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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
断章
65/74

押しボタンがたくさんついた宝箱(未鑑定)

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」

『太陽を見上げる土竜』亭はいつものように喧騒で満ちている。

 あちこちで酒に浮かれた探索者たちがはしゃぎ、喋り、飲み食いし憩いのひと時を楽しんでいるようだ。


 いい気なものである。

 マルモだけはその様子を横目にただひとり仕事を続けていた。

 卓上で胡坐をかき、目の前のそれと向き合い、どう処理すべきかを考える。


 それは小さな箱だ。

 ダンジョンの探索中に、偶然見つけることができた宝箱である。

 手持ちの鍵開け道具ピッキングツールをきらしていたが為、持ち帰ってきてしまったもので宿題だった。

 これが終わるまでは大好きな麦酒エールもお預けだ。


 箱は一風変わった作りをしている。あちこちに押しボタンやダイアルなどが取り付けられていた。

 だがどれも触ってみた感触で何にも連結してない事が判明している。

 多分ブラフだろう。

 寧ろ、余計にいじると罠が発動するかもしれないので無視する。

 まずはシンプルに鍵を開ければいいだけ、と結論づけた。


「一体、何が入ってるんだろうな?」

「金貨がといいでござるな」

「それなら振った時の音でわかるだろ」

「隙間なくぎっちぎっちに詰まってるのかもでござる。ミント殿は何なら良いでござるか?」

「私は宝石かな。単価が高いもん」

「お前ら夢がねえな」

「でも拙者は金が欲しいでござる」

「私もお金欲しい」

「まあ俺も欲しいけどさ」

「ちょっと静かにするお。集中できないんだお」


 マルモは、背後でジョッキ片手に騒いでいる仲間たちを睨みつける。

 我慢して仕事をしているのだから邪魔しないで欲しかった。


「だから宿部屋でやればって言ったのに……」

「一人で残るのは嫌なんだとさ……」

「マルモ殿は寂しがりやでござるからなあ……」

 

 仲間たちのひそひそ話を無視して、作業を開始する。


 まずは耳の後ろに挟んでいた一本の細長い針金を取り出した。

 それを鍵穴に入れ弄りまわす。

 手応えから、構造を把握。さして難しい作りはしていないようだ。

 程なくしてカチッという音がして、解錠できた。


「……ふう。罠も含めてこれで片付いたお」

「よしでかした」

「何が入ってるんだろう」

「楽しみでござるな」


 いよいよお待ちかねの時である。

 仲間たちが上げる歓声に気づいて、いつの間にか他の客たちも集まってきていた。

 彼らも箱の中身に興味があるようだ。

「ここで開けるなって何遍言ったら分かるんだろうね」と突っ込みを入れてくる眼帯の女主人をギャザリングが宥めている。


「爆発させたら罰金だよ」

「石飛礫の罠だからそれはないお」

「こいつは音で、大抵の罠は見抜けるんです。大丈夫ですよ」

「へえあんたでも役に立つ事があんだね」

「もう失敬だお」


 正直、周りがうるさい。

 さっさと開けてしまう事にしよう。


 マルモは正面にいる見物人たちを左右に散らせると箱の背後に回り込んで、慎重にゆっくりと蓋を持ち上げる。

 これで万が一、石飛礫が発動しても壊れるのは酒場の部品程度だ。


 だが――のぞき込んで見ると中身は空っぽだった。

 隅々まで確認してみるが、金貨ひとつどころか塵ひとつ入っていない。


「うわー空っぽかよ」「ありえねえ」「たかろうと思ったのになあ」「せめて爆発させろよ」「解散解散」

 興味を失った観客たちが好き勝手なことを言って、自分の卓へと戻っていく。

 女主人も「次やったら追い出すからね」と釘を差して仕事に戻っていった。


「おだてるとすぐこれでござるよ」

「まったく期待したおれが愚かだったぜ」

「マルっちの馬鹿」

 仲間たちまで散々な物言いである。

 宝箱の中身まで保証できる盗賊がいるわけがない。


「もう飲んでやる。やけ酒だお!」

 怒りに任せて箱の蓋を閉じると、麦酒を注文する。

 苦労した末の報酬が、これではあまりではないか。

 とりあえず飲まねばやっていられない。


「なあ、この箱どうする?」

「こんな変な箱の売れないでしょ」

「いっそ拙者が斬り捨てようか」


 仲間たちが箱の処遇を肴に酒を飲んでいる。

 腹の虫がおさまらないマルモはそれに参加せず、そっぽを向いてちびちびと麦酒のジョッキに口をつけていた。

 頭のなかにあったのは違和感だ。

 先程、宝箱を開けた時にどういうわけか釈然としない物を感じていたのだが、それが何なのかいまいちはっきりしていなかった。


「……ん? ちょっと待つお」


 慌てて卓に上がると、ギャザリングの手から箱を取り上げる。

 彼が持ち上げた瞬間、何かおかしな音が聞こえたのだ。


「なんだよ?」

「……しっ」


 マルモは宝箱を軽く叩いて、耳をつけた。

 ……やはりだ。

 箱の中から先程までしていなかったはずの液体が揺れる音がする。

 隙間から嗅いでみると薬品の臭いもしてきた。

 恐らくは硫酸――酸の罠が仕掛けられているようだ。


「宝箱の中身が別の罠に切り替わっているお」


 おまけに箱の蓋が開かなくなっている。

 どうも施錠された状態に戻っているようだった。


 疑問符を浮かべる仲間たちを後目に、マルモは罠の解体を始める。

 この酸の罠は、箱を開けた瞬間に飛び出してくる仕掛けになっているようだ。

 ならばまずは解錠から行う必要があるだろう。


 あり得ない話だったが、鍵穴に針金を入れ確認してみると錠は別物だった。先程とは全く別の構造に変化している。

 難易度自体はそれ程高くなかったのですぐに解けた。


 問題はこれからだ。

 上蓋を慎重に少しずつ持ち上げて隙間を作ると、匙のような器具ツールを挿入して、奥の方にある酸の入った容器に取り付けられた仕掛けを解除していく。

 それから全てが完了すると、ゆっくり蓋を持ち上げて――。


「やっぱ何も入ってないお……」

「元々空だったじゃん」

「そんな筈はないんだお」


 確かにこの手には罠を外した手応えが残っている。


 マルモはそこでようやく違和感の正体に気づいた。

 箱の中は正真正銘、空っぽだったが、考えてみれればそれはありえない事だった。

 何故ならお宝がなかったとしても、罠の装置が残っていなければおかしいからだ。

 百歩譲って酸の罠の仕掛けがなかったとしても、何故、石飛礫の仕掛けまでもないのだろう。


「……そういえばその箱、『魔力感知』に反応してたよな?」

 腕組みをしたギャザリングが思い出したように呟いた。

 彼もただ事ではないと事態を感じ取ったらしく、すでに酔いが冷めた口調になっている。


「もしかすると転移の罠が張ってあったのかもな。それで中身だけがどこかに転移しちゃったなら、この現象に説明が付く」

「でもそりはおかしいお」

 マルモは異を唱える。

 辻褄の合いそうな話だが、納得のいかないことが二点ある。


「罠の仕掛けが転送しても、ネジ穴ひとつ見当たらないのはおかしいお。取り付けた痕跡すら消えるなんてありえない話だお。大体、それだと石飛礫の罠の後で、酸の罠が発生した理由は謎なままだお」

「……ふむ」

「なんというかその箱ちょっと気味が悪いでござるな」

「例えばこれはどうだ? 幻覚の罠が張ってあって、そういう幻覚を見ていた説」

「端から見ている限り失敗はしてござらんかったぞ」

「じゃあ集団催眠説」

「こじつけではござらんか?」

「そもそもマルモが真面目に仕事してる時点で正気じゃない気がするんだ」

「うむ、それなら一理あるでござる」


 紛れて戦士と侍が失礼な事を言っている。

 いいだろうこの喧嘩、受けて立とう。

 両手にジョッキを持ったまま二人に飛びかかろうとしたマルモは、急に襟を掴まれ「ぐえ……」と窒息する。


「ねえほら見てよ、これ」

「……どうしたんだお」

「改めて魔術感知してみたんだけどさ。魔力を帯びてるのは箱そのもの・・・・・みたいだよ」

 ミントが杖を振りかざしながらそう告げてくる。

 杖の先端を当てられた箱は確かにほんのりと青色を帯びて反応を示している。


「……つまりどういう事でござるか?」

「この宝箱自体が付与道具アンティークなんじゃない?」

「まじか」

「あ、なんかまた罠が発動したお」


 箱の上に座っていたら、再び奇妙な音が漏れていたのだ。

 近づき耳をつけて中身の様子を伺うと、カチカチと規則正しい物音がしてきた。

 また鍵穴からはうっすらと火薬の臭いが漂ってきている。

 何というか非常に厄介な予感がする。


「……多分、これ時限爆弾だお!」

「……まずいくないか」

「こんな面倒なアイテムは誰かに押しつけるに限るお」

「誰にだよ?」

「おり、こういうのが好きそうなひとに心当たりがあるお」

「「「あそこか!!」」」


 四人はとりあえず行きつけの付与道具専門店に向かうことにした。

 あそこにはどんなアイテムでも喜んで鑑定し、引き取ってくれる物好きな主人がいる。

 彼ならきっとこの厄介な箱を何とかしてくれるに違いなかった。



鑑別証『罠箱トラップボックス(高級品)』


『汝、罠師の使徒に告ぐ、その腕前を一度ひとたび捧げよ、さすれば世界は生み出せ、仕掛けよ、張り巡らせろ、ポプラトップの巣糸の如く』


 箱を閉じる度に、罠を生成し続ける奇妙な箱です。

 大昔、大盗賊団の女首領が創り出したもので、その用途は、裏切り者を拷問する為とも、部下の育成の為とも言われております。


 一昔前、師匠がこれを用いて、組合で駆け出しの盗賊職の養成訓練を行いよう提案したそうですが、けが人が続出し問題になった為、すぐに廃止になったようです。


 ※お客様へのお願い。

 当店への時限爆弾の罠のついた宝箱のお持ち込みは、他のお客様の御迷惑にもなりますので、固くお断りさせていただきますヽ(`h´)ノ

以上が、マルモの『付与道具専門店(アンティークショップ)爆破未遂』事件の経緯である。

彼の『罠がいっぱい』事件についてはまた別の機会に語られる事だろう。



迷宮都市のアンティークショップ』3巻、

ファミ通文庫様より好評発売中です。書き下ろしが2編ついています。

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