表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わりの王妃は許しを請う。  作者: ありま氷炎
二章 身代わりの王妃
11/70

十 三年後

「タエ!」


 母親譲りの癖っ毛の黒髪、瞳は父親譲りの緑の瞳。

 第九代アヤーテ国王の息子であるカリダ・アヤーテは、中庭で本を読んでいたタエに抱きつく。

 あれから三年がたち、五歳の誕生日を迎えようとしているカリダの背丈は、タエの胸の辺りの高さに届きそうになっていた。


「殿下。どうしたのですか?剣術の稽古ではありませんでしたか?」

「だって、ニール。厳しすぎるんだもん」

「殿下!やっぱりここに逃げ込んでいたか!」


 怒声とともに現れたのはニールで、急いできたはずにもかかわらず、息も乱さず仁王立ちでカリダを睨む。

 この世界にきた当初はニールの視線に怯えていたタエだが、三年もするとすっかり慣れていた。けれども、やはり睨まれると心が沸き立つのは今も変わっていない。


「ニール!タエが怖がっているよ。怒鳴らないで」

「悪かった……。じゃなくて、殿下。責任転嫁はしないでください」


 カリダが乳児の頃、ニールは彼に対して対等に話しかけていたが、四歳になり時期王として教育が始まると、彼は口調を改め、臣下としてカリダに接するようになっていた。

 

「殿下。大丈夫です。私は怖がってませんよ。剣術のお稽古は必要です。ニール様も団長の仕事を中断して、指導の時間に割いているのです。時間を無駄にしてはいけません」


 タエはカリダに対して、王太子であることを弁えた上、「お世話役」という役割を果たそうとしていた。静子の代わりにはなれない、なろうなどとんでもないと思っているのは今も変わらない。

 しかし、彼が王位を継ぐとき、相応しい人物であってほしいと、微力ながらも注意すべきことを口にしていた。


「うん。わかったよ。ニール。行こう」

「あ、ああ」

 

 言い聞かせる必要があると構えていたニールは、カリダの素直さに牙を抜かれたような気分になり、それを見ていたタエは思わず口元が緩みかけた。

 けれども、口元を押さえそれを隠す。


(私は静ちゃんの思いをかなえるために生きている。私の犯した罪を償いたい。笑ったりしたらだめ)

 

 その思いはタエがずっと抱えるものであり、彼女はこの世界にきてから笑ったことがなかった。

 先を歩くカリダの後を追おうとしていたニールはそんな彼女の行動を目の端に留め、唇をかみ締めた。


「タエ。もう三年だ。俺はお前のせいだと思っていない」

「……私のせいです。ニール様」


 タエは首を振って、逃げるように視線を逸らす。

 ニールといるとすべてを許してもらえるような気持ちになり、彼女は息が苦しかった。

 なので、早く立ち去ってほしいと、無礼だと思いながらも、本に目を落とす。


 いつのものこと。

 この三年繰り返されたこと。

 ニールは小さく息を吐くと、すぐにカリダの後を追った。


 ☆


 タエがこの世界に静子の代わりに来て、三年が経った。

 王妃であった静子は、やむ得ない事情で元の世界に戻り、その代わりにタエが召喚された、公的にそのように彼女の存在は知られていた。

 異世界の娘は特別な存在。

 国を纏める為、静子を王妃とするために撒いた話は国中に広まっており、タエの処遇についても論議が交わされていた。

 

 カリダの健やかな成長の影に異世界の娘タエの力あり。

 誰にも隔てなく接する優しさ、教師たちを唸らせる賢さには定評があり、王宮に勤めるもの達は、カリダのことを語るとき、世話役として尽くしているタエの功績も同時に称えた。

 それは彼女自身が、常に謙虚で、努力家であるため、印象がよかったこともある。

 明るく奔放な静子とは異なり、タエは人々に愛されるというよりも敬われるという感じであった。




「何度も言ったが、俺は同意しない」


 人払いをし、ライベルとクリスナはまたしても同じ案件で遣り合っていた。


「ただ位に就けると思っていただければいいのです」

「王妃はただ一人、シズコのみだ。俺は他の誰も娶ることはない。カリダの評判は上々だ。俺の跡継ぎはカリダだ。子供をもうける必要など必要がない」

「それは存じ上げております。私はただ、王妃の座にタエを座らせ国の安定を図ってほしいのです。形だけの王妃として」

「形だけでも、俺は同意せぬぞ」

「陛下!」


 それ以上は話すなと背中を向けたライベルに、クリスナは追いすがるように呼びかける。


「必死だな。おかしな連中が沸いてきてるからか。俺が王に相応しくない。新たな異世界の娘をニールに嫁がせ、新王とする動きか」

「陛下……。ご存知でしたか」

「ああ。俺も馬鹿ではない」


 静子が異世界に戻り、代わりにタエを召喚したことを公式発表としてから、一年ほどたち、ライベルに反感を持つものたちの中で、そのような動きが出始めたことをライベルも知っていた。

 クリスナのように「カラス」を使っているわけではないので、そこまで細かな動きは把握していない。けれども最近のクリスナの焦りを思うと、かなり勢力が強くなっているようだった。


「クリスナ。ニールはどうなのだ。あやつはタエを妻にしたいのではないか?」


 この三年、ライベルがクリスナに約束させた通り、タエは彼に近づいてはいない。だが、同じ王宮で、カリダの傍に仕えているため、その姿を目にすることがある。

 ライベルは、ニールが静子に想いを寄せていたことに気がついていた。そして妻を娶らないのもそのことが原因だと思っていた。静子によく似たタエに、ニールが惹かれるのは当然だった。

 ライベルすら、タエの姿を視界に捉えると、静子と重ねてしまうときがあった。彼はタエに近づかないし、言葉を交わしたのも最初の日だけだった。

 けれども、二―ルはほぼ毎日のようにカリダと接している。それは当然タエも同様だ。言葉を交わせば情も移るだろう。


 クリスナは珍しくライベルの問いに答えなかった。

 沈黙が答えかもしれないが。


「私の後にはカリダがいる。ニールの好きにしてもかまわぬぞ」


 三年がたち、ライベルの心も落ち着いてきていた。

 静子を失った痛みはずっと続いているが、慢性化した痛みのように激しくなることはない。タエに怒りを覚えることもなくなっていた。


「陛下」

「私の地位はそんなに危ういか」


 ライベルは王である。すでに王太子もおり、安泰であるはずだ。

 国民の生活も安定し、財政も明るい。

 けれどもクリスナは不安そうで、少しの可能性をつぶそうとしているようだった。


「まだ俺の信用は地に落ちたままか。俺は売国奴であるエセルを重用していた。エセルは俺の伯父だからか?」


 彼は幼児期から孤独だった。伯父であるエセルに愛情を見出し、静子が現れるまでエセルを信じきっていた。

 アヤーテ王国の滅亡を願うエセルを――。


「ならば、いいではないか。俺は王位を失ってもいい。カリダを支え、アヤーテを守ってくれれば」

「陛下!」


 厳しく叱咤され、ライベルは口を噤む。

 エセルを失い、そして静子を失い、彼は虚無の中にいるようだった。

 王という責務をこなすことで、生きている。

 クリスナはそれを知っていた。むしろ知っていたからこそ、ライベルに王であってほしかった。

 王でなくなったら、彼が消えてしまう気がしたからだ。


「俺は少し疲れた。休む。少し時間をくれ」

「畏まりました」


 言葉のとおりライベルの顔色は悪く、クリスナは頭を下げると退出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ