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砕勇の勇者  作者: 光露
9/16

月夜の晩に響く音

ソフトクリームを食べ終えた俺は、ゆっくりと景色を眺めながら次はどうしようかと考えていた。元の世界なら図書館や映画館、ゲームセンターにボウリング場などのアミューズメント施設が沢山あって行き場所に困らないが、生憎異世界にそんなものは存在しない。いや、さすがに図書館くらいはあるが、今そこに行くくらいなら部屋に戻る。そんなこと言ったらどうなるかなんて分かりきった事だが…三度目を食らうのはごめんだ。


ダンジョン攻略に乗り込もう!なんてことも現状出来るはずもなく、これは確かに暇だなと感じながらボーッ考えていると、先程いた子供たちの一人が思われる少年こちらに駆け寄って来た。


「なぁ、兄ちゃん達今暇?」


「ん?まぁそうだな」


すると少年はにぱっと笑って続ける。


「ならいっしょに遊ぼう!!」


まさか子供に遊びに誘われるとは思ってもなく、面食らってしまう。そうして固まっている俺に代わって、フリアが柔らかく微笑みながら少年に返す。


「ええ、良いわよ。いいでしょ?ユート」


「あ、ああ良いよ」


意図せず歯切れの悪い返事を返してしまい、フリアが不思議そうな顔をこちらを見てくるのを「行こうぜ」と促して誤魔化す。


「あ、お兄さん達呼んできたんだ!」


「うん、一緒に遊んでくれるってさ」


「良かったね~」


「…………」


返事をしながら友達の輪へと戻っていく少年、小学校高学年といった所の四人組がそこにいた。さっき話しかけてきた元気そうな少年に、おっとりした感じの少年、しっかりしてそうな娘ともう一人、その娘の裾をつかんでじっとこちらを見てくる娘。雰囲気的にも仲が良さそうな四人だ。


「え~と、君たち名前は?」


「俺はキルクって言うんだ!」


「私はユニスです」


「ラウフィだよ~」


「……ミーム…です」


え~と、栗毛の元気少年がキルク、黒髪をポニーテールにしたしっかりものそうな娘がユニス、金がかった茶髪天然パーマの眠たげな少年がラウフィで、藍髪ショートカットで大人しそうな娘がミームか…よし、覚えた。


「俺はユートで、こっちが」


「フリアよ、よろしくね」


そうして子供たちに微笑むフリアにより、場の空気が穏やかなものになる。どうも俺はこう笑って見せるのが苦手だ。


「それで、何をするんだ?」


「そ、それが…」


モジモジと言い淀むキルクに俺は「ん?」となる。呼ばれたのだから何かやりたいことがあったと思ったのだが。


「実は僕たちも何をしようか決めていなくて、それでお兄さん達に決めてもらおうと思ってたんです」


ナンデスト?


「私たち普段は森で遊んだり、ボールを使って遊んでるんですけど、今日はお母さんたちから町中に居なさいって言われてて」


「町中じゃボールは危ないから使えなくて暇だったんだよね~」


「それで…同じように暇そうなお兄さん達を見つけた…」


なるほどね、納得がいった。


「そうか…、だってよフリア」


「私じゃなくて、聞いたユートが答えるべきじゃないかしら?」


流れるようにフリアへ押し付けようとする俺に、フリアから呆れたような視線が送られる。そう言われても、俺じゃこっちの子供の遊び事情を知らないのだが。と言っても言い訳でしかないので、大人しく顎に手を当てて考える素振りを取る。


子供の遊びね…、それらをやっていたのはもう何年前の事だろうか。中学生になる頃には、俺達の遊びは完全にゲームへと移行していたからな、意外と選ぶのが難しい。スポーツ類だとしても、道具がないやら人数やらの制限が出来てくるから出来ないしな…。安全を考えると、俺が力を出しても影響がないやつや、出しようがないやつが良いな。


徐々に範囲を絞り混み、割りと簡単に答えは出た。


「隠れんぼ、でいいか」


少し迷うようにそう言うと周りからはキョトンとした、ちょっと意外そうな反応を受けた。


「ど、どうした?」


その反応に戸惑う俺に、ミームの口からこぼれた呟きが耳に刺さる。


「意外と…子供っぽいかも…?」


グサッときた。まさか自分より幼い娘に、子供っぽいと言われる日がくるとは思ってもいなかった。予想外の口撃を受け、思わず挫けそうになる心をここでグッとこらえる。


なるほど、お前らが俺に何を期待していたかは知らん。ただこれだけは言っておこう、俺は本気だ。


「ルールは簡単、始めに鬼が30秒数える間に他の者が隠れる。隠れられる範囲はこの木がその場から一歩でも動けば見える範囲内、建物の中は無し、鬼の制限時間は十分だ。最初は俺が鬼で始める。それじゃ、隠れんぼスタートだ」


隣にあった街路樹を目印として用いることを決め、俺は砂時計を作り出してそれを近くの塀に置いて早速スタートの宣告をする。急にテキパキと準備を進める俺にあっけにとられるキルク達だったが、やる気があまり無さそうだった俺が急に乗り気になった事が嬉しいのか、ワーイと笑いながら楽しげに逃げていった。


「遊びだとしても負けないわよ?」


「これは遊びだ、だこらこそ本気であるべきだろ?」


ニヤッと笑いフリアの宣言に返す。我ながら大人げない宣言だ。そんな俺の宣言に頬を緩めて、楽しげに走り去るフリアを見送った後、俺はゆっくりと数え始めた。


「1…2…3…4…、、、、28…29…30!」


塀の上に置いた砂時計を反転させると、サラサラサラと緩やかに砂が流れ始めた。


「さて、行くか!!」


今ひと時、周りが大変な事になっていることを忘れて、俺は意気揚々と目印の木の下を飛び出した。






「まいったな、どうしよう」


飛び出してたから数十秒、完璧に俺は手詰まりになっていた。とりあえず飛び出してみたものの、この遊びは特に攻略法も何もなく、地の利としては完全に彼らにあるわけで、遅まきながら俺は断然不利であることに気づいた。出来ることと言えば、ただ注意深く周りを見ることしかなかった。せめて隠れやすそうな場所を把握しておければよかったと思うが、そんなこといつ、どんな目的でやるんだという話になるのでどうしようもなかった。


チラチラと一応目印の木を確認しながら周りを見渡すが、どこにも隠れやすそうな場所はない。


「いっそこの植え込みでも探してみるかね」


そうして背の低い木に視線を走らせると、紅葉して黄色に色づく葉っぱたちの中で、妙にフサフサとした怪しい部分があった。あれは何だろうかと恐る恐る近づくと、ちょうど植え込みの中に隠れていたラウフィとバッチリ目があってしまった。


「ブフッ!ラ、ラウフィか!?」


「せ~い~か~い~。よく見つけられたね」


探す対象からはずしがちな頭が出てしまうほどに低い木に、紅葉した葉を自らの頭髪の色に見立てて擬態する事で隠れるとは、見た目に反して意外と策士かもしれない。ただ、見つけるこちら側としては目の前で急に現れるので酷く心臓に悪い。


「どうしたの~?」


「いや、何でもない。大丈夫だ」


「うん、そう?」


「ああ、そうだ」


驚いてしまった事が妙に気恥ずかしく、必死に取り繕う。うん、難しい所に隠れていたラウフィをこうして見つけられたのはかなりラッキーだったかもしれないな、と思い直す。


「じゃあ行こうか」


「りょうか~い」



随分と緩い雰囲気の仲間を増やして再び歩き出すと、今度は不自然な物と出会った。物というか…羊の塊だが。


放し飼いをされている羊たちの塀のなかで、何故か羊たちは一ヶ所に集まっていく。とってもモコモコなその中心では見るも無残にモッコモコにされ尽くした少女、ミームが涙目で羊たちに訴えている。


「羊さんたち…お願いだから隠れさせて、今はお友達と遊んでいる最中だから…また後で遊んであげるから…」


消え入るように訴えるミームに、羊たちは更に集まってさっきよりもモッコモコにしていく。あれで彼らは隠してあげているつもりなのだろうか?


そんな衝撃的な光景に動く事が出来ない俺に、隣でラウフィがほのぼのとコメントする。


「あそこはミームのおうちでね、いつもミームが彼らのお世話しているからとっても懐かれているんだ~」


「そんなレベルじゃ無い気がするんだが…」


見つけたからには隠れんぼは終わりだし、未だ彼らにモッコモコにされ続けている彼女を助けてあげるべきだろうか。そう思った俺はため息一つ、意を決してモコモコの海にこぎだしていった。


柵をまたぎ、羊たちの中心へズカズカと乗り込んで行こうとしたのだが、彼らはミームを必死に隠そうとなかなかの密度で集まっているので結構な力で押し返される。羊といえども動物であり、更にそれが束になっているのだ、その力は並大抵のものではない。思わず本気で力をいれそうになるのを何とか自制して、ミームの元へとようやくたどり着く。


「あ、お兄さん…」


「はい、見つけた」


「あ、あの羊さんたちの中に隠れようとして…そしたらこうなっちゃって……助けて」


「分かってるから大丈夫、ちょっと失礼」


そして羊たちの群れから彼女を何とかして抱き上げる、するとミームを取られたと思った羊たちがさっきより強めに俺の尻や太ももへガスガス頭突きを入れてくる。


「あ、ありがとう…」


そして俺の上着をギュッと握ってくるミームはとても可愛らしいのだが、その後ろで「俺らの女を返さんかい!ゴルァア!!」とばかりにどついてくる羊が全然可愛くない。


四苦八苦しながら(多大なるモコモコ成分とそれを打ち消さんばかりのヤクザ成分と戦いながら)ようやく柵へとたどり着き、羊を蹴らないようにジャンプしてようやく羊たちの群れから抜け出した。


「ミームとお兄さんお疲れ~」


「ひ、羊さんたちが今日は怖かったよ…」


「疲れた…」


のほほんとしたラウフィの労いの言葉を聞いて、ようやく一息つく。


「あ、あの…」


「ん?」


まだ若干涙目のミームが俺の裾を引いていた。


「あ、ありがとうございました」


「あはは、いいよ。でも次は気をつけておこうね」


涙をぬぐい「はい」と返事をしたミームは、今日初めてみる笑顔だった。


これで、彼女も気を許してくれたということだろうか。





その後、屋根の上に隠れていたキルク、家の裏のタルに隠れていたユニスを順調に見つけ、残りはフリアだけとなった。あと三分くらいだし早く見つけなくちゃな。


「あのとき周りの確認なんてしなければバレなかったのに…」


「あはは、暗闇が怖いのにユニスがタルなんかの中に隠れるからだよ」


「うるさい。そういえば、キルクは屋根の上なんて危ない場所に隠れていたらしいじゃない、お母さんに言っちゃうわよ?」


「いきなりお兄さんに声かけられて、ビックリして屋根から落ちそうになってたね~」


「……結局お兄さんに助けられてた…」


「ラウフィにミームも!要らないことをユニスに教えないでよ!!」


「これはとても良いこと聞いちゃったかしら」


「ああもう、ホラこうなる!!」


「キルクどんまい~」


「そういえばミーム、もうお兄さんは怖くないの?」


「大丈夫…お兄さんは良い人だから。笑顔が…ステキだったよ?」


「え、お兄さん笑ってたの?」


「ああ、そういえば僕を助けてくれたときも困ったように笑ってたよ」


「え、見てみたいんだけど、どうすればいいの?」


「助けられるような困った事を起こせばいいと思うよ~」


「よし、次は私も危ない所に隠れてみようかな」



あと三分なんですよ、もうちょっとなんですよ、だけどなんというかホラ、子供たちが色々とうるさかった。いや、元気なのはいいんだけど集中出来ない、というか俺ってそんな笑わないかな?その前にまず、危ない所に隠れるのは純粋に止めてほしいのだが。


そうして俺の後ろで騒がしい子供たちを引き連れながら、俺は最初の所まで戻ってきていた。大体目につくところは探したから、ここから見えるなかであと探してないところのめぼしをつけたいんだが、もう大体まわったんだよな。


残り少ない時間でどうしようかと悩んでいると、不意に後ろから声をかけられた。


「ユート様、どうしてこちらで子供達と遊んでいるのですか?」


それだけで温度が下がってしまいそうな冷ややかな声に、俺は体をピタッと止める。そしてギギギ…という音でも出しそうなほど鈍い動きで振り向くと、そこには案の定エミナがいた。


「あ、エミナさんこんにちは」


それに「こんにちは~」と続く子供たち。


「はい、皆さんこんにちは」


そうして子供たちにふわりと微笑むエミナだが、次にはもう鋭い視線で俺を見ていた。



なにこの人コワイ。



「ユート様、明日はこの街にとって重大な日になるんですよ?しかもあなたは森の主と昨日戦っているのですから今日明日はしっかりと休息をとっていただかないと………」


「ああ、もう分かったからとりあえず様付けはよしてくれよ!!」


みれば町のなかでも力のあるエミナが俺に敬称を使っているのを子供たちがキョトンと見ていた。


「分かったならば早く宿にお戻りになってください!お願いしますから!!」


「大丈夫だからとりあえずあとちょっとだけ待ってくれ!」


「いったい何を優先すべき事があるんですか!」


まいったな、町の権力者として彼女の言っていることが全面的に正しくて反論できない。そうして何と返そうか困っている間にチラと見た視線の先で、最後の砂の一粒がちょうど――落ちた。


「ああ、終わっちゃった。俺の負けか」


「何がどうしたのですか?」


急に肩を落とした俺に、エミナが不思議そうに声をかける。


「これでお兄さんの負けだね!」


そう嬉しそうに言うキルクにエミナが「負けって何ですか?」と首をかしげる。その時頭上から声が降ってきた。


「今回は私の勝ちね!」


目印にしていた木のずっと上の方、そこにはニコニコと嬉しそうなフリアが枝に座っていた。


「ああ、俺の負けだ。まさか目印そのものに隠れているとは思ってなかった」


素直に負けを認める俺に、フリアはフフンと勝ち気に笑い、そのまま枝から飛び降りてきた。


「ちょっ危なっ!!」


スカートなのに飛び降りる奴がいるかっ!と言いたかったが、幸い重力さんより風圧さんが頑張ったお陰ではだけるような惨事にはならなかった。そして頭から降りてくるフリアを、俺は何とか抱き止めることに成功した。


「危ないだろ」


「楽しいわよ?」


そんな軽口で返されたらもうあとは笑うしかない。実際、精霊である彼女にとってこんなのは危険でもなんでもないのだから。その時「あ、笑った」という声が聞こえたのは無視しておきたい。


「子供たちが真似したら危険なんだよ」


「それもそうね」


フリアを地面に下ろし、じゃあ二回戦目始めようかなんてしようとしたところで。


「ユートさん、そちらはどなたですか?」


エミナから説明を求められた。ちゃっちゃと始めていろんな事をうやむやにしたまま解散しようとしたが、さすがに出来なかったようだ。


「え、ああ、えっと」


フリアを説明するのに、どうしても言い淀んでしまう。彼女は町の人たちと繋がりが強く、商人の娘という立場上人の顔はよく覚えているだろう。そんな彼女に下手に嘘をついたら余計に怪しまれてしまう。どうしたものかと困っていると、意外なところ、フリア本人から助け船がなされた。


「ユートは遊んでたくらいのことで敵に負けてしまうような男じゃないわよ」


という挑発の形で。


「え?」


と出たのはエミナかではなく、俺の口からだった。



マジで何をおっしゃっているんでしょうかこの人。



「あ、あなたは由人さんの何なんですか!」



本名ださないでもらえません?



取り乱すエミナに対してフリアは余裕の表情を浮かべる。


「知りたいなら私にこの遊びで勝ってみなさい!」


「望むところです!!」


ああ、これを狙ってたのか。という風にあっさりと、エミナを遊びに巻き込む形でこの話をうやむやにし、そもそも一対他という非常に勝ち負けのつけずらいこの遊びで最後まで振り切った、いや振り回す形で何とかしたフリアであった。





気づけばもう夕方になり、空は片側の茜色と、中央の濃密な青色、反対側の飲み込むような黒い夜の色でグラデーションにされ、満月が端っこから登り始め、1等星も輝き始める時間になった。結局この時間まで子供達と遊びつくし、エミナとも疑問なんか忘却の果てに追いやって遊び尽くした。


「いや~楽しかったな」


「そうね、まさか子供の遊びであそこまで熱くなるとは思っていなかったけど」


「確かにな、次があったらまたあの子達と違う遊びをしてみるのもいいかもしれないな」


それは明日の戦いで、たぶんここにはいられなくなる事を含めた言いかただったが、気分は何一つ暗くはならなかった。


「ねぇ」


「うん?」


「由人は子供が苦手だった?」


「うん、まあね」


それは元の世界からでもあったが、力が強くなった今は前よりも強くそう思っている。


「今はそんなことはないけれど、前は急についた力に振り回されてたからね、壊してしまいそうな子供はとても苦手だったよ」


「だった、てことは今は?」


「たぶん今日の事で大分大丈夫になったよ、あの子たちだけかも知れないけど」


「そっか」


それはたぶん、最初ぎこちなかった俺への違和感から来る質問だったのだろう、その笑顔はとても安心したものだった。


「大丈夫だよ、子供そのものが苦手な訳じゃないからね。今日のことだって無理なんかしてない」


「そんなに言わなくても、そこまで心配してないわよ」


それでも心配はしてくれていた事は否定しないフリア。その事がくすぐったく感じられて思わず笑ってしまったのが、からかっているように感じられたのかプイとそっぽを向いてしまった。その事にゴメンと謝りながら足早に行ってしまったフリアを追いかける。


なんだかそれが向こうの世界で友達とじゃれあって帰っていた時みたいで、非常に懐かしく感じられた。だからだろうか、宿屋の扉なのに、無性に「ただいま」と言って入りたくなったのは。



まぁ、実際に言ってしまって三度目を食らうことになってしまったのだが。







太陽が完全に山の向こうへ沈んでしまった後、俺は部屋で本の続きを読んでいた。


「まったく、おばさんといい女将さんといいなんで俺を楽しそうにいじるかな」


今はもう夕食も風呂も済ませた後なのだが、その夕食時に再び女将さんにからかわれたのだ。女の子と一緒にいるだけで揶揄してくるとか高校生男子かよと突っ込みたくなってくる。お陰で、部屋に入るだけの事でどれだけ苦労したことか。


ちなみに現在フリアは部屋付きの風呂に入っている、普段より長いところを見ると変身したのを解くのが大変なのだろうか。そうしていると、前回のバスタオル一枚事件の事が頭によぎる。なんでもあれは理由を聞くと、暑くて湿気のある所で着替えると汗をかいて嫌だからだそうだ。魔法使えよと言ったが、指示が面倒な空間系の魔法が嫌だったと言われた。ステーキの時には使ってたのに…。


「所々無防備なのを何とかしてほしいんだけどな…」


そうボソッと呟いた瞬間に風呂場の扉が開けられてビクッとする。まさか聞かれてないよなと急いで振り向く。


「あれ?どうしたの?」


そこには今日の変身したまんまのフリア(寝巻きver)が立っていた。ただ、青い顔をしている。


「由人、私…元に戻れなくなっちゃった」


「へ?」


「だ・か・ら戻れないの!」


その多くが魔力で形成されていると言うが、まさかそんなにも大変な種族だとは思っていなかった。


「ど、どうするの?」


「どうするのって…どうしよう?」


今までに無いくらい本気で不安そうなフリアに、こっちまで不安になってきてしまう。


「昨日はどうしたの?」


「昨日はこれほど長くこの姿でいなかったから、普通に戻ることが出来たのだけど」


要するに、今日の姿で居すぎて昨日までの自分の姿の記憶が曖昧になってしまったらしい。ならば思った以上に話は簡単だ。


「あー、フリア解決策をとりあえず思い付いたから聞いてくれる?」


「え!ほんとに!?」


「あ、うん。大丈夫だからとりあえず目をつぶって」


「分かったわ」


そうして目をつぶるフリア。はぁ、方法は簡単なんだけれど、なんとこれの恥ずかしいことか。椅子に座ってじっと目をつぶって待つフリアの額に、俺も額をつけるようにして頭を合わせる。まるで何かの事前準備みたいな格好に思わず頬が熱くなる。


「っ、こんなときに何しようとしてるの!?」


俺と同じく真っ赤になって狼狽するフリアを急いでなだめる。


「待って、今から俺の記憶を送るのにこの距離が必要なんだよ。記憶に依存した魔法なんだから俺から送ればいいだけの話なんだよ。だから落ち着いて」


「あ、そういうことね」


「そういうことだから、さぁ始めるよ」


もう一度、額をつけた体勢になり、俺はゆっくりと魔力を練り上げて、それを精霊たちに渡し、指定する記憶をフリアに送っていく。


膨れっ面や人を小バカにした顔、泣き顔は…見たことが無いけど、楽しそうにした顔や笑った顔はいくらでも覚えてる。いつものフリアの姿を思い描くなんて簡単なことだ、半年近くもずっと一緒にいるんだから。



目をゆっくりあけた後には、いつもの金髪碧眼で神秘的な雰囲気すら醸し出すフリアがそこにいた。何故か顔はさっきよりも赤いけれど。


「ふぅ、終わった」


俺は逆に真剣に集中してたせいで、あの距離感すら気にならなく、顔の赤みはすっかりとれていた。


「………あ、あの由人?」


「ん、何?」


ヤバイ、さっきバスタオル一枚の時の姿を思い出してたから間違えてあの記憶まで送っちゃったのかもしれないと、電撃に備えて身構える。が、そんなことはなく。


「ありがとう…ごさいました」


返ってきたのは、いつもより丁寧な感謝の言葉だった。


「今日も楽しかったからお構い無く」


だから俺も素直に感謝の言葉で返すことにした。その言葉で、何故か顔を更に赤くしたフリアは「お休みなさいっ」と言い残して、いつもの小さな特設ベッドに体の大きさを合わせて潜り込んだ。


さっきのことで、思いの外魔力を使った俺も本を読むのを諦めて、寝ることにした。


「お休み、フリア」


登り始めた満月は、雲の間で煌々と輝いていた。






町の人たちも寝静まった真夜中、月は頂点にいるはずだがその明かりは厚い雲に遮られてわずかにしか地上に届いていない真っ暗な夜に、その静けさを引き裂くような音がこだまする。



ゲリャリャヒギャァァァアアアアア!!!



その何の魔物かも分からない混じりまくった声で俺は飛び起きる。


「なんなんだよまったく……」


窓を開けてみると警備にあたっていた兵士たちや、緊急クエストで一緒に警備していた冒険者らしき男達が走っていくのが見えた。その先にいたのは…赤い魔物。


「三日後の夜ってそういうことかよ」


つまり、あれは三日後の晩ではなく、三日後になった瞬間の晩だったてことだ。


眠気が残る頭を震い、残った眠気を弾きとばす。そしてインナー姿から上下をしっかりと着て、最後にいつもの外套を羽織る。


その間に起きていたらしいフリアが、準備を完了させて神妙な顔で聞いてくる。


「由人もしかして…」


「ああ、そのもしかしてだ」


俺はポーチから指輪を取りだし、それを指につけると、それは次の瞬間シュバッと光の塊となって俺の手の中で一本の剣となる。


十字の花びらのような形であしらわれた鍔に、その少し上に埋め込まれた黒紫色の魔法石、その白銀に輝く刀身は暗闇のなかでも輝いている。それは、人間の国の象徴である十字の花をモチーフにした、勇者のための特別兵装。その切れ味はどの剣よりも鋭く、折れることはまず無い。俺の本気の本気装備だ。


「フリアは索敵を頼む、狩るのは俺がやる」


頷いたフリアは俺の胸ポケットにはいり、俺は今一度装備をパパっと確認して行けることを確かめる。そして部屋のドアを開けて、その身を夜の闇に投げ出さんばかりに走り出した。




「さぁ、始まりだ!!」





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