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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
断章
62/74

ぼろぼろになった地図(未鑑定)

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」

 買い物を済ませたソアラは『太陽を見上げる土竜』亭に立ち寄った。

 探索者達が集まる行きつけの酒場だ。

 店内を探すと、目当ての人物はすぐに見つかった。


 彼女は隅にある円卓で、何かの作業に没頭しているようだった。

 木片を定規代わりに、石炭で線を引いている。

 ぼろぼろの藁半紙に書かれた図面やメモ書きを、隣に広げた真新しい藁半紙に丁寧に書き移しているのだ。


 ソアラは、邪魔にならないように向かい側の席にそっと座って、暫くその様子を眺めていた。


「相変わらず綺麗な線を書くねえ」


 一区切りついたところで声をかけると、そこでようやく気づいたらしい。

 リンネが顔を上げ「えへへ」と恥ずかしそうに頭を掻いてみせる。


 相棒のリンネがしていたのは地図の清書だ。

 探索中では丁寧に書き込む余裕がなく、どうしても読み取りにくい部分ができてしまう地ので、改めて書き直していたのだ。


 リンネの地図作成技能マッピングスキルは非常に高い。

 姉が探索者をやっており、清書を散々手伝わされたので書き慣れているせいらしい。


『地図ってのは大事だぜ』

 そう師匠は言っていた。

『どれだけ腕利きが集まっても、自分たちがどこにいて、どこに向かってるのかが分からなけりゃ、ただの役立たずだ。ダンジョン探索の成果の半分くらいは地図作りにかかっているんだよ』


 ならば今ソアラたちの探索が順調なのは、間違いなくこの精度の高い地図を作製したリンネの功績という事だろう。


「ソアラちゃんねえ。ちょっとこれ見て」

 リンネが地図のある部分を指さした。


「ここね。清書したけどやっぱり怪しい」


 地図の右上の端には、地下四階を示す文字が書き込まれている。

 そこは『迷宮ラビリンス』と呼ばれている階層だ。

 厚い石壁に遮られた通路が延々と続き、分岐し、別の通路と繋がっているか、行き止まりになっている場所である。


 但しその名前とは裏腹に、地図さえできれば、道に迷う心配もないので攻略自体は比較的容易だ。


 リンネの指は、地図の真ん中の辺りに置かれている。

 そこは石壁で正方形に囲まれた空白地帯だった。


 こういう場所には例外なく扉が設けられており、内部が部屋になっている構造であるはずなのだが、ここに限ってはどこにも扉が存在していない。

 実際にここを通った時の事を思い出してみても、確かに何もなかった。


 こうして清書した地図で、改めて確認してみると確かに違和感がる。


「『隠し扉シークレットドア』があるかも」

 リンネがふんふんと意気込みながらそう言った。


『隠し扉』。

 それはダンジョンに存在する、一見したでは認識することのできない扉の事だ。

 ベテランの探索者たちの話では、地下四階には多数存在しているらしい。

 そして中にはかなりの確率で、宝箱や希少価値の高いドロップアイテムが置いてあるそうだ。

 ただ見つけるには勘の良さや、ちょっとしたコツが必要になるそうで、二人は未だに出くわしたことがない。


「どうやって見つけ出そうか?」

「素人じゃ見つけるのは結構、難しいって聞いた事があるよ」

「こうなると俄然、盗賊の仲間が欲しくなるね」

「うん。欲しい」


 だが、そうそう上手く仲間ができるわけでもない。

 ソアラたちはいつものように買い物ついでに顔馴染みの店に助言を求める事にした。



「……ふむ。『隠し扉』を見つける方法ですか」


 付与道具専門店アンティークショップ『古き良き魔術師たちの時代』の店主フジワラ。

 彼はいつものように眠たい顔をしながら、苦そうな珈琲を啜った後、腕組みをして考えるような仕草の後、いつものように切り出してくる。


「まず隠し扉には大まかにニ種類が存在するのは御存じでしょうか」


 ソアラは差し出されたカフェオレを啜りながら首を振った。


 彼は非常に知識が豊富だった。

 アイテムのことだけではなくダンジョンやモンスターについても熟練の探索者よりもよほど詳しい。

 おまけに駆け出しのソアラたちにも分かるように丁寧に説明してくれるので、聞いていてとても為になるのだ。

 リンネなどは隣でメモを取っていた。


「ひとつは仕掛けが施されている場合です」

 例えば石壁のどこかにある突起を押さないと出現しないもの、クローセットの中に隠れているもの、掛け軸や蔦によって隠されているもの等、幾つものパターンがあるようだ。


「それから、もうひとつは魔術によって隠蔽されている場合」

 これは『擬態カモフラージュ』『隠蔽ヒドゥン』『幻影ファンタズム』などの呪文によって、普通の人には発見できないようになっているものを指すようだ。


「前者は丹念に調べれば見つけることも可能ですが、同時に罠の解除技術や、解錠ロックピックなどの盗賊技術が必要になるでしょう。そして後者は『隠蔽破棄』などの魔術技能が不可欠になります」


 それを聞いてソアラは落胆する。

 二人とも盗賊技能など持っていなかったし、『隠蔽破棄』の魔術も習得していなかったからだ。


「先生、アイテムとかで何とかなりませんか?」

 リンネが手を挙げて質問をした。


「幾つか候補はあります。例えば『白日の下に晒す灯火マジックランプ』。これは隠し扉だけでなく不可視の敵などの正体を近寄るだけで暴くことができます。他にはこの『魔法の地図』。これを使えば周囲に存在するものを簡単に示してくれてるので、隠し扉がどこにあるのかも見破れるでしょう」

「先生」


 ソアラは手を挙げて、肝心の値段を尋ねてみる。

 返ってきた答えは、大方の予想通りどちらも高額だ。

 とても手が出せる代物ではなく、お宝を手にする前に破産しそうだった。


「アネモネ先生はどう思いますか?」

 フジワラは、それまで隣で黙って話を聞いていたアネモネに話を振った。

 彼女は名うての探索者だ。

 その助言には期待が持てそうだった。


「私はわざわざ隠し扉を見つけなくてもいいんじゃないかと思うぞ」

「……といいますと?」

「怪しげな場所を見つけたらもっと安上がりなアイテムで片づければいいんだ」


 彼女は「ちょっとまっているんだ」と言って、事務所兼作業場に何かを取りに行き、戻ってくる。


「紹介しよう。これがその名も開拓者一号だ」


 アネモネが「じゃん」と取り出して見せたのは鳥の嘴のような形状の工具だった。

 使い古された品だが手入れが行き届いているというのが見て分かる。高度


「それただの鶴嘴つるはしですよね?」

「そう呼ぶ人もいるかもしれない。だが私は開拓者一号と呼んでいる。これはどんな壁でも粉々に破壊することができるすごいアイテムだ。隠し部屋を掘り当てるのにも使えるし、近道を作ることだってできるんだぞ」


「却下ですね」「却下です」「却下」

 三人の声が合わせてもいないのに揃った。


「何を言う。地下四階の壁だろう。あのあたりはまだ壁が脆くて薄いんだぞ。だからちょっと掘るだけで壊れるんだ。ダンジョンの地質は下に進めば進むほど硬度が上がるんだ。地下十階なんかは壁も地面もカチカチなんだぞ」

「あの……何故そんなに詳しいんですか?」

単独ソロ時代は、野営ができなかったからだ。代わりに穴を掘って仮眠をとっていた」

「……冬眠中のクマですか。前にも言ったかもしれませんがそんなことができるのはアネモネさんくらいですよ」

「むう本当に便利なのに」


 アネモネは不満そうに頬を膨らませたが、地下四階の壁だって相当分厚そうだ。

 ソアラたちにはとても真似できそうにない。

 でもだからといって他にいい手があるわけでもなく二人は互いに顔を見合わせて考えた。

 そして――。



 数日後。

 地下四階の目的の場所で、二人は呆然と立ち尽くしていた。


 目の前には山のような瓦礫。

 そして大方の予想通り、壊れた壁のその向こう側には小さな隠し部屋が存在していた。

 暗がりの奥には台座のようなものがあり、そこに小さな箱が乗っているのが見える。

 多分お宝だろう。

 地下四階といえど、こういう場所にある宝箱には希少な道具が入っていると相場が決まっている。

 だがまさか自分たちがそれを手にする機会が得られるとは思わなかった。


 ただ何よりも二人が感慨深く思っていたのは、ダンジョンの壁を壊すという偉業が達成できてしまった事だった。


 つまりアネモネの言っていたことは強ち間違いではなかったのである。


 殆ど半日がかりだったし、手の皮は破けるし、腕はしびれるし、肩は痛かったが、何とか自分たちの力で破壊することができた。

 ふたりは手にしている道具を見つめ、改めてその威力を噛みしめる。

 顔を合わせ綻ばせる。


「鶴嘴ヤバい!」

「鶴嘴ヤバいね!」


 以後、彼女たちにとっての必需品となったのは言うまでもない。



『お手製の地図(非売品)』


 この迷宮都市の地下にあるダンジョンは非常に広大です。

 島の殆ど全域に広がっていると言われ、何日がかりで歩いても歩ききれない程。

 故に、自ら歩いた道のりを線で表し、その経路に何があるかを印し、時には何が起きたかを記してく作業――地図作成マッピングは探索者にとって欠かす事ができません。


 そして出来上がった地図を手掛かりに再びダンジョンに潜れば、あら不思議。

 それは発見済みの罠を回避し、恐ろしいモンスターの巣窟を迂回し、取り逃したアイテムを回収し、未開拓地に踏み入れ、安全に迷うことなく地上へ帰還することに役立ってくれます。


 そうやって何度も探索を繰り返し、版図を広げていくうちに貴方は自分だけの地図を手に入れることになるでしょう。

 それは掛け替えのない商売道具であり、とても強い思い入れの籠もった思い出の品でもあり、探索者の魂そのものであると言って差し支えのないものになるはず。


 さて余録となりますが地図に関連した付与道具をふたつご紹介しましょう。


まずは『魔法の地図(粗悪品/一日一回)』

 この地図は、周辺にある地形や配置されたものなどをお、平面図として浮かび上がらせることができる付与道具です。

 使うことで正確な地形の把握をしたり、隠し部屋や、階段、落とし穴の罠などを見つけだしたりする事が可能になるでしょう。

 但し、この品の場合、一日経たないと図面が消えません。

 ここぞという時のものとして有効活用しましょう。


 そして『略奪の地図(粗悪品)』

 こちらは『魔法の地図』の上位互換とも言える付与道具です。

 なんと周囲の生命力に感応することができ生物の動きまでもを図面として把握することができるのです。

 但し動く石像ガーゴイル自動人形ゴーレムなどの無機物、不死者アンデッドの動きは捉えることができませんのでご注意を。



「……むう店長。なんで私の開拓者一号を紹介しないんだ」

「それはまた今度にしましょう(にっこり)。ところで後学の為にお尋ねしますけど二号も存在するんですか?」

「勿論あるとも。開拓者二号はこれだ」

「……」

「別名、破城槌という」

「うん。そっちが正式名称ですね(束ねた丸太をひとりで担げる人を初めて見ました……)」


以上が、ソアラとリンネが開拓者一号を手にした経緯である。

彼女たちが開拓者二号を手にする機会は……おそらくはないと思われる。

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