ジュンの誘い
初登場の機械や設備について、説明が多くなるかも知れません。
その日の作業後、ドックに隣接する居住区画にある、ジュンの部屋へと向かう為に桟橋へやって来た。
「私、無重力には慣れましたけど、桟橋は苦手なんですよね。怖いから一人の時は低速しか使ってないですよ。」
「俺たち作業員の部屋はドックと併設だからな。慣れれば簡単だよユージ」
宇宙空間はもちろん無重力である。だか、ジュピトレスの様な大型施設や10キロメートル級運搬船内での移動では、ワイヤーシステムを使うのが一般的だ。このシステムの構造は非常にシンプルで、通路の真ん中や壁に、4本以上のワイヤーが通っており、それぞれが極低速、低速、中速、高速といった、違った速度でループしている。
まず低速のロープに捕まり続いて中速、高速へと渡り移動する。目的の場所の手前では、これとは逆に、高速から中速、低速、極低速へと減速するといった感じだ。
例えるなら、速度の違う『動く歩道』を渡り歩くような感じで、ロープ自体はスキー場のリフトのような物だ。待ち時間無く希望の場所までスムーズに移動出来る。
「ほれっ」と、壁を蹴り出し飛び立ち、高速ワイヤーを掴む。
「ちょっとユタカさん、私を置いて行かないで下さいよ〜」ユージは慌てて追いかけた。
目指すは居住区画の最奥にあるジュンの部屋。
「月生まれの私は、このブロック構造は迷子になっちゃうから苦手ですよ。」
「ユージは苦手なのもしょうがないな。まあ、宇宙じゃ当たり前の構造だからねぇ。同じ部屋ばかりで味気ないけど、一部屋の規格が決まってるから、引っ越しは便利なんだよ。丸ごと取り外してドッキングするだけだし、何より同じ部屋で過ごせる。独り者には最適さ。」
減速し、ジュンの部屋へとやって来た。
「よっ、来たぜ!」六畳ほどの部屋へ通される。
「お疲れ様、ユタカ、ユージ、まずはコーヒーでも飲むかい?」
「私、コーヒーは苦手なんですよね。」と言うユージを無視し、渡されたインスタントバッグのストローを口にする。
「で、長期の仕事ってどれくらい長いの?どこの船?」
「そうだな…、船内時間では一年を予定してるんだけど。相対時間だと不明だな。」
光速の10%ほどの速度で航行する船では、相対性理論によりウラシマ効果が発生する。
「曖昧だなぁ、それにしても高速船か、新船だろ?何%出るの?」
「そこら辺は機密だな、出航するまでのお楽しみさ。」と、曖昧な言葉で濁すジュン。
「おいおい、機密って軍艦かよ。それとも連合の極秘プロジェクトか?」
「後者だな。名目上は調査船だ」
連合とはつまり、地球火星国家群連合政府の事であり、現代で言う所の国連のような組織である。
「親方連合なら金払いも良いし、その話ノッたぜ!」二つ返事で引き受けた。
「私、連合の仕事苦手なんですよね。突貫工事ばかりで予定組めませんから。」勿論、ユージは強制連行である。
「OK、ユタカもユージも決まりだな。それじゃ出発は2ヶ月後、場所は追って連絡するよ。」
それから2ヶ月、エウロパ3の修理は順調に終わり、新たな職場へと旅立つ事になった。
ジュピトレス第3ポンツーン。エウロパ3にドッキングされる自室を眺めながら、ユージと共にジュンを待つ。
「ユタカ、ユージ、いよいよ出航だな。」ニコニコしながらジュンがやって来た。
「そうだな、それにしても、まさかエウロパ3で行くとは思わなかったぜ。コレ、運搬船だろ?行き先は木星か?」
「私、木星は苦手なんですよね。あの台風の目が人の目に見えて、怖いんですよ。」と言うユージを華麗にスルーする。
「行き先はガニメデだよ。そこで新船の処女航海の専属電気屋になってもらうぜ。」
エウロパ3は熱核スラスターを噴射させ、スイングバイの為に最接近軌道にある地球へと向かう。
地球スイングバイを行ったエウロパ3は、木星・ガニメデへと加速し続けるのであった。
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