三十九 王妃として
数日後、ニールとマリアンヌは領地に戻っていった。
結局ニールは、カリダの無理に付き合い毎日王宮に顔をだし、付き添いとしてマリアンヌも訪れタエとお茶を楽しんでいた。
タエには友人という存在が静子以外にいなかった。静子に至っても妹のような存在で、彼女にとってマリアンヌは初めての友人となった。
王宮しか知らないタエに、マリアンヌは様々のことを教えた。また領地経営の難しさなども愚痴っぽく話し、タエは今まで自身が王政にまったくかかわっていなかった事に気がついた。
お飾りの王妃ではあるが、王妃としてこの国のためにもっと何か力を尽くしたいと思い始め、マリアンヌに教えを請う。
そんな様子で、タエもカリダもニール達が領地に戻るまで充実した毎日を送ることになった。
一ヶ月前は憂鬱で心苦しく思っていたニール達の訪問は、タエに素晴らしい出会いをもたらし、ニールへの思いを断ち切ってくれた。
最後の挨拶を終え、ライベルとタエ、そしてカリダは二人を見送る。
気持ち的には馬車に乗るまで送りたかったのだが、立場的に難しく、王室での別れになった。
「ニール。今度領地に遊びに行っていい?」
「ああ、もちろんです」
カリダはニールに抱擁した後、硬く手を握りあう。
「マリアンヌ。色々なことを教えていただきありがとうございます」
「王妃様。そんな恐れ多い」
マリアンヌは本当にそう思っているらしく、ぎこちない動作を見せる。隣ではニールが笑っていた。
タエは友人として、二人の仲のいい所を微笑ましく思った。
かつて愛した人と、新しくできた友人が幸せそうな姿は、彼女の心を温める。
「ニール。もし何かあればお前の力を再び貸してくれ」
「もちろん」
思わず昔の調子で返してしまいニールがマリアンヌに小突かれる。
「まあよい。二人とも末永く幸せにな」
「はい」
ライベルの言葉に二人は頷き、それが最後の挨拶となった。
クリスナは二人を送るため王室を後にして、王室にはほぼ三人きりになる。
「タエ。お前に相談があるんだ」
ライベルは人払いをさせ、タエに小声で話し始める。間に挟まれた形でカリダは興味津々と聞き入る姿勢だ。
(何なのかしら?)
こんな風に相談されることは初めてで、タエは自然と緊張してしまった。
「お前に王政を手伝ってほしい。そんな難しいことではない。ただ今まで俺一人でやってきて視察などを一緒にやらないか?マリアンヌがうらやましそうだったのでな。クリスナも反対はしないと思うぞ」
「よろしいのですか?」
「当然だ」
「僕も行きたいなあ」
「殿下は駄目だ」
話に割り込んだカリダに、タエとライベルは同時に答え、彼は口を尖らせた。
「つまんないなあ」
「殿下はその分勉強されてください」
「稽古もだぞ。ニールに全然歯が立たなかったじゃないか」
「当たり前だよ。ニールは元近衛兵団長だよ」
カリダがますます頬を膨らませて、二人は思わず笑い出す。
タエが自然に笑うことなどおそらく初めてで、ライベルとカリダはまじまじと見てしまった。
すると気がついたタエは真顔に戻る。
「父上。せっかくタエが笑ったのに、なんで邪魔するんだよ」
「邪魔などしていない。お前だって驚いて見ていただろう」
二人の親子は言い合いを始める。
おかしくなってしまったが、タエは静かに二人の様子を眺めた。
タエ、二十七歳。
王妃になり五年。
この日から彼女は王宮以外の場所にライベルと出かけるようになり、後年まで讃えられる事業を残すことになる。




