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Monochrome color─ここじゃないどこか─

作者: しげ

──あなたの居ない世界から、私の居ない世界へ──



今日の空はどうですか?



あの時のままに蒼いですか?



陽の光はどうですか?



熱く皆を焼いていますか?



海の水はどうですか?



光に揺蕩う乳白ですか?




──私の居ない世界は、どんな風に回っていますか──?






Monochrome color『モノクロカラー』







「──はい、時間です。答案用紙を後ろから回して下さい。明日の二時限目に返却します。」




教室に差し込む陽は塵を光らせる。教師は集めた答案用紙を揃え、そのまま教室を後にする。生徒も各々帰路に付く者、居残る者、友人と談笑する者と、『自由な』ひとときを迎えていた。その中で、陽の光を紅く反射させる黒髪の少女。学校の制服をほんの少し背伸びした風に気崩し、スクールバッグには友人と共に行ったゲームセンターでの景品のマスコットが着いていた。



「あ、菜花。もう帰る?」



少女にそう声を掛ける友人は、校則には則っていないが、彼女によく似合う栗色の髪をひとつにまとめており、快活そうな少女だった。


黒髪の菜花と呼ばれた少女は栗色の髪の少女に負けず劣らずの明るい笑顔でにこりと笑う。



「──うん!帰ろ、メイちゃん!」



二人は所謂『幼馴染み』。幼稚園から高校二年の現在に至るまでこうして何処に行くにも、何をするにも二人だった。



「あ〜英語超やばいよ〜メイちゃんは〜?」



「私ぃ?……私は現国。マジやばい。」



そう言ってお互いの顔を見て笑い合う。もうずっと二人はまるで一卵性友人とでも言うような、二人で一塊になるようなものだった。



「でもさ〜ファンタジーな世界とか行ったら良くない?勉強出来なくてもやって行けそう!」



──この他愛もない現実逃避の会話も、もう何度目かも分からない程に繰り返されていた。



「いや〜でも言葉とか、そもそも通じないでしょ?菜花英語全然ダメじゃん。」



「いやいや、それはホラ、便利な道具とかあって大丈夫な問題なんです〜!」



そう言って二人で歩く街並みは、何時も通り、ゆっくりと無為に進む。



「でもさ〜メイちゃんだって───……あれ?」



友人の言葉に振り向いたと思った菜花だったが、振り向いた先に、友人は疎か通行人の一人も居なかった。──ただ、無機質な漆喰の壁や鉄のシャッター。まるで、世界が自分だけを置き去りにした──なんて、何処かの唄のような言葉がしっくり来るような光景だった。



「メイちゃん?……メイちゃん!どこ〜?」



そう言って菜花は友人の姿を探して路地へ入る。人の気配がする方へ──ひとりでいる事に、唐突な不安が過る。


しかし菜花の褐色の瞳に映り込んだものは、友人の姿どころか、先程までの街の風景から分断されたような鬱蒼とした森だった。




「……あれぇ……?」




揺れる草や木の枝が、まるで菜花にこう言う様だった。



『お前だけには なんの価値もない』



そう言われるような枝鳴に菜花はぞくりとする。


──私は、誰かの為でないと、──誰かの為に笑っていないと、ここに居る意味が無い──


その声を振り払おうとしたかった。次の瞬間、頭に受ける衝撃と共に菜花の意識は暗転した。





意識の暗転が晴れた時、菜花は自分の身体がいやに重い、動きづらさを感じた。

──頭が痛い。そう思い首を擡げると、草の上に血垂れが落ちる。

痛い。痛い──どうして、怪我をしているの──?

事態がまるで掴めずに、ただ血が流れ出る頭の痛みだけに意識が苛まれる。すると視界に二人の男が現れる。──二人共日本人ではないようだ。服装もなんだかおかしい。明らかに時代錯誤だ。

男の一人が菜花の顔を殴る。菜花は力無くそこに倒れる。男達は気持ちの悪いにやにや笑いを浮かべていた。



「──事態が飲み込めねぇってか?『渡り鳥』のお嬢ちゃん」



菜花は男の言っている事の意味が分からない。ただ、自分に向けられる悪意だけが明白で、菜花はただただ震えるばかりだ。


男は仰々しく手を広げ語り出す。



「──ここは『ラクシュール』。お嬢ちゃんがいた世界じゃねぇ。お前さんは『渡り鳥』っていう『金のなる木』だ。……だから安心しな。ここは最高の天国になるんだからよぉ!」



そう言うと男達は下卑た笑いをして菜花に近づく。菜花は思わず逃げ出そうと身体を起こす。足に力を入れようとする──が、男の一人に足蹴にされて倒れ込む。その勢いで男は菜花の首に手を掛ける。



「往生際が悪ぃな……ここの連中はな、お前みたいな子供『カネ』が大好きなんだよ。すご〜く、『死ぬほど』な。」



菜花は瞳から涙を零す。その瞬間、褐色だった虹彩が一片の宝石のような、エメラルドの瞳になる。

『それ』のせいかは分からなかった。だが、菜花が涙を流した瞬間、男がまるで弾かれるように菜花から離れる。

菜花は逃げなければ──『ここ』では、最悪死ぬかもしれない──

突如降りかかる『死』という『現実』。


怖い。怖い怖い怖い。



「──……嫌だ……──!!」



その瞬間、降りかかる男の一人に突如として何かが突き刺さる。男は血を流してその場に倒れ込む。もう一人も、太股に銃弾を受け呻きを上げて蹲る。



菜花は銃弾の飛んできた方へ視線を向ける。そこには男が数名。何れも、まるでゲームの世界の軍隊のような揃いの制服を着ていた。


先頭の男が左手を上げて味方の動きを制止する。


「ラクシュール国民は『界渡り』の人間に危害を加える事を禁ず──また、『渡り鳥』は自衛の手段を持つ場合自己を護らねばならない──」



男は独白のように、静かに言葉を紡ぐ。前髪の一塊が色素の無いような白なのに他が全てを飲み込むような黒髪だった。



「『渡り鳥』は発見次第帝国政府への提出が義務、また、公的以外の売買は禁ずる。お前達のした事は何れの条約にも違反している。──最早、生かしておく由もない。──ここで死刑だ。」



そう言うと男は右手に持った黒い拳銃で三発、先程の男に銃弾を浴びせた。男は声を上げる間もなく息絶えた。



菜花はとりあえずの脅威が去った──そう思った。


──助かった──



「あ……ありが……」



そう言おうと思ったが、黒髪の男が硝煙の上がる拳銃をこちらに向け、何も言わず、菜花の目も見ずに引鉄を引いた。菜花の意識は再び転げ落ちる事となる。



「うわっちゃ〜……艦長、何時もながら容赦ないッス……」



黒髪の男を艦長と呼んだ金髪の男が右の口の端を上げ引きつった笑いを零す。艦長と呼ばれた男は眉一つ動かさずにこう続けた。



「──運べ。『ユルグル』へ。」



次の暗転の明けは白い世界。真っ白な世界に一人きり。頼れる人も、帰る場所もこれから向かう場所さえない。


菜花は足に根が生えたようにその場から動けない。ただ涙が止まらない。


嫌だ──嫌、嫌 嫌──。


視界の彼方に何も無い。それだけの事なのに何故こんなにも絶望的なの。



目が覚めて、最初に見たのは白い蛍光灯のような灯りだった。菜花は目を擦り、横を向く。

そこはまるで、学校の保健室のような場所だった。消毒液の匂い、自分はアコーディオンカーテンに区切られたベッドに横になっているという事を理解した。

カーテンの向こうに人影が見える。菜花はそれに身をぎくりと固める。


カーテンを開け、現れたのは白金の髪がくるりと巻いてある、妙齢の女性だった。菜花はその女性が醸す穏やかな雰囲気に、少しだけホッとした。しかし女性は菜花が目覚めた事を、部屋にいたと思われるもう一人に報告した。



「蒼矢──蒼矢?この子起きたわよぉ。」



「……ご苦労アシナ。…下がっていい。」



「ハイハイ。ごゆっくり。」



その言葉で女性と入れ替わりに入って来た男に、菜花は思わず声を上げる。菜花を撃った黒髪に白髪の男だった。


男は先程と代り映えのしない表情のまま菜花の傍らの椅子に腰を下ろしながらこう菜花に問うた。


「──傷の具合はどうだ?」



その存外優しげな問いに菜花は自分が撃たれたのは、きっとさっき死んだ別の男だったんだと思った。



「アッハイ!大丈夫です!なんか撃たれたと思ったんですけど、痛みも無いし気の所為でした!」



菜花はなんだか頬が紅潮するのを感じた。よく見るとこの白髪混じりの男の面立ちが整っているし、なんだか好意的な言葉を掛けてくれるし。



「いや俺が撃った。──鎮静剤だがな。」



眉一つ動かさずさらりと言うので菜花は笑顔のまま固まる。



「──……エッ、……本当に……?」



「俺は嘘は言わん。」



菜花はちょっとこの人なんか……なんか……と思い始めていた。



「──本題だ。お前は何処から『渡って』来た?ラクシュール語が通じる世界と言うのが疫中の僥倖、か──」



菜花はその言葉に意識を向けた。そうだ。ここは何処なのだろうか。



「……あ、あの、ここってどこの国なんですか?私、よく分からないまま来ちゃって…パスポートも無いんです。帰れますか……?」



蒼矢と呼ばれていた男はゆっくりと瞬きをして溜息をつく。──そして表情から何も読めないようにこう続けた。



「ここはお前のいた世界ではない。…ここにはお前の知る文明は何も無い。あるのは四大『エレス』『オーパーツ』お前の『超常現象』がここでの常。……それから、『ここ』に来れる者は今迄幾人もいた。──しかし帰れた者は一人も居ない。……お前は何処へも帰れない。──よく来たな。この『死地』へ。」



菜花は呆然とその言葉を耳にした。耳にしたからといって理解など到底及ばないものでは無いだろうか。



蒼矢は菜花が話を理解していないのを知っていたが、構わずにそのまま続けた。



「お前も今から俺の下──ユルグルだ。逃げれば殺す。害為しても──殺す。」




不思議と傷は痛まない。きっと、頭が痛みより先に理解しなくてはいけないことが全く理解出来ないからだと菜花は思った。



辿り着いてしまった。この、真っ白な世界に。




──nextend──

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