十七 身代わりの王妃
王室の前に集まる貴族たちの前に、ライベルとタエは姿を見せた。その背後に、ニールとクリスナが控える。
ざわめきが一瞬やみ、クリスナはそれをついて口を開いた。
「このように集まってくれたこと、感謝する。陛下はこの通りご無事だ。異世界の娘タエ様が心配をされて、王室へこられた。この機会に、私は皆にタエ様を紹介したいと思っている」
貴族たちはクリスナが何を言い出すのかと、再びざわめき始める。
ライベルの隣で、タエは倒れそうになりながらも必死に己に言い聞かせていた。
(私は異世界の娘タエ。静ちゃんと同じように毅然としなきゃ。そうじゃなければ、何のためにこの道を選んだのか。私は償いをするため、静ちゃんの願いを叶えるためにここにいる)
ふとニールがこちらを見ているのがわかった。
こんな形で彼を裏切り、タエは彼を見るのが怖かった。けれども、彼の表情は怒りとは別のもので、頑張れと応援している。そんな表情だった。
ニールの変わらぬ優しさに泣きそうになったが、彼女は自身を奮い立たせる。
(私は、私の役目を全うする)
まっすぐに貴族たちを見つめ、微笑む。
久々に笑ったような気がした。うまく笑えているか、タエにはわからなかったが。
「皆様、私は前王妃静子の代わりに召喚された、谷山タエです。静子様同様、私は異世界の娘として、ライベル王の盾となり、このアヤーテ王国を守ることを皆様に誓いましょう」
タエの言葉の後に、間髪いれずライベルが続ける。
「私は、第九代アヤーテ王として、この異世界の娘タエをシズコの次の王妃として迎える。シズコはこの世界には戻らない。したがって異世界の娘として、このタエが今後アヤーテを守護する。我らアヤーテは新たな異世界の娘を迎え、末長く繁栄するだろう」
ライベルが宣言し、タエは必死に再び笑みを作る。
「皆の者、讃えるがよい。ライベル王は異世界の娘を新たに迎え、この国の繁栄をお約束された」
クリスナが貴族たちを眺め、片膝を床につき、恭順の意を示す。
「私、近衛兵団長、ニール・マティスも、王と、新たなる王妃、異世界の娘タエ様に忠誠を誓う
」
ニールは父に追随しライベルとタエへ頭を垂れる。すると次々と周りの近衛兵たちもそれに従った。
周りを伺っていた貴族たちも我先にとそれに習い、片膝をつき始める。
タエはこのように多くの人に敬われたことがなく、逃げ出したくなった。だが堪え、当然とばかり微笑みを維持する。
そうしてこの日。
タエは、己が静子の代わりにこの世界に召喚された異世界の娘で、王妃になることを集まった貴族たちの前で宣言した。
☆
貴族たちの前で宣言した後、倒れこみそうな自身を叱咤した。
王室に戻るまで気丈に振舞っていたが、タエは限界だった。クリスナ、ライベル、そしてニールから逃げるように部屋に戻る。
王妃になることを決めたのは彼女自身だった。それは、同時にニールの求婚を断ること。自分にはふさわしくないと一度口に出しておきながら、選んだのは王妃の道だった。
ニールは誤解などしないだろう。
あの場ではそれしか選択がなかった。
ライベルには、異世界の娘という盾が必要だった。そうでないと、彼は儚く消えてしまいそうに見えたからだ。
けれども、終わってみれば、ニールの顔に泥を塗るような行為であったと自身に吐き気を覚える。
この三年、カリダの無邪気さに癒され、ニールの包み込むような優しさに甘えていた。
彼の求婚は驚きでいっぱいであったが、今思えば嬉しかったのだろう。
(ニール様のことを好きだったかもしれない)
「タエ。考えてはだめ。私は異世界の娘。王妃となり、王の盾になるものなのだから」
(それが私の償い)
彼女は自身に言い聞かせる。
しかし、すぐに目頭が熱くなって、涙が溢れてきた。
「どうして、私」
胸が詰まるような、息苦しい気持ちになりながらも涙は止まらない。
「タエ?入ってもいい?」
しかしふいに扉を叩かれ、カリダの声がした。
おかげで涙は止まり、彼女は自分がすっかりカリダのことを忘れていることに気づき、唖然とする。
乱暴に涙を拭い、すぐに扉を開ける。
「タエ!」
カリダはタエに抱きついてきて、その後ろのメリッサが心配そうな視線を送っていた。
「大丈夫だから。メリッサさんは休んで」
腰に抱きついてきたカリダの背中をさすり、タエは彼女に声をかける。迷っているようだったが、最後は彼を任せることにしたようで、頭を下げると、彼女は扉を閉めた。
「ごめんなさい。殿下」
「タエ、僕、ずっと待っていたんだよ。泣いているの?」
カリダは不安そうに仰ぎ見る。
「いいえ。大丈夫ですよ」
「本当?」
彼は信じられないとその緑色の瞳をタエに向けていた。
(緑色の瞳。陛下と同じだわ。新緑の色……。そうだ。私は殿下に王妃になることを伝えなければ。そうして静ちゃんのことも)
カリダはまだ五歳にならない。
その理解力もまだ足りない。
けれども、タエは己が王妃になるのであれば、静子の死について説明すべきだと思った。
「殿下、お話があります」