四十 学びの場
「王妃様。これでいい?」
「王妃様。私の書いた字を見て!」
今日も賑やかな声が孤児院で響き渡っていた。
「よく書けているわ。ルイス。ルーシーの字も綺麗よ」
タエはまとわりつく子供たちに嫌な顔を見せず、答えていく。
彼女がライベルの視察に同行し始めて、1年半経つ。王の視察の中でタエが一番力をいれているのが、孤児院の視察だった。
初めは訪れ子供たちに接するだけだったのだが、読み書きができる子供たちが少ないことに気が付き、文字を教え始めた。そのうち、町のほかの子供たちも教育を受ける場がないと聞き、孤児院の施設の一部を開放して、学びの場を開くようになった。
週一でタエが教えていたのだが、それでは足らないとパルが教師となって、子どもたちに文字や簡単な計算を教えている。
タエ本人は毎日孤児院に通いたのだが、パルがいるのだからとクリスナに意見され、週に一度だけ現近衛兵団長のナイデラ・アサムと数人の共を率いて、訪れていた。
不仲説が流れるのを避けるため、二か月に一度の頻度でライベルも同行している。
今日はその日で、ライベルは特別に用意された椅子に座り、子どもたちとタエの様子を眺めていた。
「タエは楽しそうだな」
「そうですね。子供たちと一緒に勉強するのが楽しいようですよ。王妃様は勉強家みたいですから」
隣に立ってそう答えるのは近衛兵団長のナイデラだ。
昼食を孤児院でとり、視察の時間は終了となり、タエは名残惜しそうに馬車に乗り込んだ。
「残念そうだな」
「ええ。とても」
馬車に揺れらながらそう答え、タエは慌てて口を押える。
「別に失言でもなんでもないぞ。ナイデラからお前が子供たちに勉強を教えるのが楽しいと報告を受けている」
「教えるなんてとんでもございません。子供たちはとても博識で、私のほうが教えてもらっているようなものなのですよ」
タエは眼を細め嬉しそうにしていたが、また気が付いたように表情を元に戻した。
「タエ。お前が楽しそうにしていても気にするものはいない。俺だってそうだ。シズコだって」
「わかっております。それでも、やはり私は……」
言い淀んでから、逃げるようにタエは窓に視線を移す。
ライベルは何かを言いかけたが、口をつぐみ反対側の窓に目を向けた。
九年前亡くなった静子の代わりに、タエが召喚された。それを酷く詰ったのはライベル自身だった。今ではそれを悔いているが、タエはずっと気を病んでいるようで、その度にライベルは罪悪感に苛まれていた。
☆
「タエ!」
王宮に戻り、王妃の間にたどり着くと着替えもしないうちに、カリダが部屋に飛び込んできた。
「殿下。殿下はもう子供ではありません。礼儀作法をしっかりなさってください」
「わかってるよ。もう、本当、小言が多いんだから」
カリダは十一歳になり、その背はすでにタエを少し超えている。剣の稽古も毎日欠かせないため、筋肉質ではないが、ひょろっとした感じはなくなっていた。
顔はまだ幼さが残っているので、拗ねたように言われてしまうと、可愛らしく思えて叱る気がうせてしまうのが問題だ。
「ねぇ。今日はどれくらい進歩していたの?」
「素晴らしかったですよ。もう簡単な計算は問題ないので、お店にたっても大丈夫なくらいですよ」
「そんなに?」
「ええ。熱心に勉強しているから覚えも早かったみたいです」
タエの答えにカリダは考え込むような仕草を見せた。
「熱心さかあ。ガーネイルの友達も熱心さは負けないのになあ」
「どうしたのですか?」
「ガーネイルの友達に計算を学びたい奴がいるんだけど、財政が厳しくて教師を雇えないんだよ。ガーネイル自身が教えるのも限界みたいなんだよなあ」
「貴族なのにですか?」
「うん。貴族も色々あるみたいで、貴族って位のせいで、庶民の仕事はできないだろう?だから収入が厳しくて、学業まで手が届かないみたいだ。このままじゃ、文官じゃなくて、武官の道を歩まないといけないだろうなあ。ガーネイルの話じゃ、全然向いてないみたいだけど」
「王宮で、一緒に学ぶことはだめなのですか?」
「僕もそれを考えたけど、ほら風当たりが強くなるし、不公平とかなんやらで文句がでるみたいなんだ」
「そうですか……。なら、貴族の方皆さんに平等に学ぶ場を与えるはどうかしら?それなら不公平さはないわ」
「そうだけど、そんなのどうやって」
「……陛下に相談してみる。クリスナ様にも」
タエは自分自身の考えが素晴らしく思えて、興奮していた。カリダは貴族たちの考えが少しずつわかってきたので、複雑な思いでそれを見ていた。




