夕暮れの階段、秘密に至る下着
私、3年B組の天城だけどさ、
みんなも思ってるんでしょ? 学校なんて退屈だって。
ごめん嘘。面白いこともある。文化祭とか宿泊研修とか、そういうイベントは好き。部活も楽しかった。
あ、でも最近ちょっと部活もつまらないかなー、とか思ってしまう。私は美術部なんだけど、ここのところ楽しい事ないしね。
友達とのお喋りは論外、っていうと極端かもしれないけど、大して中身のある話をしているわけでもないし、女子の会話なんて楽しそうに見えて、どうせみんな空気を読んで笑っているだけだしね。
というわけで、私は何か新しいモノを求めて、夕暮れの校舎をふらついていた。部活はサボる。今決めた。
この時間の学校は良い。特に教室の周辺。生徒はみんな部活へ行っているか、帰宅部なら文字通りすでに下校していて、とにかく目障りなクラスメイトがいない。鬱陶しい先生もいない。
グラウンドからは、野球部の掛け声が、その反対側からは吹奏楽部の練習する音が聞こえてくる。
橙色に照らされた廊下を歩きながら、ふと思った。ちょうど階段の脇を通ったときのことだ。
うちの中学の校舎は、北側の特別教室棟を除けばすべて二階建て。それに加えて屋上が一応あるんだけど、基本的に上がることはできない。
もちろん階段は屋上まで続いている。そこに踊り場もあるはず。でも、まだ見たことがない。一年のときに先生から上らないよう言われてるっていうのもあって、だれも見に行こうとしない。そして、どうでもいい噂話が増えていく。踊り場一面に血の色の染みがあるとか、壁に手形がべったりとついていたとか。
ならば、このチャンスに見てやろう。今なら、誰にも見られることなく、階段を上ることができる。
8割の好奇心と、残り2割の恐怖心で階段を上っていくと、そこには――
なんのことはない。踊り場にはいくつかの机と椅子が積まれているだけだった。
必要ないけど置き場所もない、そんな机や椅子たちが運び込まれたんだろう。デッドスペースの有効活用だ。
そのとき私は、ひとつの机の上に、何かグレーの布がたたんで置いてあるのを見つけた。
誰だろう、こんなところにハンカチを忘れて行ったのは。ていうか、ハンカチが置いてあるってことは、誰かがここに来たってことだよね。私以外にもそんなことする人いるんだ。
まあ、せっかくだから持ち主に返してあげないとね。名前とか書いてないかな。
そう思ってその布を手に取り、広げてみたところで私は気付いてしまった。
これハンカチじゃない、
――パンツだ。
パンツって、パンツじゃなくってパンツの方のパンツね。分ると思うけど。あ、ショーツって言えばいいのか。
正直動揺してる。だって、どうすればいのコレ。どう理解すればいいのコレ。
ここがプールの更衣室なら、なんとか説明が……つかないか。思いがけず汚してしまって、ここに放置したとか? でも、そんな汚れ見当たらないよ。ほとんど履いてないんじゃないかってくらいきれいだよ。
「天城さん?」
「ヒィッ」
突然背後から名前を呼ばれて、変な声が出てしまった。
こわばった体をむりやり動かして、ぎこちなく振り向く。
「ま、まままま眞賀さん――」
同じクラスの眞賀さんだった。
ずっと同じクラスなのに、ほとんど喋ったことがない。女子の中でもかなりおとなしい方で、悪く言えば影が薄い。そういえば部活も知らないし、休み時間何をしてるのかとか、何ひとつ私は知らない。特徴といえば、長いふわふわの髪だろうか。声は少し低めで若干ハスキー。
一段ずつ上ってくる。そこで私は気付く。今、自分が手に持っているものに。なんて説明すればいい? 笑ってごまかそうか。
「あ、あのね眞賀さんコレは――」
「こんなところで会うとは私も思わなかった。そうでしょう? 天城さん」
「え、いやその」
眞賀さんって、こんな喋り方するのか。いかんせんまともに言葉を交わしたことがないもんだから、ちょっと意外だったな。
なんて思っているうちに、眞賀さんがすぐ目の前まで迫っていた。それはもう数十センチという至近距離。
彼女は私よりも身長が低い。斜め下から上目遣いに見上げてくる。少し怖い。
「ごめんなさい、天城さん」
眞賀さんの手が私の手に触れた。
「それ、私の。返してもらえる?」
私は耳を疑った。そして直後、目も疑うことになる。
私の手から半ば奪い取るようにに例のモノを回収すると、その場でソレを履いた。
私の目の前で、
何のためらいもなく、
パンツを履いた。
「あー、オーバーパンツ?」
「違うよ、天城さん」
――ごめんなさい、眞賀さん。私、クラスメイトの露出癖が発覚してしまったときに、どんな言葉をかけるべきか全く予習してこなかったんです。かといって、「校内でノーパンなんて、眞賀さんえっちだよぅ///」なんて言いながら立ち去ることもできない。
「天城さんの考えてることは大体わかるから一応言っておくけど、別に私校内で露出するのが趣味ってわけじゃないから。安心して」
「そ、そうなんだ……」
じゃあ、なんで例のモノをこんなところに放置してたんだろう? なんてきけるわけない。
「どちらかというと本命は履いてない私じゃなくて、そこに置いておいたショーツの方ね」
「は?」
「朝一番に学校に来て、脱いでそこに置いておく。そうすれば一日中、そのことを私だけが知っているという優越感、そして誰かがソレに気付いてしまうかもしれないという緊張感を味わうことができる」
「ちょっと待って待って」
きいてもないことを語り出したので、少しだけ引いてしまう。
「別にそこまで詳しく説明してくれなくてもいいんだけど」
「あなたを巻き込むために、こうして説明しているの。わかる? 天城さん」
「巻き込むって」
眞賀さんが私の両肩を掴んだ。さっきよりも顔が近い。背伸びしている。
「だって天城さん、最近とっても退屈そうだから」
少しだけ、ほんの少しだけドキッとした。
「知ってる? 『秘密』はバレる瞬間がいちばん楽しいってことを」
眞賀さんの暗い茶色の虹彩が、吸い込まれそうな瞳孔が私を捉えて離さない。
「今日、天城さんは私の『秘密』を暴いてくれた。すっごくドキドキした」
「眞賀さん、ちょっと」
なんとか引き離そうと思ったけど、それ以上言葉が出てこない。
「それともうひとつ。『秘密』は誰かと共有したほうが楽しいってこと」
そこまで言って、やっと眞賀さんは手を放してくれた。
来た時と同じように眞賀さんは、ゆっくりと階段を下り、下の踊り場で振り返って言った。
「明日の朝、ここで会いましょう。――他の人には内緒でね」