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身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
一章 異世界転移
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二 金色の鬼

 ――タエ。


 光溢れる部屋の中で、タエは名を呼ばれ目を覚ました。


「静ちゃん!」


 自分に触れる優しい手の持ち主が静子だと気がつき、体を起こす。

 静子は最後に着ていた美しい洋服に身を包み、微笑んでいた。

 彼女に触れようとして手を伸ばし、タエは気がつく。

 彼女は実体ではなかった。ぼんやりと幻影のように存在し、背後が透けて見える。


「静ちゃん。体が……」

「うん。もう肉体は滅んでしまったから。私は今、魂だけの存在なんだ」


 静子は悲しげに目を伏せ、頷く。


「でも、タエのせいじゃないから。私が馬鹿だったから。あんまりにも楽観的だったから。それだけだよ」


 静子はそう言って顔を上げると、タエの頬に触れる。実体がないはずなのに、感触を感じて、タエは目を閉じた。


「ごめんなさい。静ちゃん。私、私が止めればよかったのに!」

「ううん。タエ。あれは私のせい。おろかな……村の人の行動なんて予想ができたのに。私は浮かれていた。そして、殺された」

「静ちゃん!」

「タエ。私の死にタエが責任を感じる必要はないよ。だけど、お願いがあるの。聞いてくれる?」

「何?」


 静子には責任を感じる必要はないと諭されても、タエは静子の死は自分に落ち度があると感じていた。だから、「お願い」と言われ、必ず叶えようとおぼろげな存在の従姉妹を見つめる。


「私の代わりにライベルとカリダを守って。私にはもうできないから。お願い」

「ライベル、カリダ?それは、あなたが言っていた王様と子供のこと?」

「うん。そう。タエは今、アヤーテにいるから。お願いね」


 静子はそれだけ言うと儚げに微笑み、空気に溶ける様に消えてしまった。


「静ちゃん!」


 タエは大声で静子を呼ぶ。すると扉が勢いよく開き、見たこともない色彩の人間が姿を現した。


「目覚められたのですね」


 その人間は栗色の髪を一つに纏め、琥珀の瞳をタエに向けていた。肌は恐ろしく白い。

 静子が現れ突如消えた衝撃、さらに異人の存在に彼女は言葉を失い、ただその人を眺める。


「お水を持ってきます。しばらくお待ちください」


 呆然としているタエにそれだけ伝え、その人は再び部屋の外に出て行った。

 そうして一人残され、彼女はベッドに再び腰を下ろす。


「な、何?今のは?静ちゃんは?」


 唐突なことが立て続けに起き、タエは混乱していた。


(静ちゃん……)

 

 目の前に現れた幻。あれが彼女の魂であったことは理解できた。同時に、彼女の死、あの惨状を思い出し、タエは口を押さえ、うずくまる。

 そうしていると、扉が再び大きく開かれた。

 タエは反射的に顔を上げ、そちらに目を向けた。


 金色の髪に緑色の瞳、この世の存在だとは思えないほど美しい人間が、射抜くように彼女を睨んでいた。

 眼差しが恐ろしく、タエは目を伏せ、自分の体を守るように両膝を抱える。

 

「お前は誰だ?」


 美しい人間は冷え切った声でそう尋ねた。

 口を開くことも怖く、黙っていると、彼は舌打ちをし、乱暴にタエに近づく。


「答えろ。お前は誰だと聞いている!」


 怒鳴りつけられ、タエの恐怖心はさらに煽られ、震えあがる。


「陛下。落ち着いてください。怯えさせてどうするのです。この髪色、瞳から、彼女はシズコ様の国の人間であることは確かです」

「静子……?」


 穏やかな声が聞こえ、タエは少しだけ顔をあげた。陛下と呼ばれた男の背後に同じく金色の髪の中年の男が微笑んでいた。眼差しは優しく、タエの恐怖心が少しだけ和らぐ。


「今シズコ、と聞き返したな?お前はシズコを知っているのか?」


 中年の男に諭され、怒鳴るのを止め美しい男は再び問うた。

 タエはやっと顔を上げ、恐る恐る男を仰ぎ見る。


 ――金色の鬼。


 静子が話してくれた彼女の愛する存在。

 金色の髪に緑色の瞳の美しい姿で、最初は鬼だと思ったと笑いながら話す彼女を思い出す。


「静ちゃん……」

「なんだ?」


 タエの両目から大粒の涙が一気に零れ落ちる

 死んでしまった静子が望んだ場所に、自分が来てしまった。彼女は来るはずだったこの場所に。


「あなたは……ライベル?」

「不敬な奴だな。王の名を呼び捨てなど。お前はなんなんだ?シズコを呼び戻したつもりなのに。なぜお前が」

 

 不愉快そうに男――ライベルはタエを睨む。

 怖さは変わらない。

 けれども、静子が愛した男だと知れば、それは乗り越えられた。


(静ちゃん。ごめんなさい。本当に)


 異世界など、タエは信じていなかった。けれども、ここは静子が話してきかせてくれたアヤーテ王国で間違いなさそうだった。


「私は、私は静ちゃん、静子の従姉妹の谷山タエです」


 ――私の代わりにライベルとカリダを守って。私はもうできないから。お願い


 静子の魂の声がタエの脳裏に蘇る。

 

(静ちゃん。私は、あなたを止められなかった。その上、あなたが戻ってきたかった場所になぜか来てしまった。だから、あなたの願いを絶対に叶える。守ってなんて、よくわからないけど)


「……シズコの従姉妹?」


 ライベルは少し眉を下げ、タエの顔を凝視する。驚きの表情が収まったことから、彼が納得していることを読み取る。そうしてタエは次に彼がするであろう質問を予想する。


「それならシズコはどうしている?」


 彼女の予想は当たり、吐き気が再びこみ上げて来た。脳裏に広がる情景は、あの惨状だ。


(でも、言わなければ。それは私の使命)


「静ちゃんは、静子は亡くなりました」

「なんだと!どういうことだ!」


 ライベルは目を見開くと、タエの両肩を激しく掴んだ。


「陛下!」


 タエはされるがまま、痛みで声を上げることもなかったが、中年の男――クリスナは慌てて止めにはいった。大の男が力いっぱい女性の細身の肩を掴むことは、ある意味暴力と同じであり、一国の王がすることではなかった。


「どういう意味ですかな。タエ様」


 クリスナはライベルを押さえながら彼の代わりに、静かに問い返す。

 口調は淡々としているが、その青い瞳を見れば動揺を見て取れた。

 ライベルや彼の反応から、静子がいかに大切にされていたか知ることができた。けれども嘘をつくことはできないと、口を開く。


「静ちゃんは、村を追い出されて野犬に殺されました」

「嘘だ!お前は、嘘をつくのではない!」


 タエの告白に、ライベルは噛み付くように叫ぶ。

 緑色の瞳は充血しており、今にでも泣き出しそうだった。


「嘘ではありません……」


(嘘だったら、どんなにいいだろう)


 タエ自身そう思わずにはいらなかった。けれども、野犬に殺されたのは事実あり、あの惨状は生生しく記憶に残り、血の匂いも感触も、あれが事実であることをタエに知らしめている。


「……嘘だ!断じて俺は信じない。タエ。お前はシズコの従姉妹でありながら、そのような嘘を!王妃が亡くなったなどと嘘をつくとは大罪に値するぞ!処罰してやる!」

「ライベ、陛下」


 ライベルと呼ぼうとして、タエは言い換える。彼は一国の王であり、彼女は妻であった静子ではない。なので、陛下と呼ぶべきだと咄嗟に判断した。

 タエはベッドから降りると、頭を垂れた。


「亡くなったのは事実です。しかし、私にも非があります。ですから処罰してくださっても構いません」


 激しく憤るライベルを前にして、タエは自暴放棄になっていた。

 ライベルとカリダのことを頼まれ、一時はそれを叶えようと思った。けれども、彼女の死への責任、それを考えるとそんな大役は自分がするべきではないという結論に至ったからだ。

 彼女はすべきことは一つ、償い。

 ライベルが示した大罪。その処罰はきっと死罪だろう。死はとても怖い。けれども、あの惨状を思い出すと、死こそが自分にふさわしく思えた。


「お前に非が?お前もシズコの死に加担したのか?従姉妹であるお前が!シズコはお前の話をよくしていた。姉のような存在だと。そのお前がシズコを死に追いやったのか!」


 狂ったように叫ぶライベルをクリスナが押さえる。しかし、その青い瞳は真実を測るようにタエに向けられた。


「静ちゃんが、私の話を……」


 ライベルの言葉を咀嚼し、静子が自分のことを思ってくれていたことに嬉しくなる。それはタエの苦しみを少し和らげたが、罪の意識は消えることはなかった。むしろ高めるばかり。


「陛下。申し訳ありません」


 タエは床に膝をつけ、深く侘びを入れる。

 その行為はライベルの激情を煽り、彼はクリスナの手から逃れ、彼女に掴みかかろうとした。


「ニール!この娘、タニヤマタエを牢獄へ連れて行け」


 クリスナがそう大声を張り上げると、彼の容姿に酷似した屈強な男が直ぐに部屋に入ってきた。


 (牢獄か……)


 自分を捕らえようとする男をぼんやりと見上げ、タエはこれからの自分の処遇を思う。


 (静ちゃん。ごめんね。私もすぐ傍に行くから。お願いなんてきけるわけがない。あなたが戻ってきたかった世界で、あなたの代わりなんて……ごめんなさい)

 

 男に連れて行かれながら、タエは心の中でずっと静子に謝罪していた。

 


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