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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
四章 二ールの結婚
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三十七 二年ぶりの再会

「王妃様。こんな感じでいいでしょうか」

「ええ、ありがとう」


 今朝はいつもカリダについているパルが、タエの身支度を手伝いにきていた。赤子のときから傍にいたメリッサは、カリダが八歳になる前には王宮から夫の所属する「カラス」に戻っていた。

 現在のカリダの世話役はパルを筆頭にした数人の使用人。彼女は影のようにカリダの傍についており、前の雇い主がクリスナであることを知っているタエは、それもクリスナの意志だと考えていた。

 今朝パルが傍にいるのも、彼の意図を感じて、タエは心が重くなる。


(私はアヤーテ、ニール様に害をなすようなことはしないのに)


 彼女はクリスナの信用をいまだに勝ち取れていない気がして、思わず溜息をつく。それを聞き逃すパルではなかった。


「私が今朝こちらに来たのは、私の意志です。お間違いないように。そもそも、私がカリダ殿下の傍に控えているもの、私の意志ですから」


 まるでタエの思考を読んだかのように、パルは答えた。


「私はシズコ様からあなたのことを聞いております。シズコ様の死はあなたのせいではない。なのにあなたは自分で自分を苦しめている。シズコ様もきっと悲しんでます。あなたが少しでも幸せになるように、私は力を尽くしたいのです。それがシズコ様への恩返しと思っております」

「パルさ、ん」

「パルです。タエ様。本日は私が傍におります。体調が悪くなったりしたらお知らせください」

「ありがとう」


 パルの表情はいつもと変わらない。

 だけど、その言葉にタエは救われ、泣きそうになった。


「王妃様、折角の化粧が崩れてしまいます。泣くのはどうか我慢されてください」

「わかってます。涙は夜までとっておきますから」

「タエ様。口調が……。本当素のタエ様は危なかっかしい。シズコ様がしっかりしていると言っていたのですが、間違いだったようですね」

「ええ。静ちゃんにそう思われたくて頑張ってましたから」


 苦笑して答えるとパルが一瞬微笑んだ気がして、タエは眼を瞬かせる。けれども、やはり気のせいのようで、いつもの無表情に戻っていた。


「さあ、行きましょう。ニール様たちが到着してしまいます」


 絶望的だった心がパルによって少し軽くなる。

 タエは表情を王妃のものに切り替えると、パルの先導を得て王妃の間を出た。

 


「大丈夫か?」

「はい。ご安心ください」


 王室へ到着すると、すぐにライベルがそう尋ねてきた。

 部屋には王座の隣に二つの椅子が設けられており、王座のすぐ隣にカリダが座っている。


「タエ。ちょっと遅いよ」


 彼は窮屈そうな正装をしており、口を尖らせた。

 十歳を迎え、彼の身長はすでにタエと同じだった。しかし顔はまだ幼さを残しており、すねる態度などは可愛らしいものだ。


「申し訳ありません」

「もうニール達は到着しているみたいだよ」

「そうなのですか?」

「ああ」

「申し訳ありません」

「気にするな。あいつらが早く来すぎなのだ」

「そうそう。僕もゆっくりもうちょっと寝ていたかったのに」


 髪の色を除くとライベルとカリダはそっくりの外見をしていた。タエは眩しいものを見るような気持ちになり、視線を逸らしてしまう。

 

(本来ならばここにいるのは静ちゃんなのに)


「さて、ニール達を呼ぶか。タエ。よいか?」

「ええ。お願いします」

「いよいよだね」


 ライベルが近くの衛兵に声をかけ、王室の外へ出る。

 入室の声が上がるまでほんの少しの時間だったのだが、タエは長く感じてしまう。


「大丈夫だよ」

 

 カリダは彼女の不安を感じるのか、彼女に笑顔を向けた。それに頷くと衛兵の声がかかった。


「宰相クリスナ・マティス閣下、マティス家領主ニール・マティス様及びマリアンヌ・マティス夫人が謁見を願い出ております」

「許可する」


 すでに申請許可済なことであるが、形式的に衛兵が許可を求め、ライベルが承認する。そうして扉が開かれ、クリスナを筆頭にニールとマリアンヌが王室に入ってきた。


 

 ☆


 この時のために、タエは何度も言い聞かせてきた。

 王妃の面を張りつけて、にこやかに対面する。

 それは成功したかに見えていた。

  

 頭を上げた三人は、ライベルから声をかけられ、クリスナによって紹介される。

 二―ルを避けることはできない。

 心に強くもって、彼を見る。

 視線が一瞬だけ合うが、彼の青い瞳には何も浮かんでいなかった。

 正直、彼から以前のような熱量のある視線を浴びるのが怖かった。けれどもそんなことはなかった。彼は終始妻であるマリアンヌを気にかけていた。

 マリアンヌは茶色の髪を結い上げ、意思の強そうな茶色の瞳の女性で、ライベルより許可を得て顔を上げるとすぐにタエに視線を向けてきた。 

 何かを訴えているような強い思いを抱いた瞳。

 けれども、タエをずっと見ることは不敬に当たるため、彼女はすぐに目を伏せた。


「ニール。お前は今幸せか?」

「はい」


 挨拶が終わらせ、退出間近にライベルはそう尋ねた。ニールが即答しライベルが頷く。


「ニール。ここにしばらくいるんでしょ?僕の稽古の相手になってよ。この二年で僕は少しは強くなったんだから」

「殿下。嬉しいお言葉ですね。陛下から許可がでましたら是非お相手させてください」

「ニール。お前がそんな言い方すると気持ち悪いな。いいぞ、許可する。カリダは最近小生意気だからな。お前が稽古をつけてやれ」

「父上!」

「畏まりました」

「ニールも!」


 三人のほほえましい会話に、この時ばかりはタエは懐かしい光景を見たようで安堵してしまう。

 が、次のクリスナの言葉で彼女は息が止りそうになった。


「王妃様。マリアンヌとお茶をしてくださいませんか?彼女はあなたに会うことを楽しみしていたようなのです」

  

 それは彼女だけでなく、王室の空気を変えることになる。

 タエは王妃の面をかぶりなおし、判断を仰ぐようにライベルを見た。


「クリスナ。そのような話聞いてないぞ」


 しかしライベルは憮然として答え、王室の空気がさらに緊迫したものになった。


(いけない。これでは。またおかしな噂が出てしまう)


「陛下。もし許可をいただけるのであれば、マリアンヌとお茶を飲みたいと思っております。いかがですか?」

「お茶、僕も参加していい?」


 ライベルが答えるよりも、カリダが口を挟む。彼なりの優しさと思い、タエは心があったかくなる。そして勇気をもらう。


「殿下はニールと稽古をされるでしょう?大丈夫です。お菓子はとっておきますから」

「タエ!僕は食いしん坊じゃないぞ!」


 カリダのすねた声に王室の空気が和らぎ、タエは安堵する。


「わかった。タエの望むように」

「ありがとうございます」


 そうして、ニールとカリダは稽古を、ライベルとクリスナはその見学、タエはマリアンヌとお茶を飲むことになった。



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