村での日常―その3―
見渡す限り魔物の死体、死体、死体、死体、死体。全身が赤く染まっていたり、一部だけが赤くなっているような魔物の死体が信じられないほど積み重なっている。
「何だよコレ……」
死体の山はあちこちで腐敗が始まり、激烈な臭いを放っている。ただ、気になるのは死体の保存状態が悪くないことだ。どこにも引き裂かれたりちぎれたりなどの傷がない。
「誰かが倒した訳でも無さそうだな」
「由人…、コレ」
あまりの臭いに顔を隠したフリアが、涙目ながらに指差したのは、魔物の足首についた拘束具。
「まさか…」
ぐるっと死体の山を一周りして確認してみたが、見える範囲内の魔物たちは、一貫して拘束具がつけられていた。
「これはすべて人為的に行われたのか?だとすると、村に現れた赤いジャバやレッドグリズリーは突然変異ではなく人間に改造されたものか…?」
ぶつぶつと呟く俺の服の袖がクイッと引かれた。
「ねぇ、由人もう行こうよ。夜になっちゃうよ」
気づけば辺りの茜色は段々と闇に飲まれ始めている。ちょっと時間をかけすぎたようだ。
「ああ、帰ろうか」
フリアに腕を引かれ、俺は後ろ髪を引かれる思いで死体の山を後にした。
村の近くに出没した赤く変異した魔物、人為的に何かされたであろう赤い魔物の死体の山、最近の魔物の活性化。
また、面倒なことが起きそうだ。
町に戻ったのは日が完全に落ちて、門が閉められるギリギリだった。夜は闇に紛れた魔物に襲撃されないよう、町の門は閉まる。別に入れてくれない事もないが、町を危険にさらさないよう閉まる前に帰るのが冒険者のマナーだ。
夜の町はそこらじゅうの民家から光が溢れ幻想的に輝いている。人工的では無いこの光が俺は好きだった。鉱石に込められた魔力が今日もゆらゆらと辺りを照らしている。中でも酒場は一際大きい輝きが放たれ、それと同じくらいの活気が感じられた。そしてそれは、この宿屋の食堂も例外では無かった。
「女将さーん、俺にも夕食お願いします」
「あいよ、テーブルで待ってな」
返事をかえし、慌ただしそうに動き回る女将さん。俺は言われた通りに1番端っこのテーブルに着いた。少し離れた席では大人たちが酒を酌み交わしている。
こんな時にふと思ってしまう。この世界で俺にもあんなに親しくできる友達ができるだろうか?最近まともに話しをするのはフリアくらいだ。依頼人と話すのは何か違うし、女将さんとも話すけれど別に友達というわけでもない。こんな逃亡生活で友達がでるか自体が怪しいところではあるが。勇者だった頃は生きるのに必死でそれどころじゃなかったしな。
時間が過ぎるほどに思考が重くなる。自分でも気づかないうちに、口からため息が自然と漏れていた。それを聞かれたのか、料理を持って近くまで来ていた女将さんが心配そうに聞いてくる。
「どうしたんだい?ため息なんかついて。珍しいじゃないか」
「いや、友達が欲しいなと思って」
それを聞いた女将さんはきょとんとした顔をして、何を言ったのか理解した瞬間笑いだした。俺としては結構重要な悩みなんだけどな。
「いや、ごめんね。まさかギルドにも入らない、ボードの依頼だけ受ける珍しい流れの冒険者が、友達がいなくて悩んでいるなんて思ってもいなかったから」
確かに人と積極的に関わろうとしない奴の悩みがこんなのとは、確かにおかしな話だろう。でも、俺はそれ以上に今の言い方が気になった。
「俺、意外と有名?」
「ええ、それもかなり。腕が立つのにひたすら1人でお金にならないような依頼を受ける変わり者。対人恐怖症だとか、過去にトラウマがあるんじゃないかなんて思われてるわよ」
思った以上に残念な感じに有名だった。
「別にそういうのじゃ無いんだけどな」
「なら、何でこんなことしてるんだい?」
「ただ目立ちたく無いだけだよ」
「逆に悪目立ちしてるきがするんだけどねぇ…」
女将さんは呆れたように嘆息する。
「俺、そこらへんの冒険者よりはちょっと強いからね。それで無闇に頼られたく無いんだよ」
「朝、自分の事が強そうに見えないだろう何て言ってきたのは誰だっけ?」
「朝のは村長の依頼に必要な強さと比較した評価をもらうためだよ。つまりそれはそれ、これはこれ」
得意気に語る俺を見た女将さんは笑い、そこで何かを思い出したのかポケットから手紙を出した。
「そういえばこれ、夕方頃にあんたを探してやって来たエミナちゃんが置いてったよ。何でもお屋敷直々の直接依頼らしいから早めに見なよ」
そう言って俺に手紙を手渡し、客に呼ばれた女将さんは急いで戻っていった。
「仕事ね…、こうやって依頼されるのは初めてだな」
得体のしれないよそ者の俺を指名して頼むといことは、あまりここの人たちに知られたく無いことなのだろうか。一応俺はあそこの家族を助けたし、悪い人達でも無いのでそうそうひどいことは無いと思うが。
少しの不安を抱きながら手紙を開く。
『折り入って頼みがあります。明日の午前10時お屋敷に来ていただけませんか?他にお仕事があるならば時間に間に合っていただかなくても構いません、明日は1日中お待ちしております。内容は口頭でお伝えします』
う~ん、依頼内容は口頭か…。面倒くさそうな内容そうだな。報酬は期待できそうだけどどうしょうか。
「で、どうするの?受けるの?」
「どうしようかな、面倒はごめんだけど拠点を移すならお金はいくらあっても困らないし…」
「なら受けましょ、あそこの人なら何か赤い魔物について情報を持っているかもしれないし」
「それもそうか…。って!?」
今さら気づいたが、フリアが普通サイズになって隣で俺の夕食を食べていた。今日のは俺が好きなオークのステーキなのに既に四分の一が消失している。
「それ俺のステーキだぞ!!」
「だっていつまで待っても私の分がこないんだもの。由人が手紙を読んだり考え込んだりしてるのが悪いのよ。食べ物は温かいうちにいただくのが常識よ?」
「いや、分かったから待て、せめて半分は食わせろ」
「そんなに必死にならなくても全部食べたりしないわよ」
ステーキの確保を終えて一息つき、遅まきながらもう1つのことに気づく。この町では見ることのない金髪の少女を誰も気にしていない、さっき俺があんなに騒いだのも気にとめていないようだ。目に意識を集中すると周りに魔力が薄く張られているのが分かった。
「はぁ…、わざわざ周りに魔法の結界まで張ってまで食べたかったのかよ」
「まるで食いしん坊みたいに言わないでよ。待ちきれ無かったのではなくて、待つ必要が無いのを待ちたく無かったの」
そう言って再び食べ始めるフリア。結局しっかり半分で交代し、いつもより少な目の量に俺は空腹感を感じながら眠ることになった。あいつが大きくならなければこんなことにはならなかったのに。
翌日、俺は珍しく7時頃に起き、食堂で朝食を食べて宿屋をでた。俺だってちゃんとしたリズムで生活できるんだと、少しドヤ顔でフリアに言ったら当たり前のことなのだから当たり前にやりなさいと言われた。最近親に言われるような事ばかり言われている気がする。
約束の時間まではまだいくらかの時間があるので、俺は雑貨屋で旅立ちの準備をすることにした。この町に来たのが約二ヶ月前、その間に前回使っていたナイフや毛布を捨ててしまったのでその買い直しだ。大体の物は魔法で作ってしまえるのだから必要ないが、何回も使うものは店で買う物の方がよかった。ナイフは特にその差が顕著で、魔法で作ったものは最初の切れ味こそ素晴らしいが、数回切ると刃がダメになるのだ。
「さて、今回は何を買い足うかな」
何かを想定して買うのはちょっとした遠足気分で毎回楽しい。ナイフに毛布…あとは植物の種にロープ数本。鍋やフライパンはまだまだ大丈夫そうだったし…もうこれくらいでいいかもしれない。魔法で作れてしまうのはやはり便利だ。
「まぁこれぐらいか」
買い忘れがないかフリアに確認しようとバックを小突くが…反応がない。
「あれ?おかしいな…」
バックを開いてみたがそこにフリアの姿は無い。昨日のような感知されない魔法があるとはいえ、彼女が勝手にここからいなくなることはまず無い。そもそもあの魔法は空間でかけるものだし、結構細かい命令を必要とするのでかなりの魔力を持っていかれる。だからあまり多用する物でも無いんだが。
「いないならこれでいいか。後で何か言われようがいなかったフリアが悪いしな」
そう思ってさっさと会計を済ましてしまう。毛布は荷物になるので一旦宿屋に戻る。部屋に毛布を置き、ナイフはよく使うので腰につけて準備を終える頃には時間も丁度いいくらいになっていた。やるべき事を終えて意気揚々と屋敷に向かう途中、不意にバッグの重量が増えた感じがした。
「何?」
バッグの中ではいつ戻りにフリアの姿が戻っていた。
「いや、さっきまでいなかったから気になって」
「別に何でもないわよ」
隠し事とはまた珍しい。別にプライバシーがあるから全部話せというわけでは無いのだが、今までこういうのはなかな無かった。別に何でもないと言う彼女の顔は真剣に何かを考えていた。
「そうか、まぁ考えがあるんだろうけど。何かあれば言えよ?」
「………」
沈黙は肯定…か?俺が言えるのは精々これくらいだろう。
その後はお互い沈黙し、歩く音だけになった。しばらくしてお屋敷の前についた。
「相変わらず田舎に似つかわないほど立派だな」
白く塗られた外装られ、天井が高くとられた2階建て。町の少し小高い丘に建てられたこの屋敷の住人たちは、町の人たちに愛されるほどに人柄もいい。商人としてギルドとのやり取りも盛んで関係も良好。
そんな人達がわざわざ俺に直接指名ということに未だ不安を感じる。
「杞憂でありますように」
そう願い、ドアをノックする。しばらくしてメイドさんがドアを開けてくれた。
「ユート様ですね、お待ちしておりました」
敬々しいお辞儀をされた後、客間に通される。しばらくして今回の依頼主エミナが現れた。
「こんにちは由人様。来ていただき光栄でごさいます」
フリア以外に呼ばれる久しぶりの本名に一瞬体が反応しそうになる。旅を始めた最初の頃に偽名であるユートに慣れることができず、反応できなくてよく怪しまれた事がある。この事で気づかれそうになってよく拠点を変えていた、今さらこんなことでしくじる訳にもいかないので意地でも平静を保つ。
「いやですねエミナさん、俺の名前はユートです。確かに英雄様とよく似た名前ですが間違えないでくださいよ。それに敬語はよしてください」
彼女は口に手をあててウフフと上品に笑った。
「失礼しました。ですが丁寧な話し方はもはや癖のようなものですので気にしないで下さい」
「そうですか」
そう言われれば引き下がるしかない。勇者時代もそうだったが敬語を使われたりするとむず痒くなってしょうがない。同年代や目上の人にやられると特にだ。
「でも、最近英雄様の話をなかなか聞きませんねぇ」
「そうですね」
「何でも常に前線で戦っていらっしゃった英雄様が半年前に失踪したそうですよ?最近は各地の町で英雄様らしき人がいたという噂が飛び交っていて、最後に確認されたのは隣町だそうです」
「そうなんですか」
「ユート様はあまりお聞きしていらっしゃらないのですか?」
「はい、情報に疎い生活をしているので」
この話の流れは俺としては非常にまずい。普段ばれないように人と関わらないようにしてる上に、これは俺の話で俺が知らないことはまず無い。ボロを見せないようにするのに冷や冷やだ。
「そうですか、ところで知っていますか?」
「何をですか?」
「ユート様に依頼をしたあの森には、複数人では会うことはありませんが、1人でいるときには必ずと言っていいほど襲われる集団で動く魔物がいるのですよ?」
「へぇ~そうなんですか」
俺の時はそんな奴出てこなかったのだが。
「ただ彼らには1つ特性がありまして、とても強いひとには全く寄り付きもしないそうです」
「そうなんですか、俺は運がよかったようですね」
俺のその言葉に彼女は少し不機嫌そうな顔をする。
「そういえばユート様には変わった癖があるそうですね」
「何がです?」
「食事の前に手を合わせるのだと女将さんから聞きましたよ」
「あれは生まれたところの風習なんです、僕はかなりの田舎からここに来ましたから」
さっきから彼女は何が言いたいのだろうか?早く依頼の話をして欲しい。
「ユート様、最後に1つよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「私はこの通り商人の娘でありますので色々なところに行きました。王都にも行って英雄様にも会ったんですよ?」
「へぇー!それは凄い」
会ったことがあったのか。あの頃は戦いと訓練と生きるための勉強で忙殺されていたから覚えていなかった。
「その時、英雄様はお食事中だったので長くはお話出来なかったのですが、これだけは教えて下さったのです」
そして彼女は華やぐような笑顔で俺を真っ直ぐに見つめる。
「手を合わせるこのしぐさは異世界である自分の故郷独自の作法であるということを」
驚きで口を半開きにする俺に、エミナは目を輝かせて迫る。
「ですよね?由人様」
この依頼、面倒なんてものじゃない。緊急事態だ。