十一 ニールの気持ち
「タエ。今日も疲れたよ」
ベッドの上に身を投げ出したカリダは五歳になろうとしている子供には思えぬ言葉を時々はく。しかも真剣な表情であり、その可愛らしさにタエの口元が緩みかけ、慌てて表情を引き締める
「タエはいつもそうだ。笑えばいいのに」
「そうですね」
静子の最後のことは、カリダにはまだ伝えていない。
死んだことすら、まだ。
クリスナから、カリダには静子は別の世界にいると伝えるように言われていた。それは公式発表と同じで、王宮の者たちもそれを信じていたので、カリダに余計な情報を吹き込むものはいなかった。
「タエが笑わないことは、母上がいなくなったことと関係あるの?」
確信を突かれ、タエはベッドを整えていた手を止める。
「僕はタエの笑った顔が見たい。母上もそう思っているよ。きっと」
何時ごろか、カリダはタエを静子と混同するのをやめた。
それでも、タエが傍にいないと泣いたり、ぐすったりするのは続き、結局今のいままで、彼が休むときはタエが傍に眠るまでつくことになっている。
「二ールもそうだと思うよ」
「ニール様?!」
思いもしない名前を出され、タエはカリダの凝視してしまった。
しかし、カリダは本当に疲れていたのか、そんな彼女を置き去りにして眠りの世界に落ちていた。
(ニール様が、どうして)
タエはニールの少し怒ったような顔を思い出して、首を横に振った。
(考えない。私は考えることはただ殿下のことだけ)
タエはカリダにブランケットを掛け、音を立てないように部屋を出た。
☆
近衛兵団長になってから、ニールは実家のマティス家に帰ることが多くなった。
王宮の兵舎に寝泊りすることもできたが、やはりニールは何年過ごしても王宮が苦手であり、それであれば実家に帰ったほうがよいぐらいだった。
実家に戻ると、父親から呼ばれ部屋に入った。
「お前に確認したいことがある」
普段であれば酒、少なくてもお茶くらいは用意してあったのだが、それもなくクリスナは単刀直入に聞いてきた。
嫌な予感しかせず、ニールは覚悟を決めて父を見つめ返した。
「お前はタエを妻にしたいか?」
「は?」
「お前はすでに三十一歳だ。結婚するにはすでに遅すぎる年。だが、いい加減誰かを娶る気はないのか?」
「ああ。そういうことか。そうだな」
マティス家の男子はニール一人。
レジーナにも兄弟がいないため、ニールが子を儲けなければ誰かを養子に迎える必要があった。
「レジーナが不満を申しておる。お前は気に入った娘がいないのか?」
「ああ、そうだな」
ニールの脳裏にタエの寂しげな姿が掠めるが、彼は息を吐いて気づかない振りをした。
「タエのことをどう思っているのだ。陛下はお前が好んでいれば、娶ってもよいとおっしゃった」
クリスナの言葉に彼は信じられないと目を見開く。
「陛下はタエのことを不憫に思っているような気がするのだ。以前のようにお怒りになることはなくなっている」
「そ、そうか」
この三年、用事がある以外、彼はライベルに面談することはなくなっていた。
その分、カリダの相手をすることが多かったのだが。
「私は反対だ。お前も知っていると思うが、異世界の娘のタエをお前に嫁がせ、陛下を退位させ、お前を王へ担ぎだそうとする動きがあるのだ」
ニールもその話を小耳に挟んだことがある。
王位などまったく興味がないので、失笑したのだが、クリスナが口にするくらい大きなものになっているのかと、驚いた。
「陛下の治世は安定している。だが、エセルの裏切りがまだ尾を引いているのだ」
(だから、父上はタエを王妃にして、陛下の地位をさらに安定させたいのだな)
クリスナの考えがわかり、ニールはちりちりと胸が焦がれた。
静子の時はすでに二人が愛し合っているのを知っていたので、あきらめる事ができた。ただ彼女を見守っているだけで、よかった。
けれども、今回は違う。
ニールはそう考え、自嘲した。
父親に言われるまで、彼は自身のタエへの気持ちを見ようとしなかった。同情だろうと、深く考えなかったのだ。だが、こうして彼女、好きな人が再び別の男と結ばれる可能性を突き出され、ニールは自覚するしかなかった。
「父上。陛下は俺がタエを娶ってもいいと、おっしゃってるのだな」
「ああ、だが」
「父上。時間をくれ。俺がそのあほな奴らを炙り出す。そうして潰す。それなら、俺がタエを娶っても問題がないだろう」
クリスナは答えなかった。
だが、それをニールは了承と取る。
静子の時のように彼はあきらめたくなかったのだ。