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三十一 王妃の責務

「ニール様が……」


 その夜、寝室で待っていたタエは、ニールの近衛兵団長退職と領地への帰還について、ライベルから聞かされた。


「今日、クリスナから打診されたことだ。大丈夫か?タエ」

「ええ。もちろんです。陛下」


 言葉とは裏腹に彼女の顔色は蒼白であり、ライベルは思わずタエに触れそうになる。

 それを自我で抑え、彼女をただ見つめた。


「この件に関して、知っているものは、俺と、クリスナたちだけだ。もしお前が……」

「陛下。ニール様が希望されたことなのでしょう。それならば、私に異論などございません」

「タエ」


 まるで心の入っていない言葉で、ライベルは彼女の肩に両手を置き、その黒い瞳を覗き込む。

 

「無理をするのではない。お前がどうしてもというならば、俺からクリスナに話をする」

「そんなこと、どうして叶いましょう。もし陛下がそのようなことをされれば良からぬ噂を呼び込むしかもしれません」

「だが、この件はまだ」

「陛下。ニール様の意志を尊重されてください。あの方がそう決めたのですから」


 ライベルはまだ、この件をニールに確かめたことをタエに伝えていない。

 けれども彼女はすでにわかっていた。

 おかしな噂を呼ばないために、彼は領地にいくのだと。

 もしかしたらそこで結婚をされるかもしれない。


 そう考えると、胃から何かがせり上がってくるような吐き気に襲われる。

 王妃にならなければ、タエは彼に妻になるはずだった。


(思い上がりもいいところね、タエ。王妃にならなければ、なんて罰当たりなことを考えるのだろう)


「タエ?」


 ふいに彼女が自嘲し、ライベルは何事かと思った。


「陛下。この件について、私から申すことはありません。ただ、殿下には早く伝えた方がいいかもしれません」

「タエ!」

「陛下。お離しになってくださいませんか?夜も更けております。早々と部屋に戻りたいと思いますので」

「タエ!」


 カリダと同じ緑色の瞳がその心を探ろうとしている。

 けれども、彼女は顔を伏せ、それから逃げた。


「陛下。ニール様の決断は恐らく王家のためでございます。それを無下にされてはなりません」

「王家か。だが、お前はいいのか?それで」

「はい。私は王妃です。王家を支え、アヤーテ王国を末永く繁栄させる役目を負っております」


 たえの心は深く傷ついていたが、己を役目についてははっきりと理解していた。


「ニールもニールなら。お前もお前だ。俺は知らぬぞ。心を偽ってどうなるのか」


 ライベルは彼女から手を離し、深い溜息をもらす。

 だが、次の瞬間、彼は唇を歪ませ、皮肉な笑みを浮かべた。


「そうさせているのは、俺だったな。お前たちは、俺の犠牲者だ」

「陛下!」


(そんなこと、思っていない。陛下!)


「下がれ。部屋に戻るがいい」


 言い募ろうとしたが、ライベルはそれを冷たく遮り、踵を返した。

 彼の背中はすべてを拒絶しており、タエは伸ばしかけた手を降ろすしかなかった。そうして頭を垂れると彼に背を向けた。



 タエがニールのことをカリダにいつ話すか迷っているうちに、クリスナはすべての準備を終え、ニールの近衛兵団長の退職、彼の領地への移動について公表した。それに伴い、新しい近衛兵団長、警備兵団長、国境警備兵団長の発表も行った。


 それらはカリダにすれば寝耳に水で、彼はすぐに王妃の間に飛び込んできた。


「タエ!タエは?知っていたの?」


 発表は王命で、彼女が知らぬわけがないのだが、彼は部屋に入るなり、聞いてきた。


「ええ」


 隠してもしかたないことなので、タエは素直に頷く。


「なんで、なんでそんな風に冷静なの?タエはなんで、止めなかったの?領地に帰っちゃうんだよ? 王宮からいなくなっちゃうんだよ」


 冷静なタエに対して、カリダは身を乗り出し、言い募る。


「それがニール様の意志であれば、曲げることはできないでしょう」

「ニールの意志?そんなことあるわけないよ!きっとクリスナのせいだ!」

「殿下!」


 子供といえどもカリダは王太子、時期国王だ。

 安易に臣下をなじるようなことを言ってはいけないと、たえは厳しく呼びかける。


「わかってるよ。わかってるけど!僕、確かめてくる!」

「殿下!」


 クリスナに苦手意識があるカリダの行き先はわかっていた。

 ニールの元へ行くのだろう。

 止めても癇癪を起こすだけ、また、ニールからカリダに直接言い聞かせた方がいいと、タエは止めなかった。

 ただ、カリダの背後にパルに目配せした。

 王妃の間を飛び出した彼に近衛兵がすぐ動き、パルは彼女に頷いた後、彼の後を追った。


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