大きな瑕疵のある書物(未鑑定)①
「やあ『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。
……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」
ソアラは付与道具専門店『古き良き魔術師たちの時代』の書庫にいた。
整然と並ぶ書架に納められた背表紙を目で追いながら、目的のものを探していく。
正直、ここまで蔵書が多いとは思っていなかった。
ここにあるものはすべてフジワラの個人的な所有物だそうだ。
彼の鑑定に使われているだろう文献らしきものがその多くを占めていたが、ごくたまに恋愛小説を連想させる題も紛れていた。
『三流没落貴族の私がイケメン交易商人と駆け落ちした件について』『貧しい村娘が大富豪と付き合ってもいいんですか?』『修道院育ちの孤児が王子様と婚約しました』。
「……誰の趣味なんだろう」
まあいいか。
ふとそれとは別に目につくものがあった。
古びた革張りの分厚い書物。
背表紙の題はなく一目で探していたものでないことは分かる。
だが気になってつい手に取ってしまう。
面表紙には大きな一筋の疵。
そのせいで題らしき幾つかの文字が消えている。
何というかこれだけ他のものと雰囲気が違っているような気がして、ソアラは誘われるようについ頁を開いてしまっていた。
◆
「……あれここはどこ?」
ショートカットの少女が辺りを見回して、驚いている。
無理もない事ではある。
突然、見知らぬ場所に出てきてしまったのだから。
ここは魔導書のなかにある空間だ。
あちらにも書。こちらにも書。
無数の書物がそこらじゅうに散らかっている。
そして見上げても見上げ切れぬ程の堆く積まれた書物が壁となり天井となっていた。
そして彼女が床だと思って踏んでいるものもまた、開かれた巨大な書物の頁だ。
すぐ隣の頁には机や棚などの家具が並んでおり部屋のようになっている。
そこいるひとりの老人がいるこのワシ。
センダックである。
「やあお嬢さん、御機嫌よう」
「お爺さんは誰ですか?」
「ここは私のささやかな書斎だ。分かり易く説明をすると、君が開いた魔導書の内側だな。まあワシの事は魔導書の化身だと思ってくれてかまわない……」
「はあ」
「これも何かの縁。どうだろうワシと契約をしないかね? もし了解をいただけるなら、君の知らぬだろうあらゆる知識を授けよう」
「はあ」
彼女は困った顔で頭をかいている。
まだ事情が飲み込めていないようだった。
「例えば魔導の技に興味はないかな。君にならこの世の誰にも扱えぬような魔術を授けることができるだろう」
「おじいさんが教えてくれるんですか?」
「左様。ちなみに前所有者はワシを活用して、迷宮都市のダンジョンを地下二十階まで踏破したことがある」
「本当ですか!?」
彼女が思いの外、食いついてくる。
成る程。話題としては悪くなかったようだ。ではこの方面から攻めていく事にしよう。
だが彼女は、急に何かを思い出したように眉をしかめる。
「……でもそれって本の所有者になれってことですよね?」
「無論そうだとも。我々は片時も離れぬ相棒となるだろう」
「でも貴方はお店の持ち物でしょう? なら僕が勝手に持ち物にするわけにはいかないし、多分買ってあげる余裕もないと思うな」
「些細な問題だ。所有者になれば、金などという下らん価値観に左右されないだけの力を欲しいままにできるだろう」
「それって泥棒になっちゃうじゃないですか。ならお断りします」
「うむ……君は案外しっかりした子なのだな」
少女はいやあそれほどでもと、もじもじしている。
悪い子ではないようだが欲が足りないな。
「まあそれならば仕方あるまい。時間をとらせてすまなんだな」
「こちらこそ」
「ところでお嬢さん、お詫びにひとつだけどんな質問にも答えてしんぜよう何か知りたいことがないかな」
「本当に何でも分かるんですか?」
無論、何でもだとも。
かつて『賢者』と呼ばれたこのワシに知らぬ事はないのだ。
「じゃあ僕、ちょっと捜し物をしていて『今日のお菓子作り』って本がどこにあるか教えて下さい。ぜんぜん見つからなくて……」
「簡単だな。それならこの魔導書が挟まってる三つ上の棚にある。後ろにある扉から出たら探してみるが良い」
「ありがとうございます」
女の子は礼を言うと、あっさりとワシに背を向けて扉の向こう側へ行ってしまった。
そんな質問で良かったのかな。
ワシの知識を持ってすれば何でも教えてやれるのになあ……。
まあ彼女が良いなら良いけど、欲のない子だ。
……さて気を取り直して、別の訪問者に期待する事にしよう。
できれば次はワシの価値をもっと分かってくれてる人物が良いな。
◆
「……魔術? べつにいいかな」
次の訪問者は三つ編みの眼鏡っ子だった。
何というか突然、見知らぬ場所に連れてこられて、ふて腐れているようだ。
契約の話を提案しても、興味がないらしくすぐに断られてしまった。
「だってリンネ魔術、得意だし。自分で覚えた方が絶対楽しいもん」
「例えばお主が十年かかっても扱えぬ魔術を一年で使えるようにしてやれるぞ?」
「リンネ素質あるって言われてるから多分大丈夫だよ」
己の才能を一片も疑わぬ発言である。
昔のワシを見ているようで思わず懐かしくなった。
確かにこの少女には魔術の適性がありそうだったので、まあやってのけるかもしれん。
だがならば是非、所有者になって欲しいと思う。
故にワシは更に自分を売り込んでみる事にした。
「だがなお嬢ちゃん。君に今はなき古の魔術の数々を知る術はなかろう?」
「お祖母ちゃんたちが教えてくれるよ」
「いやいや。仮に君のお婆さん方が熟練の魔術師だったとしても、儂に比べたらおたまじゃくしに手足が生えたもの――」
「リンネ気分悪いからもう帰る」
「何故……!?」
「お祖母ちゃんたちは蛙じゃないもん。すごく偉い魔女だもん」
少女が頬を膨らましこちらを睨みつけてくる。
どうやら祖母を馬鹿にされたと思っているらしい。
うむ。失言だったかもしれん。
「…ワシは魔術以外にも詳しいぞ。未知の言語、未知の魔物、未知の付与道具、どんな難問にも即答できるだろう」
「それもお祖母ちゃんに聞けばすぐわかるんだけど」
お祖母ちゃん凄いな。
何者だよ。
「ど、どうだろう。ここはひとつ質問してみてくれんかな?」
あまりにも分が悪いので手を変えることにした。
実演してみせればワシの有能性を実感して、気が変わるかもしれないと思ったからだ。
「質問?」
「何でもいい。すぐに答えを出してしんぜよう」
「別に聞きたいことないけど」
「頼む。お願いします。この通り!」
「……じゃあまあ質問してあげるけど」
「おお」
ワシは何故、こんなにも必死になっているのだろう。
そして何故、こんなにも喜んでいるのだろう。
生前は『賢者』と呼ばれ、死後魔導書となった後は幾つもの歴史の分岐点を創り出してきたこのワシが、何故この娘っ子に頭を下げているのだろう。
「『今日のお菓子作り』って本を探しにきたんだけど、どこにあるか知ってる?」
「……そんな質問か」
「……分かんないんだ」
「いやいやいや勿論分かるとも。それなら君の後ろにある扉を抜けて、ワシの本の三つ上の棚にある」
「本当に?」
疑わしそうな視線を送ってくる。
信用ないなおい。
「そ、それよりも他に知りたいことはないのかね。もっと有意義で、かつ世界の真理に関わるような問いは?」
「別にないけど……もう戻ってもいい?」
もはや「はいどうぞ」と答えるしかなかった。
少女は『ありがとうございました』と言って丁寧にお辞儀をすると背後にある扉をくぐって元の世界へと戻ってしまう。
何というか敗北した気分だ。
……まあいい気を取り直そうではないか。
そして次回に訪問者にこそ期待しよう。
すいません。後半はまた明日です。
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