サンタクロースはだぁれ?
「サンタクロースは、誰なんでしょう?」
冬の昼下がりだった。
まだ暖房をつけたばかりで、指がかじかむくらいに冷たい空気に包まれた相変わらずの部室に来るや否や、彼女はそんな頓狂なことを言い出した。
「……何言ってんだ? お前、高校生にもなってまさかそんな――……」
「そんなこと分かっています。そうではなくて、ですね」
そう言って、彼女はマフラーも外さずにぽんと机の上、俺の目の前に赤い包みの箱を置いた。
「……これは?」
「サンタさんからの贈り物です」
俺の疑問は増えるばかりの返答に、はぁとため息をつくしかない。いつだって彼女は言葉足らずで、けれど俺に有無を言わせない。
「一年間いい子にしていた証か。よかったじゃないか」
「馬鹿にしてませんか?」
「まさか」
そう言って、俺は会話を終わったことにして、席について文庫本を鞄から取り出そうとする――が、その手前、俺が開けた鞄を上から押さえるようにして彼女がそれを阻止してくる。
「これは、誰からの贈り物なんでしょう?」
「サンタさんだろ」
「これ、わたしが登校してくると、教室のロッカーの中に入っていました。こんなカードと一緒に」
そう言って、彼女はポケットから一枚の紙片を取り出す。そこには彼女の学年やクラスと共にその名前と『From Santa Claus』なんてものが、わざわざ筆記体のフォントで印刷されていた。
「……やっぱりサンタさんの贈り物じゃないか」
「馬鹿にしてませんか?」
再度、彼女がそんな風に言う。見れば、珍しくちょっとむっとした様子だ。俺が彼女の会話の相手を面倒がっているのはいつものことでそれでどうこうなったことはないから、察するに子供扱いがお気に召さないらしい。
「つまり、アレか。登校してきたら知らないプレゼントが置いてあって、差出人はサンタの名をかたる不届き者だ、と」
「不届き者だとは思いませんが、プレゼントですから、貰った以上はお返しが必要だと思うんです。せめてお礼くらいはしたいじゃないですか」
「手紙を書いてロッカーに入れとけば回収してくれるんじゃないか?」
「それじゃあ、誰がくれたか分からずじまいです」
――あぁ、と。
なんとなく、いつものことなので俺は続く言葉に察しがついてしまった。全く無粋な真似だから気なんて進まないので、できる限り会話の流れを変えてしまいたい。
「手紙に発信器でもつけて――……」
「このプレゼントが誰から贈られたものなのか、一緒に考えてくれませんか?」
俺の画策虚しく、彼女はハッキリとそんな提案を俺にぶつけてくる。こうなってはもうどうにもならないことなんて、俺はとっくの昔に知っている。
「……日が暮れる前までだからな。終業式はさっき終わって、いまはもう冬休みなんだから。休みは休んでこそ、だ」
「やっぱり、優しいですね」
にっこり笑顔でそんなことを言うものだから、ばつが悪くなった俺は目の前の赤い箱を小突く。
「それで、中身は何だったんだ?」
「開けてもいいんですか?」
「俺に聞くのは間違ってるぞ」
それもそうですね、なんて言いながら、彼女はその赤い包みを丁寧に剥がしていく。
箱の中から出てきたのは何かのチューブだった。
「歯磨き粉か?」
「ハンドクリームですよ」
まぁ歯磨き粉のプレゼントだなんて、そんな歯医者さんみたいなこともないか。
「高いのか?」
「中高生に人気のもので、平均的なものかと。高校生同士が贈り合うには妥当なお値段だと思います」
あんまりそういう類いのものに興味はないから、そんなものかと呑み込んでおく。
「で、犯人捜しか?」
「犯人という言い方が適切ではないと思いますが……。とにかく、お相手を探して欲しいんです」
「無理だな」
きっぱり俺はそう言った。
「何故でしょう?」
「俺たちの学校に生徒がどれだけいると思ってるんだ。そもそも先生かも知れないし。合わせたら千人近くいるんじゃないか? その中から一人を探すなんて非現実的だ」
「そうですけど、それを絞っていこうっていう話だったと思います」
「……まぁ、そうだな。誰彼構わず大量にプレゼントを送りつけるような奇特なやつはいないだろう。いたらもっと騒ぎになってる。だから、これはお前に限定して贈られたものだ」
「……もしかしたら、誰でもいいからプレゼントを贈りたくて、なんとなく誰か一人を選んでその一人にプレゼントを贈った、なんてことかも知れません」
「どんな限定的で特殊な人物像だよ……。いいか、そんな人間がいる可能性なんてまぁ低い。まして、千人近い人間の中からお前を選ぶんだ。しかも、突発的にじゃない」
「どうして突発的じゃないんですか?」
「このカードは印刷されてる。学校に来て無作為にロッカーに入れるなら、宛先なんて書いてないか、もしくは手書きになるはずなんだ。事前にこれだけ準備をしておきながら、誰でもいいから適当に一人だけにプレゼントを贈る、なんて心理状態は俺には理解できない」
「……それもそうですね」
「だから、犯人はお前の知り合いに限られる。あとはお前の交友関係次第だ。それは俺には分からない」
「どんな人間でしょう?」
俺がもうこの話は終わりにしよう、と意思を持って突き放すみたいな言い方をしているのに、彼女はそれを意に介さずどんどん詰め寄ってくる。仕方ないので、もう少しだけ付き合うことにした。
「……このプレゼントは欲しかったやつなのか?」
「そうですね。いつも使っているものの、一つ上のグレードのものなので。貰って嬉しかったですよ」
「じゃあ、お前がそのハンドクリームをいつも使っていることを知っている人間だ。加えて言えば、お前に匿名でプレゼントを贈るような人間だ。内向的かサプライズ好きの二択でどうだろう?」
「……思い当たるのは、委員長と、吹奏楽部の子でしょうか。
委員長は大人しい子ですから、仲良くはしていますけど直接的なプレゼントは気後れしてしまうタイプかも知れません。わたしと一緒で読書好きで、こういう粋な計らいもやってみたかったのかも。
吹奏楽部の子は、そうですね。対照的でとても活発です。よく勉強を教えてあげているので、お礼かも知れません。卒業式はフラッシュモブをやろう、と本気か冗談かは分かりませんがクラスメイトと話していましたし、サプライズでプレゼントをしてもおかしくはないです」
「……その二人、お前より早く登校してきたのか?」
「いえ。わたしの後です」
「昨日、お前が最後にロッカーの中を見たのは?」
「部活が終わってからですね」
「委員長の部活は? 吹奏楽部の昨日の活動は?」
「帰宅部で、吹奏楽部は珍しくお休みだったと思います」
「じゃあその二人は駄目だな。部活が終わってからお前が朝に登校するまでの間にプレゼントを仕込めなきゃいけないのに、その時間にいなかったことになる」
「……では、誰なんでしょう?」
そう問われて、俺は考え込む。
与えられた条件、現状を整理しよう。
一つ、彼女には『サンタクロース』を名乗る人物からプレゼントが贈られた。
一つ、そこには『From Santa Claus』と印刷されたカードがあった。
一つ、その中身は彼女のことをある程度知っていると思わしきものだった。
一つ、可能性が高いのは『委員長』と『吹奏楽部の部員』
一つ、しかし彼女たちはいわゆるアリバイの観点から排除される。
以上が現在の状況だ。
ここから導き出される結論は――………………
「あぁ、まぁ、そうか」
小さく俺は呟く。
「……もう一つ選択肢があるにはあるが」
これを言うのは、なんというか、はばかられるというのだろう。人の気持ちを弄んでいるみたいな気がして、あまり気が進まない。
けれど、これは元々ただのお遊びだ。そんなに気にする必要もないだろう。
「何でしょう?」
「お前に好意を寄せている人間だよ」
端的に俺が言うと、彼女はきょとんとする。
「告白はしたいけど勇気がない、とか、そんなやつだな。それならお前にプレゼントを贈りたいと思うのは自然じゃないか? それに、そういうやつならお前の普段の持ち物を知っていてもおかしくはない。アリバイなんて、その『誰か』次第でクリアできる。……まぁ一歩間違うとストーカーみたいだけどな」
「……それこそ、奇特な人だと思いますけど」
「お前がどう思うかは知らないけど、俺が出せる結論なんてそんなもんだ」
そう言って、俺は文庫本を取り出して目を落とす。これで、この話は終了だ。
俺がいつもいつも、彼女の問いに完璧な答えを返してあげられるわけではない。好奇心旺盛な彼女のこと、いろんな質問にいろいろな詭弁で返してはいるものの、常に最優の返答が出来るとは限らない。
だから、今日はそういう形の幕引き。
そういう筋書きだ。
けれど彼女はどこか納得していないらしく、そっと俺の文庫本に手をかざし、視線を遮って読書を妨害する。
「――……もう一つ、いいですか?」
「お好きにどうぞ」
読書を諦めた俺は、本を閉じる。
「実は、ずっと質問してばかりだったので、わたし、自分でも考えるようにしたんです」
「――……へぇ」
「このプレゼントを貰ったとき、あなたに教えて貰ったことの半分くらいは、理屈のない直感がほとんどですが考えてました。委員長か、吹奏楽部の子かっていう程度です。好意を寄せている男の子、というのは想定外でしたけど」
「じゃあ自分で続けて探せばいいじゃないか」
「えぇ、そうしています。――ところで、選択肢はもう一つだけ残っていると思うんですが、どうでしょう?」
「…………、」
「わたしにプレゼントをくれるくらい親しく、わたしの普段の使用品を知ることが出来て、わたしの部活終わりから翌日までの間にプレゼントを贈ることの出来る人物。加えて、名を明かすのを恥ずかしがるような人」
「…………、」
「わたし、実は初めからそうなんじゃないかなって思っていたんです。だからこれは、鎌をかけただけです」
「……嫌な性格してるな」
「いえいえ。――もし、あなたが誰か一人の名を明かせたなら、それが真実だと思ったんです。あなたはいつだってわたしの欲しい真実を教えてくれますから。けれど、今回に限って、あなたは露骨に答えをぼかしました」
……侮っていた。
彼女がこれほどの洞察力に満ちていることを、俺はもっと警戒するべきだった。
いつまでも、俺の答えを待っているだけの人間ではないのだ。
「だって、放課後に部活がなくたって待ち伏せていればいいんです。わたしが帰るまで待っていたって誰も咎めません。ですがその可能性を排して、あなたは特定できない『誰か』に答えが収束するように仕向けました。だから、確信しました」
そして、彼女はにっこりと笑う。
「サンタクロースは、あなたですね?」
沈黙があった。
勝ち誇ったみたいな彼女の顔が、昼下がりの陽光に照らされている。
「あなたは自分がプレゼントを贈ったことがバレたくなかったから、あえて答えが出ないように推理をねじ曲げた。――というのがわたしの推理なんですが、どうでしょう?」
「――……なるほど、よく出来た推理だ。珍しいな」
そう言って俺は手を叩く。
「それほどでも」
「ただ、それは前提が間違ってるよ」
そう言って、俺は鞄の中から一つの袋を取り出す。
赤い包みの、小さな薄い袋だ。お年玉だってもう少し分厚いだろう。
「……これは?」
「クリスマスプレゼントだよ。大したものじゃない」
「あ、開けてもいいんですか?」
「どうぞどうぞ」
俺の返事を待って、彼女は丁寧にその袋を開ける。中に入っていたのは金色の、猫をかたどったブックマークだ。
一枚当たりの値段はまぁそこらのコンビニスイーツの方が倍以上高いわけで、高校生が贈るものにしては過ぎるほどに安いが、まぁそんなことに文句を言うタイプでもない。
「俺は別に用意していたし、名前を出すのに照れたりもしないよ。――お前の推理は、残念ながらミステイクだ」
「え、え? あの、ありがとうございます……?」
「どういたしまして」
そう言って、俺は文庫本をカバンに片付けて立ち上がる。
「あ、あの、では、このハンドクリームはいったい誰から……?」
「さぁな。案外、本当にサンタクロースかもよ」
まだ状況が上手く飲み込めていないらしい彼女を置き去りにして、俺はにっこりと笑う。
「その答えは、お年玉ってことで」