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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
断章
61/74

いぶし銀の腕輪(未鑑定)②

 …………。

 ……。

 視界が薄ぼんやりとしていた。


 何かがこちらをのぞき込んでいるのが分かる。

 それが次第にはっきりしていくと見知った顔だと判別がついた――仲間たちだ。

 どうやら戻ってきてしまったらしい。


「ギャザリングおはよう」

「気づいたでござるか?」

「……おう」


 ギャザリングはぼんやりと返事をする。


 未だはっきりとしない頭を振り、記憶を辿る。

 確か探索中に大鬼に遭遇したのだ。

 それも三体。

 とてもじゃないがまともに戦って勝てる相手ではなかったので、仲間を逃がすことにしたところまでは覚えている。


「何ともないでござるか?」

「血が付いてるんだお?」

「ああ。これは返り血だけだな。怪我はしてないみたいだ」


 侍の伊右衛門が、無事で何よりだったと何度も頷いてくる。

 盗賊のマルモも泣きそうな顔で、ほっと胸をなで下ろしていた。


 そう。それからとっておきの――『狂戦士の腕輪』を使ってみたのだ。

 だがまさか自分一人ですべてを倒しきれるとは思わなかった。

 思っていた以上に役に立つ付与道具だったようだ。


 周りを見れば、滅茶苦茶な状態の大鬼の死骸と、石壁や床のあちこちにも破壊の爪痕が残っている。


「……?」


 そういえば一人足りないと思い、探してみると魔術師のミントは少し離れたところで背を向けている。

 何故か肩を震わせているようだ。


「ではギャザリング、とりあえずそこに正座するでござる」

「何でだよ?」

「いいから正座でござる」


 伊右衛門が彼女のことをちらりと気にした後、そう告げてくる。

 すこし棘のある声だった。

 だから渋々だが従う事にする。

 膝を折りそろえ、言う通りに極東式のやり方で座ってみせた。


「まず言いたいことがある。確かに、拙者たちは絶体絶命のピンチだった、そしてお主のおかげで助かった。それは事実だ。だがもう二度とあんな真似はするな」


 伊右衛門は普段はののほほんとしている日和見好きだ。

 大抵の面倒事は笑ってごまかしやり過ごすような適当主義な男である。

 そんな彼が珍しく怒っているのが分かった。


「たまたま命が助かったからいい。だがそんな風に……お主を犠牲にして助かっても、拙者たちは嬉しくないでござる」

「そうだお。ギャザリングが死んだら、おりらの人生に禍根が残って生きにくくなるお。どうせ死ぬなら気づかないところでやって欲しいお」


 マルモが半分茶化すようにそんな事を言ってきた。

 その言い分は何というか身も蓋もない上に、理不尽だったが、言外に自分の身を案じてくれているのが分かった。


「あと狂戦士とかすげー迷惑な」

「うむ。あれは非常に危なかったでござる」

「何でだよ?」

「覚えてないのかもしれぬが、お主、大鬼倒した後、我々まで襲いかかってきたでござるぞ」

「まじか……!」


 そう言えば戦っていた時の記憶があまりない。

『狂戦士の腕輪』を使ってハイになって、笑いながら大鬼を斬り伏せたあたりからだんだん怪しくなっていって後半はすっぽり抜けていた。


 もし目覚めたとき周りに仲間の死体があった可能性について考えて、思わずぞっとする。


「全く、おりが体を張って食い止めてなかったら今頃、大惨事だったお?」

「何を言う。拙者が峰打ちに処したから助かったのでござるぞ」

「もう二人共嘘つかないでよね!」


 それまで会話に入ってこなかったミントがつかつかこっちにやってきて、マルモと伊右衛門の間に割って入った。


「私が魔術で眠らせたんでしょ!」

「おお、そうだったお!」

「そうでござったな!」


 マルモと伊右衛門が、調子よく手のひらを返した。

 それで少しだけ雰囲気が和らいだ。

 

「おいこの糞主導者くそリーダー!」

 だが目元を赤く腫らしたミントはがすぐにこちらに詰め寄ってくる。

 胸ぐらをつかまれ、凄まれた。


「これだけは言っておく。今度、何かあった時は全員で逃げる。もしくは、全員で戦う。分かったな?」

「……」

「……返事は?」

「はい……すんません」


 おれは過ちを認めて、三人に頭を下げる事にした。

 だがその後もミントの説教が続き、足がしびれて動けなくなっていた頃にようやく解放される。

 

「じゃあ今回だけ多めに見てあげる」

「駄目主導者だから特別なんだお」

「全くろくでもない主導者でござる」


 仲間たちのひどい言いぐさに苦笑しながら、彼らの手を借りて立ち上がる。

 足だけでなく身体の節々が痛んだ。

 『狂戦士の腕輪』の効果はおそらく使用者の身体能力を限界まで引き出すものなのだろう。


 ギャザリングは、仲間たちと岐路を辿りながら、心の中で亡き親友に語りかけた。


 なあマーヴェル。

 おれは、お前みたいになろうとしてた。

 でも、おれは勇敢じゃないし強くもないからとてもなれそうにない。

 おまけに周りの連中もそうさせてくれる気がないみたいなんだ。

 でも、今はそれでもいいんじゃないかとも思ってる。


「……?」

 ギャザリングはふと手元を見る。

 そこにあるはずの腕輪がいつの間にか無くなっている事に気づいた。


 もしかしたら自分の身を案じた仲間が外したのだろうか。

 或いは戦いの最中に壊れて、どこかの落としたのかもしれない。


 だが何となく、死んだ友人が『おまえには必要ない』と言っているような気がして、ギャザリングはもうそれ以上、探そうとは思わなかった。



 鑑別証『狂戦士ベルセルクの腕輪(呪われている!)』


『汝、悔恨の戦士に告ぐ、かいなより溢れる恐怖、悲哀、理性を捧げよ――さすれば世界は溢れんばかりの怒りを与えよ、怒り、狂い、踊りあかせ、ミクリヨの果てのごとく』


 怒れる精霊ヒューリィを象ったこの腕輪を一度使用すれば、貴方は己の理性と引き替えに、抱えきれない程の怒りによる喜びを手にした上、その身体能力を最大限まで高める事ができるでしょう。


 但しその力は己自身では抑制できないもので、運が悪ければ(あるいは良ければ)その効果は周囲のすべてを破壊し尽くした後、自らの命まで引き換えにすることになるでしょう。


 稀にこの腕輪をコントロールできる者もいるようですが、非常に危険な付与道具であり取り扱い等は禁じられております。

以上が、ギャザリングと『狂戦士の腕輪』の経緯である。

彼がこの付与道具を使いこなせるようになるのはもうすこし先の話だ。

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