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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第二話 迷宮都市の祝祭
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刺繍の施された麻布(未鑑定)②


 蚤市通りは人でごった返していた。


 路の端に座り込んだ露店商人と、彼らが広げる怪しげな品々を楽しげに眺める客たち。

 大通りの向こうでは仮装行列(パレード)も行われているらしく、けばけばしい衣装の者たちが楽器を鳴らしながら騒がしく闊歩しているのがちらりと見える。


「ベア、足を踏まないで下さい」

「人混みがすごくて……むぎゅう……」

「もう……しょうがないですね」


 小柄な修道服の少女に手を引かれ、移動する。

 道のわきに避難することで、何とか人混みから抜け出せた。


「……ふうありがとう。死ぬかと思った」

「盗賊のくせにボンヤリしてると掏摸にあいますよ?」


 ベアトリスは長身なので、はたから見ればしっかり者の妹と、頼りない姉といった光景だった。

 実際は同い年で、更に言えば探索者としてパーティを組んでいる間柄だ。


「大体、何だってこんなに騒がしいんですか? 前は露店だってちょっとしかなかったのに」


 ホオズキがふくれっ面で文句を言う。


「謝肉祭なんだっさ」

「謝肉祭?」

「五年に一度だけのお祭りなんだって。それで迷宮都市が探索者たちで溢れかえってるんだ」


 この都市の謝肉祭は、地下迷宮がもたらすドリップアイテムを収穫物に例えているという、酒場の主人に教えて貰った薀蓄を思い出す。


「この都市の連中はおめでたいのが好きですね」


 ホオズキがいつものように皮肉めいた物言いをする。

 いつの間にか露店で買ったリンゴ飴を頬張っている彼女も十二分にその一員の資格があるはずだが無自覚らしい。

 だが言及するときっと機嫌が悪くなるので控えておく事にしよう。


「というかこの時期は地下迷宮入れないらしいんだよ」

「そういえば『正門(ゲート)』が封鎖されてましたね?」


『正門』とは地下迷宮の入り口で、組合(ギルド)の門番によって管理されている。

 先日訪れた際には封鎖され、利用できなかった。

 ベアトリスもはっきりした理由は知らなかったが、祝祭の期間中は探索行為が禁じられているらしい。


「だから暇を持て余した探索者は、ここで商売するんだってさ」


 見れば露天商の半分くらいは、物々しく武装した連中――探索者だ。

 彼らは年季の入った装備品や、迷宮で手に入れた品々を売っているようだ。

 遊び半分なのか、呆れるほど高額だったり、逆にただ同然だったりと、値の付け方が極端な店が多くで面白い。


「それでベアが、私を連れ回す理由は何ですか?」

「ちょっと探し物をしてるんだけど」

「どんな品です?」


 ベアトリスの目的は、ある付与道具だった。

 冒険者酒場で教えてもらった情報によれば、この時期の蚤市ならば、手に入り易い品なのだ。


 狙い目はベテラン探索者。

 彼らが不要になった装備品を処分する際に、紛れている事が多いらしい。

 あれば今後の探索がきっと有利になると思っていた。


 名前は確か――。


「えっと『侏儒のハンカチーフ』だったかな?」



「ほうらほうらお立会いお立会い。寄ってらっしゃい見てらっしゃい聞いてらっしゃいいらっしゃいっ、てね」


 蚤市の一角に、その怪しげな露天商人はいた。

 外套のフードを目深にかぶり、容貌も、種族も判らない。

 だが唄うような口上を訊く限りでは女性のようだ。


「こいつはただの布きれなんかじゃあない。かつて小人が使っていたという風呂敷包みだ」


 商人が懐から取り出してみせたのは正方形で、やや大きめな布切れだ。

 麻製らしく僅かに透けており、隅にチェリーを啄んだ小鳥の刺繍が施されている。


「見ていて御覧。こうやってこうやるとだね……」


 商人が目の前に並べていた他の商品を手に取る。

 ふぁさと布を被せると、布に触れていた品がたちまち縮み始める。

 それから彼女は布を風呂敷のように折りたたむと、きゅっと巾着を作ってみせた。


「たちまちのうちに小ちゃな荷物に早変わり。どうだい凄いだろう?」


 確かに凄いとソアラは思った。

 ハンカチにしてはやや大きい気もしたが、どうやら目的の『侏儒のハンカチーフ』で間違いないようだ。

 隣のリンネだけではなく、隣の見物者たちも拍手している。


「というわけで、こいつは値打ちものだよ。さあさ早い者勝ち。早い者勝ちー」

「買います!」「それ下さい!」


 リンネと、近くにいた別の客が声を上げた。


「ほう可愛いお嬢さん方、どやら同着の様だねえ」


 露天商人が口元を新月のようにニヤニヤさせながら、言った 。

 自分たち以外に『侏儒のハンカチーフ』を求めたのは、隣にいた二人組だ。


 ひとりは背の低い修道服の少女、もうひとりは背の高いパーカーを目深に被った少女だ。

 一瞬、姉妹かと思ったがよく見れば、似ていない。


「申し訳ありませんが、こちらの方が先です!」

「嘘だよ。こっちが先だもん!」


 いきなり背の低い少女が、リンネと言い争いを始めた。


「何やってるんです。ベアも言い返しなさい!」

「いやでもさ」


 加勢しろと言われた背の高い少女は及び腰だ。


「ソアラちゃん、私の方が早かったよね!」

「ど、どうだったかな?」


 ソアラは口籠った。

 正直同着だったのではないだろうか。


「盗人猛々しいです!」

「むううう嫌な感じ!」

「まあまあ双方、落ち着きたまえよ」


 睨み合う二人に、仲裁に入ったのは商人だった。


「何よりもまず、こいつの持ち主になるには条件が二つあるんだぜ?」


 彼女は楽しげな口調で指を二本立てた。


「まずは支払い能力。こいつを手に入れるには三万ゲルンを払ってもらおう。無論、ビタ一文負けないからそのつもりで」


 思ったよりも値が張るようだ。

 ただ支払えない額でもない。何よりその利便性を考えれば、相応の価格だ。


「それから何より、こいつは付与道具だよ」


 ソアラははっとなる。

 失念していたが、確かに購入したところで使用できなければ意味がない。


「付与道具の使い手となるには何かしらの『資格』がいる」


 そう。資質と言い換えてもいい。

 問われるのは、道具によってさまざま――職業、年齢、性別、趣味嗜好、果ては血筋などが、兎に角、それを持たないものは扱うことができない。


「さあてその上で、改めて問おうじゃないか。この布切れ、果たしてどちらのお嬢ちゃんに相応しいんだい?」


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