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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
四章 二ールの結婚
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三十八 タエの一計

 王妃の間の円卓の上に、クッキーとシフォンケーキ、カリダの学友ガーネイルが推薦のクリームのたっぷり入ったパフが置かれ、ティーポットがひとつ、ティーカップが二つ用意された。

 給仕をするのはパルだ。


「王妃様。お招きいただきありがとうございます」

「結婚のお祝いになるかしら」


 タエはマリアンヌの目的がわからないまま、王妃の仮面をかぶり続ける。


「ニール様が愛する方をこの目で見れてよかったです」


(何って言ったの?)


 唐突にもたされた言葉に、タエの仮面が落ちてしまう。


「私はすべて知っています。あなた様がニール様を愛してることも、彼がまだあなた様を思っていることも」

「マリアンヌ様。お言葉がすぎます」


 口を挟むようなことではないが、パルが給仕を止め、鋭い口調で中に入る。


「ごめんなさい。ただ、王妃様が本音を話してくれなさそうでしたので」

「本音とはどういうことです」


 タエは自身の声が震えていたのを感じていた。


「あなた様は王妃という仮面をかぶり、私たちの結婚を祝福された。けれども本音は違いますよね。きっとニール様もそう。私はニール様に無理やり結婚を迫ったのです。だから、これは自業自得」

「マリアンヌ?」


 声は落としていたが、マリアンヌの激情は言葉から伝わってくる。


(どういう事なの?何を言いたいの?)


「私はおそらく三十歳までしか生きれません。母も祖母もそうでした。だから、この命を使って、ニール様に結婚を迫ったのです。あなた様をまだ愛していると知っているのに。ひどいことをしたことは自覚しています。けれども、死ぬまでにあの方の子を生みたかったのです。そして家族になりたかった」


(三十歳までしか生きれない?だから?でも)


 タエの目の前で彼女ははらはらと大粒の涙をこぼしていた。 

 

「これを使って」


 ハンカチを差し出すとマリアンヌはそれを受け取り涙を拭う。

 すると少し落ち着いたようで、顔を上げた。


「すみません。あの、私が言いたかったことは、ニール様はまだあなた様を愛しているので、安心してくださいということです」


(何を言っているの?この方は。ニール様の瞳には私への激情などなかった。あるのは穏やかな光。それから、彼女を気遣う優しい想い。ニール様はもう私のことなど想っていないのに。彼は前を歩いている)


「マリアンヌ。あなたは勘違いしています。ニールは、確かに前は私にほのかな想いをいだいていたかもしれない。でも今はあなたのことを大切に想っているはず。わからないのですか?」

「嘘ばっかり」

「マリアンヌ様!」


 パルが鋭く彼女の名を呼び、マリアンヌは自身の暴言に気がつき深く詫びる。


「私はなんてことを。申し訳ありません。この不敬は私自身の罪で、マティス家にはニール様には何も関係がありません」

「当たり前です。大丈夫。この部屋は防音にも優れているから、私とパル以外には聞こえません。「嘘ばっかり」というのは酷い言い草ですけど」

「すみません」

「大丈夫です。でも、ニールには言わないほうがいいですよ。とても傷つくと思いますから。私は嘘を言っていません。それを証明しましょうか」


 ニールに愛されているのに気がつかない、勘違いしたままのマリアンヌは危険だった。それはライベルの亡くなった母親と同じ運命をたどりそうで。なので、タエは一計をめぐらすことにした。

 思わず強い口調になってしまったのは、ニールの愛を疑う彼女への嫉妬だったかもしれないと、タエは苦い思いをかみ締める。

 


 翌日、タエは一計を実行した。

 ライベル、クリスナにはすでに話を通している。二人ともあまり賛成ではないようだったが、タエはどうにか説き伏せた。カリダを巻き込むと面倒になると思い、パルに預けて、舞台となる王妃の間から遠ざけている。


 タエはニールをお茶に招待した。普通に誘っても来ないので、二人きりではなくライベルを交えることを伝えている。

 実際は待っていたのはタエ一人で、ニールはすぐに部屋を出て行こうとした。

 それを止めて、彼女は口早に芝居を打つ。

 部屋の隅に衝立を置き、そこにはマリアンヌをはじめ、ライベルとクリスナがいる。当初はマリアンヌだけであったのだが、計画を伝えるとライベルもクリスナも見届けると聞かなかったのだ。

 信用されていないと少し傷ついたが、タエは同意して今に至る。


 彼たちが心配しているのは、ニールの気持ちであることを彼女は知っていた。

 もし、まだタエに気持ちが残っているなら、この計画は水に帰する。それどころが王妃の評判を落とし、またおかしな噂が広まる恐れがあるのだ。

 ある意味賭けのような計画であったが、彼女には勝算があった。


「マリアンヌとお茶を飲んだときに、彼女のことを聞かされました。あなたは本当にあのような理由で、彼女と結婚したのですか?」

「知ってしまったのですね。マリーもなんで話したんだ」


 衝立の奥では、事情を知らないライベルとクリスナは顔をしかめる。けれども声を出すわけにはいかないので、黙ったまま続きを待った。


「私、俺はそんな気持ちで、彼女との結婚を決めたんじゃない。確かに決め手はそうだったかもしれない。だけど、俺は彼女と過ごし、決めたんだ」

「それをあなたは彼女に伝えたのですか?」

「伝えた。が、マリーは信じない。俺は怖い。彼女は誤解したまま、弱っていくのではと」

「なら離縁してしまえばいいのではないですか?彼女はあなたの気持ちを理解しようとしない。そんな酷いことはない。お互いに不幸になる結婚など続けても仕方がない」

「俺は一度手に入れたものを離したくない。やっと好きな人をこの手にいれることができたんだ。だから、どうにか理解してもらうように努力する」


 ニールはその青い瞳をまっすぐタエに向けていた。

 気持ちはマリーに向いたまま。

 それがタエを痛く傷つけたが、これで彼女の気持ちにも整理がついた。


「マリアンヌ。出てきたらいかがですか?ニールはこの通りです。私と二人きりでも、あなたのことしか思っていないのです」

「マリアンヌ?まさか!」

「申し訳ありません」


 マリアンヌは衝立を退かして姿を現す。その後を少しだけ申し訳なさそうにライベルとクリスナが姿を見せ、ニールはめまいを覚えたようにぐらりと体を揺らした。


「マリアンヌ。出番ですよ。これで証明されましたよね?」

「はい!申し訳ありません」


 マリアンヌはニールのそばに立ち、その体を支えようとしながら頭を下げた。


「どういう意味だ?」

「マリアンヌがおかしなことを言うから、あなたの気持ちを聞きだそうと図ったのです」

「なんてことを。しかも陛下も父上も」

「お、俺は心配だったからだ」

「私には他意はない」


 ライベルは少し動揺して、クリスナは何が悪いとばかり、息子に言い返した。


「まあ、いい。でもこれで、マリー。わかってくれただろう?俺は、いや俺たちは、昔の連鎖を繰り返したくない。俺はお前を愛している。わかってくれ」

「はい」


 マリーは少し赤くなりながら頷き、タエの計画は成功を収める。ライベルは彼女の肩を軽くたたきその健闘をたたえ、タエは微笑んだ。

 晴れやかな気持ちいっぱいではないが、気持ちが開放されたような気分にはなっていた。



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