十五 暗殺計画
パルは急いでいた。
今日実行される暗殺計画をクリスナに告げるため。
屋根裏をつたい、最後に地面に降り立つ。
その瞬間、先ほど刺された傷口から血が溢れ出て、痛みで動けなくなった。
「殺せ!その女は我々の計画を知っている。外に出すな」
ライベルの暗殺計画はキシュン家の使用人だけではなく、貴族もかかわっていた。
それは、あの騒動でエセル側に加担した貴族だった。家の取り潰しを免れた貴族たちは、それでも領地を減らされるなど影響があり、ライベルを逆恨みするものがいた。
クリスナも予想していたはずなのだが、騒動から五年もたち動きがなかったため、完全に油断していた。
「死ね!」
振り下ろされる剣。パルは死を覚悟した。
けれども剣は打ち返された。
「新手か!」
パルの前に黒装束を身に着けた背の高い男が立っていた。
「ハイバン……」
男はパルを抱えると、屋敷から出てきた者たちを蹴散らして、走り出した。
体が揺れるたびに痛みが走る。
そのうち全身が痺れるようになって、パルは意識を失いそうになった。
「お、ねがい。クリスナ、様のところへ」
「話すな。連れて行ってやる。それまでは黙っていろ」
☆
本日はライベルが街へ降りて、孤児院の視察をする日であった。
常に笑わず不遜な態度にも見えるライベルは、子供を怖がらせることが多い。なので、孤児院の訪問の際は、怖そうに見えて子供受けがいいニールを連れてくるのが普通であった。
しかし、今日は用事があるということで、姿を見せず、代わりに近衛兵団副団長が来ていた。
彼は筋肉質ではなく、優男風で、子供受けがよい。
おかげで、ライベルは子供に遠巻きにされながらも泣かれずにすんでいた。
園長から説明を受けた後、食事状況なども見ることになっており、ライベルは粗末な食事を子供たちと取った。育ち盛りの子供に与えるにはあまりにも粗末な気がして、援助がもう少し必要だと判断し、孤児院の視察を締めくくる。
クリスナに相談しようと、思案をしながら馬車に乗り込んだところで異変をおきた。
車内に男が隠れており、ナイフで切り込んできた。
反射的に身をそらした後、車外に出ようとして動きを止める。
(このまま、殺されるのはどうだ。カリダももうすぐ五歳だ。後継については心配はない。元からカリダがいなくてもニールが継げばよい話であったのだ)
ライベルは男が再びナイフを構えるのを見ていたが、抵抗をやめた。
「死ね!エセル様の恨みをしれ!裏切り者が!」
「エセル?裏切り者?」
「てめぇなど生まれてこなきゃよかったのに!エリーゼ様を殺しやがって」
男の顔に見覚えはない。
だが、彼の発した言葉がライベルの傷ついた心をさらに傷つける。
「死ね!」
男がナイフをつきたてようとした。
「陛下!」
ぐいっと、ライベルの体が車外に引き出される。
入れ替わりに兵士の一人が中に入り、男の断末魔が響いた。
「間に合ったか!」
ライベルの無事な姿を見て、安堵の声をあげたのはニールだった。
全力で走ってきたのか、肩を大きく揺らし、その息は荒い。
視察警護のため連れてきた近衛兵半数以上が捕縛されたり、地面で血にまみれ倒れていた。
暗殺計画とは、ニールを警備から外し、その目を掻い潜って当日の警護の兵士の中に、息のかかった者を紛れ込ませることだった。
パルが命がけで、クリスナに伝え、ニールがそれを知って、彼と面談していた貴族を捕縛。そして、ライベルの元へ駆けつけた。
暗殺計画はこれで終わり、そう考えていた。