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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
断章
67/74

大きな瑕疵のある書物(未鑑定)②


「ほう魔術が使えるのか。それは実に楽しそうだな」


 訪問者は程なくしてやってきた。

 次に我が書斎にやってきたのは、喜ばしい事に話の分かる人物だった。


 但し全身甲冑を身にまとっており、姿はわからん。

 ここには基本的に男は踏み込めないように設定しているし、フリルエプロンをしているから、まず間違いなく女の子ではあると思う

 でも顔がみたいところだなあ。

 別嬪さんだとよいなあ。


「ところでその契約というのはどんなものだ?」

「おお、良いことを聞いてくれた」


 ワシという魔導書(グリモアール)の使い手になるには、ちょっと契約を交わさなくてはならないのだ。

 まあ魔術回路を用いた簡単な手続きと思って頂いて構わない。


 確かに『契約』という言葉に胡散臭い響きがある。

 大抵の者はここで罠があるかもしれないと疑うかもしれない。

 でも安心して欲しい。

 こちらは大したことは要求はしない。

 何故ならただ趣味で使い手を探しているだけだからだ。


 但し、ワシは将来有望な者だけにしか声をかけない主義ではある。

 だからそもそもここに踏み込む為には十分な資質が備わっていなければならないのだ。

 

「主に三つある、まずワシにブックカバーをつけること。日に三度、虫干しすること。あと押し花の栞を所望しよう。それから開くときは必ず手を洗ってからだ。無論、飲食しながらの読書もNGである」

 そう言って契約書を掲げてみせる。


 どうだ簡単だろう?

 要はワシという魔導書(グリモワール)を丁寧に扱ってほしい。

 ただそれだけだ。


「うん。実に簡単だな。私は約束はちゃんと守る人間なので心配しないでくれ」

「良かった。では早速、契約しようではないか。まずはこの書類に著名しておくれ」


 まさかこんなにスムーズに話が進むとは。

 前回が前回だっただけに感激で咽び泣きそうだった。


「だがその前にちゃんと契約書を読ませてもらうぞ?」

「勿論だとも分からないことがあれば何なりと訊くがいい」


 彼女は念入りに文面を何度も読み返している。

 別に罠などは仕掛けていない。

 もしかしたら過去に何か苦い思い出でもあるのだろうか。例えば酷い男に借金を背負わされたとか。


 暫くすると、彼女はどうやら納得したらしく筆をとり――。


「むっ……なんだこれは?」

「どうしたね?」

「インクが途中で消えてしまったんだ」


 嫌な予感がした。

 彼女が手にしているのは、使用者の魔力をインク代わりにする筆だ。

 それが使えないという事は、彼女が魔力切れを起こしているか、もしくは契約上問題があった場合だけだ。


「……もしやお嬢さんは加護持ちかね?」

「そうだ」


 ああ何という事だろうか。

 ワシは溜息をついた。


「残念だが加護持ちの者とは契約できん決まりになっておる」


 加護持ちは、身体に魔力回路が組み込まれている者たちの総称だ。

 つまりそれはすでに別の魔術契約を結んでいるのと同じ状態になっており、二重契約を行うことになってしまうのだ。無理にそれを行えば回路が誤作動を起こして、どちらの効果も果たさなくなるだろう。


「つまり、お前さんではワシは扱えんということだな」

「そうか。なら仕方ないな」


 全身甲冑の娘は残念そうに首を振った。

 はあワシもがっかりだ。

 ようやく見つけた新しい所有者だと思ったというのに何という事だろう。


「ところでお爺さん」

「何だろう」

「貴方には知らないことなどないのだと先程仰っていたな?」

「うむ勿論だ」


『賢者』だからな。


「ならば、ひとつ教えて欲しいことがあるんだ」

「何じゃ。輪廻転生の方法かね? 別の世界への渡り方かね? それとも加護も持ちの子の為し方かね?」

 この際だから何でも訊いてくれて構わないぞ。


「いやそんな大層な話ではないのだ。ただ『今日のお菓子作り』という本を探しているのだが、在処を知っていれば教えて欲しい」

「……またそれか」


 ワシは渋々、以前に口にしたのと同じ答えを教えてやる。

 彼女はそれで満足したらしく礼を告げると、颯爽と扉をくぐり去ってしまった。

 その欠片も未練がましくなさそうな後ろ姿が、ワシのプライドをすこし傷つける。


 はあ。贅沢は言わん。

 誰でもいいからこの魔導書の所有者になってくれないものだろうか。



「センダックさん」

「……なんじゃ貴様か」


 だが次の訪問者は望まれない人物だった。


 黒エプロンをつけた長髪めがねの青年。

 確かフジワラとかいうやつだ。

 こやつは好かん奴だ。

 男である以上に、才覚というものが欠片も備わっていない凡人以下の役立たずだからだ。

 だがそれでいて色々とでたらめな部分のある例外中の例外的存在であるのも気に食わない。

 

「何のようじゃ。ここには来るなと何度言えば――」

「うちの従業員や常連客が、書庫で怪しい老人に声をかけられた挙げ句、契約書に著名させられそうになったと聞き及びまして」

「言葉だけ聞くといかがわしい不審者に思えるのだが気のせいだろうか?」

「事実を述べただけなので、そう聞こえるようであればその通りではないでしょうか」


 胡散臭い笑みを浮かべながらまあベラベラと。

 温厚そうな性格の癖に、遠回しに詰ってくるその嫌らしいやり口は、彼の師とは似ていないようで似ていた。

 気に食わん。ああ気に食わん。


「大体、数千年向こうは自らの研究にじっくり腰をすえる予定だったのでは?」

「久しぶりに可愛いおなごと戯れて何が悪い」

「仮にも古き良き魔術師の末裔である貴方ですから、そんなすけべ爺みたいな発言は自重すべきだと思います」


 ひどいなおい。今度はえらくストレートだな。

 もう少し言葉を柔らかい毛布で包んでみたらどうだよ。


「あまりお痛いが過ぎるようだと、師匠に言いつけますけど?」


 それはいかん。それは実にけしからん行為だ。

 ワシは慌てた。


「アイネ・クライネ! あやつは駄目だ! あやつはとんでもなく粗暴な女なのだ。あやつの手元に戻ることだけは何としてでも阻止せねばならん!」


 思い返すのは六十年前の事だ。

 彼女はいつものように盗賊狩りに繰り出したあげく武器を忘れたと言ってワシを使って賊をぶん殴り始めたのだ。


 挙げ句、何をしくさったと思う?

 敵の剣を表紙で受けおったのだ。

 以来、ワシの美しい面表紙には大きな醜い瑕疵ができてしまった。


 だからあやつとは二度と行動を共にするつもりはないと決めた。

 美人だし、グラマラスだし、非凡な才能に満ちあふれた魅力的な女だったが仕方がない。

 一緒に入ればどんな災厄に見回れるとも限らないのだ。


「ああくわばらくわばら」

「というわけで愚痴なら僕が聞きますから、もう変なちょっかいかけないで下さいね?」

「いらんいらん男はいらん。だいたい、ここには女人以外は来れん仕様なはずなのに、毎回毎回どうやって入ってくるのだ?」

「秘密です」


 こいつワシの事を完全に馬鹿にしているだろう。

『賢者』に分からないことなどないのだぞ。本当だぞ?


「ではくれぐれもお願いします。でないと封印して倉庫に捨てちゃいますから」

「分かった分かった」


 ワシが手を振って追い払うと、フジワラは肩をすくめて扉へと戻っていった。


「……ああそうだ」

 だが何かを思い出したように、振り返り声をかけてくる。


 早くいけよと思ったが、勘の良いワシはすぐに気がつく。


「成る程。お前もワシに訊きたいことがあるのだな?」


 そしてその質問の内容すら手に取るように分かるぞ。

 これでもかつて『賢者』と呼ばれた男だ。すでに三度も同じ事があったのだ。


「『今日のお菓子作り』という本ならば――」

「いえ。それには及びません。彼女たちがクッキーを作ったので召し上がりませんかと言おうとしたのです」

「……頂こうか」


 ここに食べ物を持ち込むのは許せん話だったが、まあおなごの焼いたものであれば話は別だ。

 もらってやってもいい。

 フジワラからぶんどるように受け取ると、「二度と来るなよ」と釘を刺してから、元の世界へと帰らせる。


 それからワシは乾いた焼き菓子をかじった。


「……ふむビスケットとはこんな味だったか」


 食べるのは生れて初めてかもしれん。

 どうやら知識で得た情報と実際の体験には差異があるようだ。

 世の中にはワシでも知らないことが、まだまだあるらしい。

 

「では訪問者がくるまでの間、暫し味覚についての研究を課題としてみるとしようか」

 ワシは机に向かうと、読みかけの書物を開いて研究を続ける事にした。


 はあ、次こそ契約してくれる者が現れるといいのだがなあ……。



鑑別証『悟りの書(至高品)』

『汝、鳳凰の雌雛鳥に告ぐ、汝の血を捧げよーーさすれば世界はノッカーを鳴らせ、ノブを捻ろ、扉を開け、ガルガンチュアの門兵の如く』


賢者ワイズマン』センダックと言えば、その名を知らぬ者がいないほど有名な古き良き魔術師の末裔のひとりです。

 幼き頃から天才の名を欲しいままにし、象牙の塔であらゆる学問を修めた彼は、生涯の最期にその身を一冊の書物に変えました。

 これがその魔導書『悟りの書』です。


 この書を手にした者は万能の知が得られておりますが、所有するには二つの条件が必要であること言われております。 

 ひとつは女性であること。

 そしてもう一つは彼に見込まれる程の才覚の持ち主であること。

 真偽のほどは定かではありませんが、火の国の軍師として、或いは木馬の国の剣王として、或いは梢の国の宮廷魔導師として、実際に歴史に名を残した所有者たちは、例外なく書を手にする前より一芸に秀でており、また女性でもあったようです。


 さてこの書物はある時期を境に歴史の表舞台より姿を消しておりましたが、砂漠の国の小さなダークエルフの少女に拾われました。

 貧しい身の上だった彼女は、センダックを師として仰ぎ、生きていく為の術を身につけ、やがて小さな付与道具専門店の主人になったと言われております。

以上が『賢者ワイズマン』センダックの些細な日常の一幕である。

彼とアイネ・クライネとの冒険譚については機会があれば物語る事としよう。



迷宮都市のアンティークショップ』3巻、

ファミ通文庫様より好評発売中です。書き下ろしが2編ついています。

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