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二十八 ニールの決心


今日処理しなくても構わない書類までにも目を通した後、やることがなくなったニールは仕方なく、帰り支度を始めた。

 兵団の宿舎を出てから、厩舎で預かってもらっている愛馬の元へ足を運ぶ。

 クリスナは馬車を使い王宮へ、ニールは馬で通っていた。

 

 中庭を横切って、厩舎へ出ようと思っていた矢先に、話し声が聞こえてきた。聞くつもりはなかったのだが、「面談」「陛下」「王妃」という単語に思わず足を止めてしまった。


「面談は陛下と王妃がされていたそうだ」

「珍しいな」

「てっきりまた近衛兵団長が王妃と仲良くされるのかと思っていたよ」

「本当、陛下も何を考えていらっしゃるのか。臣下に王妃を寝取られるなど情けないではないか」

「どういう意味だ?」

「ひっ!近衛兵団長様!」


 ニールは気がつくとその者たちの背後に忍び寄り、腰に帯びている剣の柄に手を伸ばしていた。


「な、何でもございません。お許しを」


 話していたのは庭師の二人で、頭が地面につくほど遜って、詫びを入れる。

 怒りのまま切ってしまいたい衝動もあったが、戯言に過ぎなく、彼は自身の衝動を堪えた。


「口を慎むのだな。仕事に励め」


 できるだけ冷静にそう口にして、彼は踵を返す。


 彼らの言葉はおそらく、ごく一部であろう。

 けれども、己とタエのことがそのような話されるくらい疑惑は持たれているのだと、ニールは歯噛みする。

 父の言葉を思い出し、タエのことを思った。


(俺がこのまま独り身でいる限り、陛下も、タエも誤解されたままだ。俺のせいで、タエの王妃としての顔を傷つけてしまう)


 彼はこの三年、彼女が必死に王妃であろうと努力していたのを知っている。

 あんなに拒否していた笑顔も、王妃として公務の際は絶え間なく微笑んでおり、その心が心配になるくらいだった。

 彼は彼女を守りたかった。

 

「だが、それがおかしな噂を広めるか」


 ライベルがタエに対して心無い態度を取ることは既になく、寧ろ感謝しているように思えた。

 

(シズコ様のことを忘れはしないと思うが、タエが彼の癒しとなることもあるかもしれない。そうであれば、邪魔者が消えたほうがいい)


「王妃様」


 そんな呼び声が聞こえ、ニールは我に返る。

 声がした方向、頭上を見れば、三階のバルコニーにタエがいて、彼を見下ろしていた。


(王妃の間か。俺はいつの間にこんなところへ)

 

 舌打ちして、方向を変えようと思ったが、ふと彼女が己を見ていることが気になった。

 

 日が落ちており、ニールには彼女の表情が見えない。

 けれども、彼女が彼を見つめているのは確かであり、その表情を読み取ろうと食い入るように見つめ返す。

 唇が動く。


 ――ごめんなさい。


 そんな言葉が聞こえた気がした。

 

「王妃様」


 再度声が聞こえ、タエが視線を外す。

 ニールは溜まらずその場から逃げた。


(ごめんなさいとは、どういう意味だ?何を謝っているのだ。三年前に王妃の道を選らんだことか?そんなの、俺は求婚の答えすらもらっていないのに)


 ニールは再び中庭に戻り、長椅子に腰かける。


(……俺は本当は知っている。俺を見て少女のように頬を赤らめるタエ、時たますがる様に俺を見つめる彼女。……タエは俺を好きだ。だけど、彼女は王妃の道を選んだ)


 王妃の面を外している時の彼女は、三年たっても変わらなかった。

 

(面談の候補者を選んでいる時も、彼女の視線を感じたはずだ。わかってる。わかっていた。だけど、俺は補佐役クリスナ・マティスの子であり、近衛兵団長だ。そんな過ちは許されない)


 王家の一員として、ニールは自身の矜持を守る。

 

(タエは知っている。彼女も自身の役割を果たそうとしている。ごめんなさい、それは俺の言葉だ。俺は王の従兄弟として、近衛兵団長として、俺の役目を果たす)


 胸が断続的に切られるような痛みが走った。

 だが、彼は立ち上がり、帰宅するため、厩舎へ足を伸ばした。



「なんですって?」

 

 ニールが屋敷に戻り、両親に結婚の意志を伝えると、怒り狂ったのはレジーナだった。

 

「あなた、自分の言っていることわかってるの?」

「ええ。俺は、私は父上が勧めてくれた婚約者と結婚するつもりです」

「私は反対よ!」

「そうか、よく決心してくれたな」


 レジーナの言葉を無視して、クリスナは息子の肩を叩く。


「私は許さないわ。絶対に。あなたにはすでに愛する人がいるわ。それなのに、別の人と結婚するなんて、私は絶対に反対ですから」


ニールは思っても見ない母親の剣幕に気押される。


「レジーナ。ニール自身が決心したのだ。子供のように騒ぐではない」

「子供のように、ですって?あなたは、また不幸な女性を作るつもりなの?」

「兄上と、ニールは違う。もともとあれは、エリーザ様の勘違いだ」

「それでも、です!」


 二人の話から、ニールはようやく母の憤りが理解できた。


「母上。俺は違う。妻になる女性に対してそんな想いはさせない」

「そんなこと、私は信じられないわ。前王、オレガ様だって、エリーザに誤解させるつもりはなかったはずよ。しかも、オレガ様はちゃんとエリーザを愛していた。だけど、あなたは妻になる女性をちゃんと愛せるの?」

「それは……」

「レジーナ!」


 ニールを問い詰める妻に、珍しくクリスナが声を荒げ、彼女は動きを止める。けれども大きく息を吐くと、再び口を開いた。


「私は反対ですから。それだけは覚えておいてください」


 レジーナは二人に背を向け、クリスナの部屋から出て行った。

 

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