十四 ライベルの孤独
「パルか」
「はい」
クリスナが執務室で書類を読んでいると、部屋に影が現れる。
それは黒装束に身を包んだパルで、手元の書簡を彼に渡した。
「やはりまだいたか?」
「はい。残党ではなく、別のものです」
「別のもの?」
「キシュン家の生き残り、といっても使用人なのですが、陛下を逆恨みしているようです」
キシュン家は当主エセルが国賊となり、隣国へ出奔してからすぐに取り潰された。キシュン家の最後の当主はエセルであり、その妹セリーナはライベルの母である。
「陛下の警備を強化したほうがいいな。このことを他に知るものは?」
「現在まだ調査中です」
「早々に調べるのだ。キシュン家のこの残党を利用して、おかしなことを言い始める輩が出てくる可能性もある」
「はい」
パルは頭をたれると、影に溶け込むように部屋からいなくなった。
「キシュン家。エセルの亡霊か……」
クリスナは誰もいなくなった部屋でそう口にして、手にした書簡に蝋燭で火を点し、暖炉に投げ込む。まだ使われていない暖炉の中で、書簡は燃え続け、最後には煙となって消える。
「キシュン家には恨みなどはない。むしろ彼らは被害者である。けれども、エセルは道を誤った。キシュン家を実際取り潰したのは私だ。本来ならば、エセルの恨み、キシュン家の恨みを受けるのは私であったはずなのに」
兄の想い人と知っていながらも、クリスナはレジーナを娶った。それから、逃げるようにして王宮から離れた。
兄が王位を継ぎ、キシュン家から王妃を迎えた。レジーナによく似た容貌の可愛らしい女性だった。
幸せが訪れると思っていたが、王妃はライベルを産み落とし亡くなり、兄は再び殻にこもるようになった。
兄は王として責務を果たした。
だが、父としては失格であり、残されたライベルは孤独の中の王宮で暮らし、伯父のエセルに利用された。
それとなく事情を知っていたのに、クリスナはずっと目を背けており、悲劇は起きた。
ライベルの信用は地に落ち、異世界の娘を利用した。
その異世界の娘――静子が失われ、ライベルは再び光を失った。
「それでも生きてほしい」
酷な願いだとわかっていても、クリスナは彼を生かすために動く。
☆
「シズコ。これでお前も安心だろう」
王室で一人、ライベルは窓から外を眺める。
「ニールであれば大丈夫だ。きっと幸せになる。カリダも喜ぶだろう」
静子が消えてから、タエが現れてから、ライベルは父親としての義務も放棄しがちだった。タエに会いたくないため、またそう命を下しているため、カリダと会う際は、タエが不在の時である。
以前は静子とタエを混同していたカリダはいつの間に、別人であることに気づき、彼女の名を呼ぶようになった。そうして、タエを避けるライベルに非難の目を向けるようになった。
乳児から幼児、まだ五歳にもならぬカリダは事情を知らない。
けれども、タエがそばにいると決して部屋を訪れないことから、ライベルがタエを避けていることに気づいているのだろう。
いろいろな要因が絡み合い、カリダとライベルの関係は希薄になっている。
寧ろ、カリダとニールのほうが親しい間柄だ。
それに関して複雑な思いは持つが、ライベルはどうでもいいと投げやりになっていた。
(シズコがいない世界。生きていても仕方がない世界。王であるから、俺はこの世界で生きている。ニールが王を継げばいい。カリダのことを大切にしてくれている奴だ。王座から追い落とすようなことはしないだろう)
このような思いを一度クリスナの前で吐いて、王の義務について懇々と諭されたことがあるので、ライベルは二度と彼の前で言うことがない。
けれども、この思いはずっと心にあり、いつ己が消えてもいいと思えるほど、彼は生に無頓着になっていた。
(俺は一人だ。シズコ……)
ライベルの緑色の瞳は重く沈んだまま、それは庭先で光を浴び輝く草木の緑色とは対照的だった。