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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第二話 迷宮都市の祝祭
73/74

刺繍の施された麻布(未鑑定)⑤

 いつかこうなる日が来るとは思っていた。


 だからいつでも警戒していた。

 都市で買い物をする時も、酒場で働いている時も、地下迷宮にいる時も。

 ただ最近は少し気が緩んでいたらしい。


 ここは大通りの外れにある袋小路だ。

 すぐ出たところにある表通りは、普段ならば多少人気があるはずが、今日に限っては通行人が横切る気配がない。

 皆、仮装行列を見物に行っているのだろう。


 助けを呼べそうにはないし、逃げるのも難しいだろう、とベアトリスは思った。


「勿論、おれらを覚えているよなあ?」

「おでらを忘れたとは言わさねえぜえ?」


 ベアトリスの目の前に、柄の悪そうな獣人が三人いた。

 どれも犬族で、ギザギザの牙の奴、痩せっぽっちの奴、太っちょの奴だ。


 無論、彼らのことは覚えている。

 ベアトリスだって、あのロクでもない日々を忘れたわけじゃない。


 彼ら――ケインズたちは元パーティだ。

 だが信頼関係なんて存在しない間柄で、ベアトリスは虐げられていた。

 だから逃げ出したあの時の事を、裏切りだとは思ってはいない。


 ただ彼らがどう受け取るかは別の話だ。


 そして大方の予想通り、自分たちの事を棚に上げ、虚仮にされたと恨んでいたようだ。


「なあベア。てめえには大きな借りがある。その件についてたっぷりお話しようじゃねえか?」


 ケインズが意味ありげな笑みを向けてくる。


「勿論、こっちの嬢ちゃんも一緒で構わないぜ?」


 三人の後ろで、取り残された形になったホオズキがこちらを見ていた。

 この状況が飲み込めていないらしく、困惑しているようだった。


 最善は二人で逃げ切る事。

 でも袋小路に追い詰められているのが現状では不可能だ。

 せめて彼女をこの連中と関わらせないようにすべきだと思った。


「ごめんホオズキ。話があるみたいだから先に行っててよ」

 


「お断りです」

「は?」


 ホオズキはそう言って動かなかった。

 代わりに、スカートの中から何か小さな棒のようなものを取り出した。


 棘付き棍棒メイスだ。

 戒律により刃物を扱えない修道士でも携帯を許されている武器である。

 それを大上段で構える。


「いくら世間知らずの私でも、この人たちが悪党だって解ります」

「おいおい穏やかじゃあないねえ」

「おでらと遊ぼうってのかい? これでも地下七階踏破してんだよ?」

「構いません。かかってきなさい」


 見あげるほど背丈の違う獣人たちを前にして、まるで恐れていない。

 相変わらず、我が相棒は勇猛果敢だ。


 というか|暴れ猪だ。

 彼女はどこまでも感情に身を任せて自ら火の粉に飛び込んでくるタイプなのだと再認識させられた。


「……はああああ」


 ベアトリスは盛大に溜息を零す。


 完全に台無しである。

 折角、巻き込ませまいとした気遣いが一瞬でぶち壊しだ。

 ついさっき『仲間の言葉に耳を傾けるべき』って忠告したのに、彼女自身もそうすると反省していたはずなのに、一体何を考えているのか。


「全くうちの相棒ときたら」


 ベアトリスは掏りをやっていた時代を思い出しながらやった。

 相棒に注目が向いている間に、できるだけ静かに、素早い動作でーー短刀を抜いた。

 そして自分の髪を引っ張るケインズの腕を斬りつける。


「――ってえ。畜生‼︎」


 地面に着地すると同時に身体を沈め、地を這うように走る。

 何とかケインズたちをやり過ごし回り込んだ。


「ホオズキの馬鹿!」

「馬鹿はベアの方です!」

「何で逃げないのさ!」

「一人で逃げても意味がないでしょう!」

「こうなったら一緒に逃げるしかないからね!?」

「最初からそのつもりです!」


 隣にいるホオズキを腹立たしく、頼もしく、愛らしく、感じる。

 同時に、ケインズたちを恐れていた自分が急に馬鹿らしくなってくる。


「お前らは広がれ! 絶対に逃すな!」

「あいよう」

「了解だぜ」

「……おれが直々にぶっ殺してやる!」


 二人の賊たちは横に広がり、通り道を塞ぐように立ちふさがる。


 ケインズは抜きはなった段平刀だんびら)に舌舐めずりすると、襲いかかってくる。

 やはりここから逃げるには、闘うより他に選択肢はないようだ。


 ベアトリスは剣撃を低姿勢で避けながら、ケインズの上半身を斜めに斬りつける。

 浅く皮膚をえぐる程度しかできず決定打に欠けてはいたが、牽制にはなっていた。


「糞がちょこまか動くのは得意みたいだな!」

「……」

「だが一撃が軽いんだよ!」


 ベアトリスは繰り出される猛撃を冷静に避けながら、問題はないと考えていた。


 何故ならこちらの得物は『毒蛾の短刀』だ。

 一撃一撃に威力はなくとも、斬りつける毎に毒が強まっていく能力が付与されている。

 既に、ケインズには二撃を加えていたので、じきに効果が出てくるはずだった。


 だがこちらの考えを読むようにケインズがにやりと笑みを浮かべてくる。


「期待してるようだけどよ。毒なら回らないぜ?」

「⁉︎」

「何せあの毒スープ以来、おれら減毒の指輪をつけてるんだ」


 ケインズがせせら笑いながら更に斬りかかってくる。

 動揺を誘う為の嘘だと思った。

 だが確かにその動きは一向に鈍くなる気配がない。


「……‼︎」


 何より次にケインズを斬りつけた瞬間、彼の指にはめた小さな指輪が仄かに光を発したのを見てしまった。


「もしかして今度こそ勝てるとか思った? 無理無理。潜ってる修羅場の数が違うんだよ」

「くっ⁉︎」


 剣を受け損なった。

 短刀を振るう手に迷いが出たせいだ。

 体勢を崩したところに、飛んでくる強烈な蹴り。

 避ける事も防ぐ事も出来ず、まともに腹部に受け、壁に突き飛ばされる。


「……」

「いいね。最高だよその目。本当に虐めがいのあるよ、お前」


 ベアトリスはもう一度深呼吸すると、立ち上がり、懲りずに走りだす。


 降伏はしない。

 何故ならここが地下迷宮なら選択肢にそんなものはない。

 何より、決して勝機を失ったわけじゃないからだ。


 彼らは『減毒の指輪』を装備していると言った。

 それは毒の効果を完全に無効化する『防毒』や『解毒』ではない。つまり毒の減少させるだけの効果しか持っていないという意味だ。

 だからこのまま斬り続けていれば、いつか毒が回るに違いない。

 それまでは何十、いや何百回だって――。


「……がっ⁉︎」


 横からのふいの一撃を受ける。


「ひひひようやく一撃当たったぜえ」

「そんで戦闘不能になったんだな」


 地面に転げながら、ビートルとマークスが得意げに笑っている声が耳に入る。


 失念していた。

 一対一のつもりでケインズに意識を取られて、残りの二人への警戒を怠っていたせいだ。


「ベア!」

「さあこれからは『負け犬』ちゃんの処刑タイムだぜ?」



 獣人たちが腹を抱えながら、下品な笑い声を立てている。


 ベアトリスが太った獣人に横から剣柄で殴り飛ばされ苦悶していた。


 だが彼女は未だ抗うことを諦めてはいない。

 両足をふらつかせながらも立ち上がろうとしているし、利き腕はまだ短刀を握り続けている。


 この状況下で、彼女を連れて逃げる事は難しい。多分、三人の獣人たちに勝つことも難しいだろう。


 だがホオズキは動じていなかった。

 結果がどうであれ自分は自らが為すべき事をするだけ。


 今できるのは『治癒』と『祝福』。

 この怪我を癒す祈りと、苦痛を和らげる祈りを、前線にいる彼女の為だけに使用する。


 最善は二人で逃げる事だ。

 だが彼らがベアトリス標的としている以上、次善は彼女を逃す事。


 ホオズキは息を飲む。

 そして不安を押し殺すように右手の棘付き棍棒メイスに力を籠めながら、渦中にいる仲間を庇う為、駆け出そうとした。


 ――が。


「もう大丈夫。すぐ助けるから」

「えっ!?」


 突然、目の前で信じられない事が起きた。


 最初は小さな旋風が吹いたのだと思った。

 だが違った。

 何者かが砂埃を巻き上げながら現れたかと思うと、物凄い勢いで駆け、瘦せぎす犬人族を拳の一撃で沈めてしまったのだ。


「何だ⁉︎」


 次に狙われたのは太った犬人族だ。

 足払いで転倒させ、後ろ手に関節を決め動きを封じると、あっさり組み伏せてしまう。


「な、何なんだおま……⁉︎」


 太っちょが言い終えないうちに、その背中に容赦なく拳を叩き込まれる。

 拳がめり込んだ瞬間、槌を叩き込むような「ずん」という音が聞こえたのは気のせいだろうか。


 あり得ない光景だった。

 彼らは、このゴロツキたちは七階踏破者だと自称していた。

 もしそれが本当だとすれば探索者の中でも実力者の部類に入る。

 剣すら抜かず、圧倒できる相手ではない。


 それが同年代の(・・・・)華奢な女の子(・・・・・・)によってこうも容易く。


「やっぱりアネモネさんの言うとおり、踏み込みが大事なんだな」


 旋風の正体は、見覚えのある一人の少女ーーソアラだった。


 彼女は残されたリーダー格の獣人と対峙していた。

 まるで軽い運動をこなしている最中であるように屈伸をしながら、素手のまま腰元の剣を抜こうとすらしない。


「て、てめえ……!?」

「ねえお仲間はみんな倒れちゃったけど、貴方はどうするの?」

「うっうるせえええ! こっこれ以上、近づくんじゃねえ!」


 リーダー格の獣人は突然のできごとに狼狽えていた。

 だが直ぐに近くで臥せっているベアトリスを抱え込むと、その首に剣を突きつけ脅しをかけようとした。


「ち、近づいたら――」


 言い終えないうちに、何かが獣人の傍を通り過ぎた。

 矢のような、それこそ旋風のような、見えない何かだった。


「――は?」


 獣人は惚けたような声を上げる。

 自分の身に何が起きたのかいまひとつ理解していないらしい。


 だが鋭い刃物で刈り取られたように、彼の左側のヒゲが、頬の皮膚が露わになっていた。


「ごめん。よく聞こえなかったけど何?」


 笑顔でそう問うソアラ。

 その手にはいつの間にか小剣が握られていた。

 青くぼんやりと光り、微かに音を発しながら震えているその剣身から、不可視の刃は放たれたのだ。


「次は当てるけどいいよね?」


 ソアラが距離を詰めないまま、振りかぶる動作をしてみせる。


 それが決定打になった。

 何かを悟ったらしいリーダー格の獣人は頰を押さえながら悲鳴を上げる。


「ひいいいいいい! くそおお覚えてやがれよおおおお⁉︎」


 捨て台詞を吐き、犬人族は仲間二人を引き摺り、文字通り尻尾を巻いて逃げていった。

次回更新は明日、18時です。

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