二十二 共同作業
クリスナが候補者名簿を作り終えたのはそれから一週間後だった。
面子を気にする貴族のことを踏まえながらも、広範囲に選ぶ。
面談前に、この名簿から数人選ぶ作業はタエが一任されていて、彼女は王妃の仕事の合間に名簿と一緒に渡された書類を読み込んだ。
「これだけじゃわからないわ。性格とかも重要だと思うのよね」
「そうだな」
「ニール様!」
ふいに背後から声がして、タエは驚きのあまり全身の毛が逆立ったのではないかと思った。
「王妃様。ニール様は何度かお声をかけてらしたんですよ」
「そうなのですか?」
「ああ」
ニールはいつもより柔らかく見える表情で微笑む。口調も畏まったものではなく、タエは胸がきゅっと痛んだ気持ちがして、思わず俯いてしまった。
「邪魔をして申し訳ありません。殿下より学友選びで苦労していると聞きまして」
ニールはそんな彼女を気にしてか、口調を正してタエに話しかける。
それで少しだけ気持ちがほっとして、彼女は顔を上げた。
「ご心配ありがとうございます。苦しんではないのですが」
ニールとは面談の時に顔を合わせることになっている。
その前に手を煩わせるのもと、タエは言葉を濁した。
「そんな書類だけでは判断がつかない、ですか?」
しかし、ニールはすでに彼女の悩みがわかっているようで核心をついてくる。
まさにその通りでタエは誤魔化そうにも言葉が出なかった。
「私が補足しましょう。この中から気になる者を選んでください。その者の身辺の情報を私ができる範囲で手に入れます」
「いいのですか?」
タエは反射的にそう答えていた。
しまったと思った時は遅く、ニールが微笑む。
「勿論です」
とても甘い、溺れそうな微笑でタエは見惚れてしまった。
「王妃様。明日で構わないので、何名か、そうですね。この中から十五名ほど名前をあげていただけますか?」
視線を先にそらしたのはニールで、距離をとるように身を引く。
(馬鹿タエ。何を考えているの)
タエはおそらく緩みきっている自身の表情を改め、王妃の顔を作る。
「ありがとうございます。明日の朝までに紙に家名と名前を書いて、近衛兵団長室へお送りするようにいたします」
「……人を介すると面倒なことになるので、私が明日またお伺いします。午後一に」
「すみません。お手数をおかけしてしまって」
「王妃様が謝ることなどありません。殿下のためですから」
ニールは臣下としてなのか、少し硬い表情で笑みを作る。
(そうよね。当然だわ)
タエは自身の立場を思い出し、同じように微笑んだ。
翌日の午後、ニールが部屋を訪れ、名前の入った紙を受け取る。用はそれだけで、彼が再びタエの元に尋ねてきたのは、二日後だった。
カリダがタエのいる王妃の間でお茶をしている時にニールは現れた。
かなりの厚さの書類を手にしている。
「遅くなって申し訳ありません」
「ニール様。そんなこと。近衛兵団の仕事もございますのに、わざわざありがとうございます」
「この書類はどちらにおきますか」
「それでは、こちらにおいてください。殿下、見てはいけませんよ」
「ちぇ」
ニールが壁際の机に書類を置き、カリダが覗き込もうとするので、タエは注意する。彼は面白くなさそうに唇を尖らした。
「僕の学友なのに」
「確かにそうですけど」
「……やっぱりおかしいよな」
二人のやり取りにニールが割り込んできた。口調が少し乱暴で、考えごとをしているようだった。
「殿下の学友だ。最後は殿下が選ぶべきではないか?」
(それもそうだわ。私たちが勝手に選んで……、まあそれが陛下の願いと期待なのだけど。最後殿下と相性が悪ければ、一緒だわ)
「あの」
タエとニールの言葉が合わさる。
「えっとニール様。どうぞお先に」
「王妃様が先です」
「二人で一緒に話せばいいじゃない」
「それは意味がわからなくなるだろう」
「そうです」
「僕は二人が同じことを言おうとしてると思っているけど」
カリダは二人を見て軽やかに笑う。
成長しても彼の笑顔が人々を和ませるもので、タエはなぜか動揺していた自分の気持ちが落ち着くのがわかった。
結果、王妃であるタエが先に言うべきだということになり、彼女は己の考えを話す。
「面談には殿下も参加してもらったほうがいいと思います」
「同意見だ。俺もそう思う」
「やっぱり二人とも同じこと考えていたんだ。ほらね」
タエが話したことはやはりニールが考えていたことは同じで、カリダが少し偉そうに胸をそらす。それがおかしくてタエもニールも笑ってしまった。
そうしてカリダのたっての願いもあり、面談役にカリダを加えることをクリスナとライベルに提案することにした。




