ある電気屋の仕事。
「おいおい、こんな所、手を入れたら見えねぇよ…鏡置いて見ながらやるか。」
バチバチと閃光を放ち、合成チタニウムの竜骨を溶接して行く。
地球から遥か遠く離れた、太陽系第4惑星、火星。
火星木星間資源運搬船用修理ドック『ジュピトレス』の第3ポンツーンに係留された、運搬船『エウロパ3』の船底でボヤく。
俺の名は『ユタカ』、火星生まれの30歳独身。
腕一本で成り上がる為、17で家を飛び出て溶接工になった。
初めの一年は月面の新船製造工場で鍛冶屋をやっていた。
鍛冶屋と言っても刃物を作っていた訳じゃないぜ。組立工だ。
前工程で切り出され、穿孔された合成チタニウム板に付属部品を取り付け、仮組み立てを行うのが仕事だ。
組み立てた製品は次工程の溶接工『電気屋』に回され、本溶接された後は再び鍛冶屋の手によって中組をされ、大きな箱状のブロックへと姿を変える。
幾多もの中組ブロックを並べて組み立てると、いよいよ宇宙船の完成だ。
まだまだ形だけの箱、更に艤装工程があり、タンデムミラー型核融合炉や熱核推進ブースター、各操作機器や通信機器を取り付けて、最後に居住ブロックをドッキングさせて、いよいよ進宙だ。
一年間鍛冶屋を覚えた俺は、念願の溶接工になり、腕を磨き続けて12年。 成り上がろうと独立し、今は『ジュピトレス』で一目置かれる電気屋だ。
とは言っても、機械科の流れに逆らえず、自動化が進んで職を追われて行った末の修理屋とも言えるな。
新船の自動化は可能でも、修理に関しては人の手が必要だ。
なにせ、同じ不具合は二つと無く、長年の感と技術が必要だからだ。
今、バチバチと溶接している運搬船『エウロパ3』は、俺が電気屋になって初めて作った船だ。
12年ぶりに見る船体には凹みや傷が目立つ。
惑星間航行時の小天体との衝突によるもので、大きく凹んだ外版は取り替えの為に外され、痛んだ竜骨が剥き出しになっている。
今日の作業は、大きく変形した竜骨の取り替えだ。
破損箇所を切断し、同じ形に切り出して取り付け、フルペネ溶接を行う。フルペネ溶接とはつまり、完全溶け込み溶接の事で、レ型に開先を取った上で片側を溶接し、反対側を削り取った上で溶接を行う事で、完全な一つの部材へと繋がる事だ。
溶接後はレントゲン撮影による非破壊検査が行われ、溶接箇所内部に傷や融合不良箇所がある場合は、再度やり直しとなる為、技術が必要なのだ。
それなのに、今溶接している箇所は、更に難易度が高い。
複雑に交差した状態の為に、溶接トーチを入れると自分の手が影となり、溶接箇所が見えないのだ。
仲間の『ユージ』は、見えないからとお手上げ状態。私には無理ですと俺に回って来た。
物理的に見えないからと、あの手この手と考えた結果、奥に鏡を置き、鏡越しに見ながら溶接している。
ちなみに、他所の会社ではCCDカメラとVRモニターを使っているらしいが、なにせ我が社は俺が社長。
そんな物を買うよりも、経験と勘でカバーしている。
その日の昼休み、食堂で昼を済ませた俺は、喫煙所で一服をしていた。
胸ポケットに入れたスマホが鳴り響く。
「まだスマホ使ってるんですか?私はホロウォッチに変えましたよ」と、腕に付けたリストバンドのようなホロウォッチを見せるユージ。ホロウォッチとは、数年前に発売されたウェアラブル端末で、空中にホログラムを投影し、操作が出来る端末である。
ガジェット好きな俺も勿論持ってはいるが、仕事用には物理操作型のスマホを愛用している。
スマホの画面には、『ジュン』の文字。物心付いた時からの親友であり、俺を電気屋の世界に引き込んだくせに早々に仕事を辞め、職を転々としている変わった奴だ。
「お疲れちゃ〜ん!どうしたの?」
ジュンからの通話は、そのほとんどが俺へのお願いだ。遊びの誘いは文字メールで行われる。
「ユタカお疲れ様。仕事は忙しいか?良い仕事があるんだけど、今夜会えるか?」
「次の仕事は決まって無いから、今の仕事が終われば暇にはなるけど、どんな仕事だよ?」
「まあ、輸送船の修理工探してるんだけど、長期航行の専属を探してるんだよ。詳しい事は今夜話すよ。」
「長期かぁ…まあ、俺もユージも独り身だから、話だけは聞くよ。」
「了解、じゃあ今夜俺の家に8時に来てくれ。」
「私、行くって言ってませんよ〜」と、困惑するユージ。毎度の事だが、ユージを連れて独立してからは、どんな出張でも強制連行している。
ジュンは長期航行と言っていたが、火星木星間航路なら長期とは言えないし、他の惑星への航路開拓は聞いた事も無い。
まずは会って聞いてみる事にし、午後からの仕事へと戻って行った。
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