クリスナが口をへの字に曲げて、タエはおかしくなってしまった。なので、笑わないように手で口を覆う。



「お、王妃様?」

「タエ。笑え。クリスナのこのような顔はなかなか見られないぞ。次はいつ見られるか」

「陛下。どういう意味で」

「い、いえ。笑うなどとんでもございません」


 タエは必死におかしさを追い出し、表情を整えた。


「つまらんな。笑うときは笑うことだ。タエ。誰も咎めないのに」

「王妃様。あなたは立派に王妃の務めを果たしております。もう、何もはばかることなどありません。そもそも、シズコ様の死はあなたのせいではありません。私は、それを利用してしまい、あなたを縛り付けた。このことについては、お詫びのしようがありません」


 クリスナが深く頭を下げ、タエは慌てて彼の元にかけて、顔を上げるように伝える。


「クリスナ様は何も悪くありません。私にこうして罪をあがなう機会を与えてくださったクリスナ様に感謝しております。静ちゃんにも約束が果たせます」

「約束?どういう意味だ?」


 タエの発した言葉に反応したのはライベルで、彼女は一瞬迷ったが、あの魂だけの静子の言葉を伝えることにした。


「私の代わりにライベルとカリダを守って。か」


 ライベルは意外にも魂の存在を信じて、静子の願いを復唱する。


「俺のところにもきて、お前のことを怒るなって言っていたな」


 彼は目を細め、懐かしそうに笑った。

 切なさがこもる笑みはタエの心をつかみ、彼の静子への思いを再認識して目頭が熱くなる。


(静ちゃん。どうしてこの人を置いて。いいえ、私があの時止めていれば)


「タエ。己を責めるな。シズコはそれを望んでいないぞ。俺も望んでいない。お前は十分に苦しんだ。俺は何もしてやれないが、お前がやりたいことを応援するつもりだ」

「陛下……」

「そうですとも。私も同じ思いです。貴族の学び場。反発が予想されますが、いい機会だと捉えております。早速話を詰めていきましょう」


 ライベルにクリスナに言われ、タエはとうとう泣き出してしまう。


「申し訳ありません」

「謝るな。謝罪は十分だ。これを使え」


 ライベルはハンカチを取り出すと、タエに渡した。


「ありがとうございます」


 ハンカチを両目に当て、彼女は自身を落ち着かせようと試みる。


「さて、明日からまた忙しくなるぞ。本格的に動くまでは、このことは秘密裏にすすめる。いいな。クリスナ」

「はい。それがよろしいかと」


 この日タエが発案した貴族の学びの場は、その後貴族の諍いの種になる。

 ライベルやクリスナはそれをすでに予想していたが、それより先の未来を見据えて進めることにしていた。

 建国から続く古き貴族体制。能力など関係ない制度、それを少しでも改革し、よりよい国に近づける。

 王と貴族、ふたりもその古き貴族体制の構成要因であったが、改革は必要である。何よりも国民全体を考えると無能な貴族をのさばらせておくことは得策ではないと考えていた。




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