赤い魔物と黒の人―その4―
グランドボア俺達が構える剣を全く意に介さないような突進で迫りくる。その圧倒的な迫力に押され、俺は木の上に逃げてしまった。
「逃げてどうする!戦え!!」
「うるさい!!正攻法で勝てるかよ!!」
叫び返すも俺に作戦などあるはずもなく、そうこうしているうちにグラニドはイノシシの群れのなかに埋もれ、次に俺の立っている木もグランドボアの突進で倒されて、俺は更に他の木へ飛びうつるのを余儀なくされる。
何か反撃に使えそうな物がないか辺りを見回すが、見付からず。その代わりイノシシの集団が過ぎ去ったあとにグラニドがグランドボア一匹と大剣と牙で押し合っているのが見えた。どうやらあのときグラニドは一匹の突進を受け止め、その他のグランドボアは追突することなく通りすぎてこちらに来たらしい。ただその向こうからは、一周したグランドボアが突進してきている。
「はぁ、考える時間をくれよ!」
俺は木がしなるほど強く踏みつけ、グラニドの背後目指して飛び上がる。上から見ると他のグランドボアも一斉に着地地点辺りめがけて走ってきているのがよく見えた。グラニドの背後へ突進しようとしていた一匹を着地様に切り、他のグランドボアの突進を左手に大きな盾を作り出して受け止めた。
「おう、結局来たのか」
「結局きたって、来なかったらまた鎧をぼっこぼこにされてたよ?」
またしても背中合わせの状況になりながら、盾と大剣でお互いを十匹の突進から守る。かわるがわる突撃してくるグランドボアによって、鉄製であるのにも関わらず盾がギシギシと鳴り、限界が近いのを知らせてくる。どちらにせよこの状態で居続けるのは無理があるのだが、それを打開する術が無い。
(せめて精霊魔法、または思いっきり力を使えればな…)
流石に命の危険を感じればなりふりかまうつもりは無いが、ピンチとは言い難いこの状況ではまだそれらを振るう気はない。
ならば精霊魔法でやるようなことを創造魔法で出来やしないだろうか?精霊魔法でこんなときにいつもやるのは、落とし穴や草での拘束足元を凍らせたりだろう。氷は出来そうだが、魔力はあっても俺は妹ほど創造魔法が使えない、出来てせいぜい半径五メートルほどだろう。炎をぶつけたり雷で貫けたりできればいいが、人間相手ならともかくこんな厚い毛皮や皮膚をもつこいつらに俺の力で出来やしないだろう。
結局、いつも通り自分に有利な環境を作るという方向性で考えるしかないか。
「3秒のカウントの後に一旦押し返して!」
「何か策があるのか?」
「もちろんある、頼んだよ。3…2…1!」
自らのカウントと共に両手に力を込めて一気に押し返す。しかし、限界を迎えた盾にビキビキッとヒビが広がり、そして押し返し切るまえにバキッと割れてしまった。それを想定していなかった俺は慌てて剣を構えて横なぎに思いっきり振り払い、グランドボアたちに距離をとらせようとしたのだが…。
バキイィィィン。
グランドボアの牙とぶつかった剣が高く鋭い音を上げて砕けてしまった。
Гクソッ」
それでもグランドボア達はグラニドの方まで一通り退いたので、俺は周りをぐるっと見回しながら全力で創造魔法を行使する。
「おぉ~~、ん?」
創造魔法による魔力光が辺りに広がり、グラニドから感嘆の声が漏れたが、そのあとから出てきた見慣れないものに不思議そうな顔をした。
「ボウズ、あれなんだ?」
グラニドが指差す先には、針を4つ組み合わされて、そのうち1つが必ず上に向くように作られた忍者御用達の黒光りする物体。
「はぁはぁ、え?ああ…あれはまきびしだよ」
日本の忍者が使っていたと言われる道具。俺は実際に見たことは無いが、別に難しい構造でもなく足止めをするものとしてパッと思い付いたのだ。しかし、小さいものであっても大量の物体を創造したことにより、体内の3分の1ほど魔力が急速に持っていかれて俺は息が上がっていた。
それを好機と見たか、グランドボア達はまきびしに警戒の気配を見せながら一斉に突撃してきた。俺の力が届く限界範囲である半径五メートルまで撒き散らされたまきびしの中を、グランドボアは一歩二歩進むが、三歩目を踏むところで横に倒れ込んだ。
「おぉ、なかなかにやるな」
「もちろん」
俺は新しい剣を取り出しながらグランドボアの足を確認すると、そこには期待通りにまきびしがささっており、蹄からダラダラと血を流していた。倒れたその先で更に体へまきびしが突き刺さり、痛みにのたうちまわるグランドボアの頭を俺は剣で一気に切り落としてその命を確実に断っていく。後続のグランドボアはその光景を見て立ち止まってしまったが、これで6体は殺すことが出来た。
「これで十分でしょ?」
「当たり前だ、だが余裕つけてしくじるなよ?」
「誰がこれやったと思ってんの?大丈夫に決まってるさ」
これくらい減ればもう各自で倒せるでしょ?という意味を含んだ俺の自慢げな声に、グラニドはニヤッと笑って返す。そして二人同時に残りの四体に向けて走り出した。
周りに広がるまきびしを踏まないように、さっき殺したグランドボアの体を踏みつけてその範囲を抜ける。隣ではグラニドもガチャガチャ重そうな音を上げながら、それでも軽やかな動きで俺と同じくグランドボアの体を踏んでまきびし地帯を抜ける。
仲間だったものを踏みつけられて、他のグランドボアが興奮した様子を見せるが、先ほど仲間が次々と倒れ伏した光景を見たからか、まきびしの近くにいる俺に襲いかかろうとしない。俺の側にはさっき切りつけた手負いの奴ともう一匹がいるが、奴らの怖いところはその数による連携の突撃だったのでこうなってしまったらさして怖いことはない。
「来ないならこっちから行くぜ?」
俺は軽い足取りで走り始め、徐々にスピードを上げていく。半分ほど距離を詰めたところでグランドボア走り始めた。どんどんと距離が近づいていき、もうすぐというところで俺は足を止め、再び盾を左手に作り出し、グランドボア一匹の突撃を受け止める。
るとその奥からもう一匹が横にずれて更に突っ込んでくるが、それを盾を捨てて飛び上がり、さっき受け止めたグランドボアへ飛び乗って回避する。そしてさらに剣をその脳天に突き刺し、それを蹴り飛ばしながら降りると刺されたグランドボアはそのまま事切れた。
「ゴフィィィィイイ!!」
かん高い叫びをあげて残った手負いのグランドボアは再び突っ込んでくる。しかしその足取りは少しフラフラしていて迫力もなにもない。最後の剣を抜き、ただ自然体で構える。そして俺の近くまで来たその勢いのない突撃を余裕をもって避け、特に何の工夫もなくその首を一刀で落とす。今のやり取りでさらに血がつき、さっきよりも獣臭が強くなっているのにため息をはく。
後で宿屋へ帰る前に精霊魔法で臭いを消しておかなければ、またフリアに注意を言われそうだ。少なくとも即効で風呂に行かせられるのは確定だな、俺としては飯食ってから入りたいのだが。
原理的には万能である精霊魔法だが、生き物に関してはそこまで効果を強く発揮しない。元々下位精霊は世界の調整者として存在いるわけであり、そもそも動物や人間へ強く関わら無い。だからフリアに使った幻惑や、こんなただ体をきれいにしておく何て事が難しい。
「はぁ~~」
相変わらず難儀な魔法にため息が出る。万能なのに痒いところに手が届かないこの感じがもどかしい。そんな無駄なことに思考を割いて、ちらりと目の端に映る死体のことを思考から追いやる。余裕がある戦闘であればあるほど、生き物を虐待しているようで罪悪感が増すから今回はそうでもないが、それでも嬉しい事では少なくともない。
それでも感じてしまう戦闘の高揚感を薄れされながらグラニドの方を見ると、あちらも戦闘を終わらせてこちらに歩いて来ていた。
「見事な勝利だ、やったな」
「ありがとよ!」
そう言って俺とグラニドは軽く、ただ普通の人からしたらかなり強めであろうハイタッチする。一応力では負けられんのだ、たとえ相手が化物みたいな人でも。
そのあとは俺は突き刺したままの剣を回収し、グラニドと一緒にギルドの討伐の証であり、その物が高値で換金できる牙を回収して回った。
徐々に影が延び始める頃。牙十本、牙の先二十個を集め終え、俺たちは休憩として座り込んでいた。
「そう言えばボウズ、何でギルドに入っていないんだ?腕っ節が無いわけでも無いし、あれだけ魔力があれば魔法士としてもやれそうだが」
「あ~~うん、ちょっと人付き合いが苦手でね。ほら、ギルドに俺ほど若い人あまりいないし。それに魔法士は無理じゃないかな」
「ほう、何故だ?」
俺は右手の上にナイフを作り出し、それを空中でクルッと回す、ここまでは普通だ。そしてそれをつかむことなくそのまま空を飛翔させて飛ばすのだが、五メートルを過ぎた所で、ナイフはカクッと糸が切れたマリオネットの様にただ投げたされた。
「こういうこと」
ほぅ、と不思議そうにその光景を見るグラニド。
「一定の距離以上は作り出した物を操れないんだよ、飛ばす力もそんな強くないし、それだったら掴んで投げた方が何倍も良い、だから魔法士なんかより前で戦った方が良いでしょ?」
「ふーん、そんなことがあるのか」
このそんなこと、とは俺が効果を及ぼせる範囲が狭いことを言う。過去の召喚者達は一般の人より遠くまで飛ばすなどはあったが、一般的に多少の違いはあれど俺ほど飛距離が短いことはない、少なくとも二十メートルは飛ばす。
「んじゃ、調べに戻りますかね」
「ん、おおそうするか」
何となく魔術士の話ではぐらかし、ギルドの話を追求されるまえに本来の目的を始めることで追求出来なくする。
さて、改めて死体の山は…もういいか。さっき見たときもう死体が溶け始めていたしもう見る価値も無いだろう。となるとこの辺りをまた駆け巡るのか、時間も良いしそのまま帰ろうかな。
連戦した上、思った以上に魔力を使わされていたのでもう疲れを感じ始めていた俺は、正直帰りたかった。
「もう帰ろうかな……」
「ん、もう帰るのか?」
小さく呟いたつもりだったが、グラニドにも聞こえていたようで、ちょっと呆れたようにこっちを見ている。
「いや、結構疲れたからさ」
力を加減するってのも神経すり減るんだよ?と言う風な視線を送るが、どうも違う風に受け取られたみたいで呆れた視線が返ってくる。
「魔法をかなり使っていたのは分かるがちょいと早すぎやしないか?魔力と体力は別ものだろう」
それもそうなのだが、どちらかと言うとあるかどうかも分からない物を探しまわるというのがそもそも辛かった。だが、グラニドからもっと探せという視線が送られて来るのでなかなかやっぱそれでも帰ると言い出せない。確かに一応町の危機だからな~、そうそう簡単にあきらめのはな~。
ウンウンと唸って考えていると、再び森に不穏な気配がした。そいつは無暗に音もたてず、ただじっくりとこちらを見ている。まるでエサを見るような非常に不愉快な視線がなめるように動かされ、俺次にグラニドと見て。そして周りの死体へと映り、そこでピタリと止まった。まるで戸惑うかの様な様子で、しばらく周りが静寂に包まれるが、その視線は急に俺たちに戻ってきて、今度は俺達自身ではなくそれより少しずれた―俺達の構えた武器へと注がれている。そう、さっきグランドボア達を殺した血がべっとりついてしまった剣にだ。
「ヴォゴォォォオオオオ」
グランドボアよりも遥かに低く、怒りに満たされた叫びが森じゅうに響いた。そして森から出てくる巨大な黒い固まり。そいつは五メートルあるんじゃないかと思わせるくらいの巨体をもって俺たちに突撃してきた。
そう、先程のとは比べ物にならないくらいに巨大なグランドボアの成体―バギリグア―である。
「うへぇ、あいつらの成体って子供生んだあとはそうそう出てこないんじゃなかったっけ」
「正確には子育ての末に力尽きて死ぬだ。まだ子供が小さかったんだろうな、そしてその子供たちが……あいつらだ」
グラニドはそう言ってさっき作り上げた死体の山を見る。さっき殺した奴らがあのバギリグアのこどもたちで、だから殺した俺達に多大な怒りを持っているのだろう。
この光景だけ見ればまるで俺達の方が悪者のようだが、そんなことで易々と死んでやる気もない。
とりあえず俺たちはバギリグアを挟むように二手に別れて走り出す。するとバギリグアは俺の方に狙いをつけ、その巨体に見合わぬ素早さで走り来る。攻撃パターンとしてはさっきの奴等と変わらぬそれを、いつも通り横にさっと避けて右手の剣をおもっいっきり横っ腹へ叩きつけるのだが…。
バキイィィィン
結果は、さっきの時とは全く違うとてつもなく硬い物を殴った手応えと、本日二本目の剣が砕ける音だった。
「えぇぇ!?」
一本目は最近かなり使っていて、そこで牙という硬いものを殴ってしまったから砕けた。しかしこの二本目は今日初めて使った物であり砕けるにはまだまだ早い物のはずであった。それが砕けのというはなんとも恐るべき体毛の堅さだろうか。
俺の姿を見失なったバギリグアが、反転してもう一度突撃してくるのを今度も同じように避けるが、今度は反撃することが出来ない。幸いまだ剣はあと一本あるが、無暗に叩きつけて折ってしまう訳にもいかず使うことが出来ない。創造魔法でつくってもいいが、多分しっかりと切ることはでないだろうし必、ず使い捨てになるそんなのじゃ先に俺の方がまいってしまう。
倒されず倒すことも出来ないまま、ひたすら突進をかわし、膠着した状況が続く。俺だけが執拗に狙われ、しかもバギリグアはグラニドの間合いに入らないように、突進しながらも絶妙な距離を保ち続けるのでいっこうに終わりが見えない。いっそ本気で力を使って殴り殺してやろうかなんて俺が考え始めるが、その時不意にバギリグアの牙が青白い魔力に包まれた。しかし、作業の様な行動になっていた俺はその光に気づく事が出来なかった。
「ボウズ!!」
グラニドの声で俺はようやくその光に気づくが体は既にいつものように横に避けている。そしてバギリグアはいつものようにそのまま突撃、ではなくその場で体を急激に回転させ、ちょうど俺の真正面を向く。とっさにその牙を剣で受け止めようとするが、牙は俺の剣にぶつかることなくただ地面に当たった。そしてそこの地面が突如爆ぜたように俺に向かってくる。
距離的にもう一度回避しても逃れるのは不可避、ああやっちまったなんて思いながら、久しぶりに痛みが俺を襲うまでの長く短い時間を待つ。
ザグゥッ
肉が貫かれる鈍い音がする。しかし待てど暮らせど俺の体に痛みは走らない。それはもちろん俺が攻撃を受けていないことを示していて。
「おう…、ボウズ、大丈夫か…?」
そして俺の目の前には、地面から伸びる岩の刃を全身で受け止めきった男―グラニドがいた。
唖然とする俺に、「お前らが嫌う鎧も悪いもんじゃないだろ」とグラニドは弱々しく笑う。そしてバギリグアは牙と繋がるその岩ごとグラニドを大きく投げ飛ばした。
大きく弧を描き飛ばされるグラニドに俺は全力で走って追い付き、その体を受け止める。グラニドの鎧は大きく破損していて原型を保っていなかった上に、その一部は貫かれていて中をえぐられていた。グラニドは痛みに耐えられなかったのか、既に気を失っていた。
「細胞を活性化させ、その傷口をふさげ」
俺は手から精霊へ魔力を与え、想像で意思で伝えるのももどかしく、口頭で精霊に指示を与える。俺の手のひらの上で魔力を受け取った精霊は柔らかく瞬き、そしてグラニドの傷口の上で再び瞬いたと思うと、グラニドの傷口はゆっくりと塞がり始めた。
とりあえず必要なことを終えると、バギリグアに対してより自分に対して怒りが湧いてくる。強力な魔物が魔族が使う魔法に近い魔法を使うのは知っていた、それを忘れとっさに行動出来なかったこと。そして一番腹が立つのは、正体を隠すなんてつまらない事を気にして、一緒に戦っている仲間が傷つく事態をを招いてしまったこと。
少なくとも剣が折られた時点で早めに殺しておくべきだった。それをつまらない理由でためらってしまった。
バレたら後々が大変になる?そんなことが仲間を危険にさらしていい理由にはならないだろうが、クソ野郎。
俺は近くに落ちていたグラニドの大剣を拾い上げる。そしてそれを右手一本で構え、バリギグアを見据える。バギリグアは子供達を殺した片割れに大きなダメージを与えたことでスッキリしたのか、心なしか上機嫌に口の端を歪めて笑っている。
それが余計に俺を苛立たせた。
ただ怒りに任せて地面を蹴り飛ばすとそこが爆ぜ、地面がまるで後ろに飛んでいくように俺は加速する。
勇者召喚された俺達兄妹は、それぞれ今までの勇者とは違う特徴があった。妹は勇者であるが今までの勇者に比べて身体能力が非常に低かった、日本にいた頃と変わらない程の一般人と同程度の力。その代わりに彼女が使う魔法はとりわけ素早く、力強く、緻密で正確で、更にあり得ないほどに規模が大きく、魔物の集団を一瞬で滅ぼすほど強力だった。俺は魔法があまりにも使えなかった。精霊魔法が使えるようになったのは国から逃げ出してすぐ、一週間ほどたった後だった。だからあの頃の俺はこの貧弱な創造魔法、炎をだしても魔力に見合わないほど小規模、雷をだしても魔物には効きやしない、精々ナイフなど物質を創るのが一般人と同程度というなんとも使えない魔法にがっかりしたものだ。ただその代わり俺は妹より力がいや、体その物が歴代最高レベルで凄かった。そう、魔物の集団を一瞬で滅ぼせるくらいに。
急にさっきからでは考えられないほど加速した俺に、バギリグアは牙をちょうど合わせてくるがそんなもの関係ない。
一閃
俺は大剣をもって、ただ一撃。一番強靭な牙をも切り裂いて堅かった体毛も引き裂き、顔からその背後までをただ袈裟懸けに切り裂いた。
うめき声も何もあげることなく、バギリグアはズウゥゥンという重々しい音と共に地面に沈みこんだ。
「ふぅ」
半分八つ当たりに近い感情でバギリグアをなぎ倒して、高ぶった感情と、先程のことでの後悔を一緒に混ぜこんだため息を吐き出す。
「後でグラニドにお礼と謝罪しなきゃな」
その謝罪が不注意によるものか、力をかくしておいたところかは今は置いておきたい所だ。
遠目に見てもグラニドはまだしばらく起きそうな様子はない。だから俺は、このバギリグアでも一応調べておこうと思った。
さっき俺が切り裂いた切り口から血がダクダクと流れ、今はもうバギリグアの周りに血だまりが形成されている。その立派な牙を一応貰っておき、こいつら後でギルドに回収してもらおうかな考え始めたとき、視界の端に妙な赤が見えた。そしてバギリグアの死体に近づいてよくよく見てみると後ろ足辺りに赤いしみ、それも先程の血がかかったとは考えにくい場所についている。しかもそれは、斑点状でまるで赤いジャバとかのような鮮血の色だった。
「これはもしかして」
水を作り出してかけて洗ってみてもそれが取れる事はない。これはあいつらへの手がかりになるんじゃないだろうか。そう思ってその後ろ足を大剣で切り落として、持ち帰ることにする。
少し増えた荷物達を草のつるでしっかりと縛って帰る準備をしていると、グラニドがようやく目を覚ました。
「ん、うぅぅん……」
「あ、起きた?」
グラニドは傷の痛みでかまだ顔をしかめていたが、頭を数回振って何とか体を起こそうとする。
「ああ、ボウズ大丈夫か?」
「おかげさまで怪我もなく元気だよ。あ、これ戦利品ね」
「あ、おお………うん?」
そして俺は、さっきとったバギリグアの足をグラニドに見せる。しかしそれを見てグラニドは何故か訝しげな顔をする。そして遠くのバギリグアを注視して、そしてフ遠い目をしてッ軽くため息をついた。
「俺はもう死んだのか。ボウズがあんなに苦労してたあいつを一人で既に倒してるとか都合が良すぎるな」
「へ?」
そう言い残してグドカッと倒れ、ラニドは再び眠りに落ちた。一方的に判断された俺としては、空いた口が
ふさがらず、思わず取り落としてしまったバギリグアの足を持っていた手の行き場がない。一拍おいて理解した俺は、フツフツとなんとも言えぬ腹立たしさがこみ上げ、その手が目指すべき場所を見つけた。
「俺がやったんだよ失礼な!!」
「フガッ!?」
一応かばってくれた恩人、それも怪我人なのにビンタで起こすという所業に走ったのも、仕方がないことだったと思う。