村での日常―その1―
とある宿屋の一階、あまり高くない値段に見あった簡素な部屋の一室で睡眠を貪る少年がいた。とても気持ち良さそうに寝ていたのだが急に目を覚ます。ムクッと起きて目を瞬かせ、外のようすをジーと見てから呟く。
「まだ二度寝しても良さそうな時間だな、寝るか」
そしてガバッと布団を被り、もう一度夢の世界へ羽ばたこうとする少年。実際は太陽は既に登り、少しずつ高くなっていっているような時間なのだが。と、そこに
「何もう一回寝ようとしているの、起 き な さ い~!!」
そう言って現れたのは金髪碧眼、サラサラとした長い髪が特徴的、だがそれ以上に特徴的なわずか20cmほどの体躯をした少女。彼女は精霊であるから別段不思議なことではないが。だが、そんな少女の呼びかけにも全く答えることなく、少年は夢の世界を旅している。やがて諦めたように少女は体から力を抜いてダラリとさせると、次の瞬間魔力が体から溢れだし、すぐさま電撃になり少年へ向かって放たれる。
バチィィッ 「イッッテェェェ!?」
突然の痛みに飛び起きる少年、そしてその目の前には笑みを浮かべながらも明らかに怒っていると分かる少女の顔。
「あ~、フリアおはよう?」
その言葉にフリアと呼ばれた精霊の少女はさらに顔をムッとさせ。
「おはようじゃ無いわよ!!今何時だと思ってるの!!」
「え~と、まだ九時半に見えるんだけど?」
「もう、九時半よっ!!いいから早く仕事取りに行くわよっ!!」
そんなフリアの剣幕に押され「お、おう」と返事をして手洗い場に少年は向かう。顔を洗い、スッキリしたところで手洗い場の鏡に映る姿を少年は見つめる。少し伸びてきたぼさついている黒い髪に黒い瞳、少し中性的な感じな顔。そして、それらを少年が凝視し続けると、典型的日本人の黒髪と黒い瞳はだんだんと灰色の長髪とそれに合わせた色の瞳になる。
「よし!準備完了!!」
部屋に戻りいつもの黒を基調とした冒険者服に外套に腕を通して羽織る、最後に幾つかの小さなポーチがついたベルトを巻き、バックを肩からかけ、片手剣を背中に背負う。
「ハァ~ァ、昨日は少し頑張ったから今日くらいもう少しゆっくりしてたかったんだけどな」
必死にあくびを噛み殺しながら呟く。
「あんたそういった前回は手持ちの資金が危なくなるまでなにもしなかったじゃない、私はそんな余裕の無い生活をしてほしく無いの」
そう言ってジロッと見られてしまえば返す言葉なんて何も無い。
「しょうがない、それじゃあ今日も一般人は仕事に精でも出しますかね」
そして部屋から出ていく。こんなやり取りが。
茅由人17歳 一年半前に日本から異世界に召喚され人間の国で勇者として過ごし、英雄とまでよばれ。そして半年前、一緒に召喚された実の妹を置いて英雄という肩書きから逃げ出した少年の現在である。
大分遅めである朝食をとろうと俺は食堂に向かう、カウンターで何か注文をしようとすると、それに気づいたこの宿の女将さんが俺の顔をみて明らかなため息をつく。
「アンタまたこんな時間に起きたのかい、今は何も作れないよ、昼食の準備で忙しいんだ」
まだ20代前半といった若い人なのだが妙に貫禄がある人で、頼み込んでも最終的には圧力に耐えきれずに諦めることになるのは分かっている。だがちょっとした品を用意すれば頼まれてくれるというのもここ最近のことで知っている。
俺がバックから一塊の肉を取り出すと、女将さんの目の色が急に変わる。
「アンタ、この肉はもしかして…」
俺はニヤッと笑う。
「ご想像通り、エアラビットの肉。この珍味と引き換えに朝ごはんちょーだい」
「アンタこれかなり入手難易度の高い貴重食材じゃないか、なんでこんなものまで持ってきてここで食べるんだい?」
そう、エアラビットはここグライノートの町の近くで一番難易度が高い食材で売ればれなりのか金になるほどの物だ。エアラビットはまるで空気の如く森を駆け回る上に、その森はここら一帯で一番強いモンスターがいる。あまり強そうに見えない由人みたいな冒険者が朝食を頼む代わりに軽く渡すような物では無いのだ。
俺は少し居心地が悪くなり肩をすくめる。
「昨日、依頼で森に行ってそこで死んでいるのを偶然みつけたんだよ。あと、何でここで食べるなんてどの口が言ってるの?町一番の料理人のくせに。お金は払うからその肉朝食に頼むよ」
そういうと女将さんはちょっと照れ臭そうに笑い、そして感心したように由人を見る。
「アンタ、見かけによらず以外と強いのね。分かったわ、作ってあげるわよ」
そうして上機嫌で奥にいく女将さん、若くて美人で優しい、おまけに料理も上手い。旦那がいるというのに冒険者連中に未だに人気なのがよく分かる。別にそこまで俺は年上趣味ではないが。
席について今日この後どうしようかなんて考えようとするとバックが急にモゾモゾ動きだし、そこからプハァと声を出してフリアが顔をだす。そして何故か呆れたような顔こちらをみ見る。
「アンタ、昨日いきなりアレを持ってくるから何に使うのかと思ったらやっぱり今日寝坊するためだったのね。アレを使えば資金の補充になったのに」
「別に今はそこまで困ってないからいいだろ、服だってまだ新しいし…」
ここには俺らしかいないがなるべく怪しまれないように小声で話す。フリアが他の人にばれたら面倒なことこの上ない、ただの一般人が精霊なんか連れている訳が無い、勇者時代にはいなかったからすぐにばれるようなことは無いが遅かれ早かれ知られてしまうだろう。わざわざ変装までしているのにそんなことになってほしくはない。
そんな小声が俺の言葉をさらに言い訳がましく感じさせたのかフリアは俺を睨む。
「ただの剣を実力のまま振るってポキポキへし折っていくのはどこのだ~れだ」
「いや、ちゃんと俺の力に耐えうる剣が1本あるから良いじゃないか?」
「アレを使うと、勇者だとばれるから使え無いの分かっている上でそれを言っているのよね?」
そう言われると乾いた笑いをあげるしかない。そんなことをしていると女将さんが朝食を持ってきてくれる、フリアは呆れたようなため息を残してバックの中に戻る。
「はい、エアラビットの肉を使った特製サンドイッチだよ」
そう言って目の前に置かれたのはカリカリに焼かれたパンの間に新鮮なレタスとチーズ、それに茶色のソースにまとわりつかれたエアラビットに肉が挟まれた魅惑的な一品、それが皿の上に4つほど乗せられている。ちょっと多いのではないかという視線を女将さんに送ると。
「アンタ若いんだからこれくらい大丈夫でしょ、それにこの時間に食べたらお昼はもう食べないつもりでしょう」
どうやら、女将さんの優しさらしい。ただここでそのまま食べてしまったら俺は後で魔法によってどつかれてしまう。なので
「女将さん、ありがたいけど1つ包むための物をもらえないかな、後で食べたいんだ」
すると、「そうかい」といって女将さんが1つ紙で包んでくれる、俺はそれを鞄に入れる。後で食べるというのは嘘で実際はフリアへのお供えものだ。
手を合わせてから食事をいただく、流石にいただきますとまでは言えない。1つを手に取り、口を大きくあけてかぶりつく、すると口の中にレタスの水分が溢れだし、そのあとをチーズの旨味が追う、甘辛のソースが柔らかくしっかり味があるのに全くしつこくない肉を引き立てる。気がつくと俺は1つをすぐに食べきってしまった。うん、美味い。
そんな俺をみて、満足そうに女将さんは笑う。
「あ、そういえばちょっと気になったんだけど」
俺は食べる手を止めて女将さんの方を向く。
「アンタ昨日依頼で森に向かったっていってたけど、もしかして村長が魔物退治を頼んだのってアンタかい?」
それを聞いて俺はあることを思い出し、苦笑する。
「俺じゃないよ、俺は薬草とりを頼まれただけ。それに、俺がそんなに強そうに見える?」
そう言って自分を指差してみる。
「いや、そうは見えないね。あの森にいける時点でそれなりに強いんだろうけど」
「でしょ?」
「まぁちょっと気になっただけさ、あまり気にしないでおくれよ」
そう言って去っていく女将さん。すると、昨日のことを思い出したのか急にバックの中から不穏な気配がし始める。ここは早く食べて仕事しに行きますかね。
お腹を満たし、早速仕事をしに外に出る。
この世界にはゲームとかでよくあったファンタジー御用達のギルドが存在する、冒険者はここに登録して市民から、ここで言えば町民からギルドが依頼された仕事をこなしてお金をもらう。だがこれには名前などを登録する必要があったり色々と制約があり、身分を隠したい俺としては利用できなかった。だがこの世界にはもう1つ俺のような冒険者でも受けられる仕事がある。それがボードと呼ばれる市民からギルドなどを全く介さずに個人と仕事の受注が行われるシステムである、ギルドに十分なお金が払えない依頼だったり、ギルドに頼むような内容じゃない依頼がここにたまる、言わば報酬有りの町民どうしの助け合いためのシステムだ。だからあまり魔物討伐は載っていないし、あってもあまり報酬が良くなかったり、結構危険だったりするので皆やりたがらないが俺にとってはありがたい物だった。
「さ~て、今日は何をしようかね」
そう呟き、ボードを眺める。冒険者が積極的にボードの依頼をこなすのは少し目立つ行為なのだが、こればっかりは仕方ない。
「薬草集めに子守り、1日だけのバイトに、魔物の監視員。これだけあっても魔物討伐はなかなか無いな~」
仕事をするならなるべく人と深く関わらない町のそとで行う魔物の討伐などが楽で良いのだが。その方がフリアもバックの外に出ることができて機嫌も良いのに。
隅から隅まで探しても魔物討伐は見つからず、今日は老人の家での薪割りでもやろうかとボードから依頼用紙をとってポケットに入れる。その時後ろから声がかけられた。
「あの、ユート様ですよね。昨日依頼をしたエミナと申しますが覚えていらっしゃいますか?」
話しかけてきたのはオレンジ色の緩やかなウェーブがかかった長い髪が腰くらいまであり、清潔でいて派手ではないが良いものを使っているだろうと思わせる服は、彼女がこの町で一番の家のお嬢様だということを伝えている。田舎と言ってさしつかえない町のではあるが。
「ええ、もちろん覚えていますよ。お婆さんはあれから良くなりましたか?」
「はい、薬草を煎じて飲ませたところ症状がおさまり、一週間くらいたてばいつも通りに動けるとお医者様もおっしゃって下さいました」
お金もちである彼女の家のお婆さんは結構重い病にかかっていた。薬草さえあれば治るということでギルドに依頼を結構な高額で出してもらっていたのだが、薬草の名前と生息場所は知っていたのだがその姿を医者ですら知らない物で誰も達成できず。藁にもすがる思いでボードに依頼をしたところ、たまたま召喚されたとき王国で勉強をして知っていた俺が達成したというのがこのことのなりゆきだった。なかなかの報酬で久しぶりに懐がかなり温まった。
それで、その後の結果報告をしに来てくれたのかと彼女に訪ねたところ。
「いえ、今日は私個人からのお礼として、庭で育てた物で作ったハーブクッキーをお届けに来ました」
そうして彼女から紙袋を渡される。中からは植物のいい臭いが漏れだしていた。
「本当は少しお話でもしたかったのですが…」
そうして依頼書を入れた俺のポケットを見つめるエミナ、少しして視線を切ると。
「今日もお忙しそうでいらっしゃるので又の機会にしようと思います。それではまた」
そう言って去っていく彼女、それを見届けながら紙袋からクッキーを1つ取り出して口に放り込む。噛むたびにハーブの優しい香りが口の中に広がる。
「何考えてるの?」
バックの中ではなく、外套の中から聞こえるフリアの少し不機嫌な声。
「いや、この町でもつながりが大分増えてしまったなと思ってさ」
あまり関わろうとしなくても生きている限りは必然的に人とつながりを持つことになる。その分俺の正体にも気付かれる可能性が高くなる、その前に俺は拠点を移す。それがこの半年間続けてきたこと。エミナや女将さん以外にもこの町ではつながりがそれなりにできてしまった。そろそろ違うところに移るべきかもしれない。
「確かにそろそろ移った方がいいかもしれないわね」
フリアのその言葉に心が重くなる、英雄であったことを知られたくは無いが、つながりを無くしてしまいたい訳ではないのだ。
「でも」
「でも?」
「それはそろそろであって、まだ今じゃない。もう少しはここにいていいと思う」
俺の心を知っていたのか、柔らかく告げられるフリアの言葉に少しだけ心が軽くなる。
「そう…だな、あと少しだけ」
「ええ、あと少しだけ」
何かをごまかすように繰り返す言葉、それでも俺の心はその言葉に救われる。
「じゃああと少しだけど、この町でもしっかり働きますかね」
気合いを入れ直し、あと少しと決めたこの町で今日も働く。