屍者のオルゴール(未鑑定)④
「やあどうも」
「おやおや驚いた。僕のことが視えるみたいだね?」
フジワラが虚空を見上げ、挨拶をすると存在しないはずのカリギュラの声が返ってくる。
どうやら彼にはあの道化師の姿が見えるようだ。
二人は会話を始めた。
「ここにとても危険な付与道具があると聞いてやってきました」
「素敵な玩具ならあるよう?」
「相応の謝礼はするので、渡してくれませんか?」
「別に構わないけどお」
「本当ですか?」
「いいよう。但し、ここにいる屍者たちと遊んでくれたらねええ」
二階の廊下から降ってくる餓沙髑髏。
床を破壊しながら着地。目の前にいるフジワラに向けて問答無用で拳を振りかざしてくる。
予想通りの展開だ。
フジワラはすでに聖域から外へと出ている。攻撃を防ぐ手立てがない以上、どうにかして避けなければ間違いなく死ぬはずだが、彼はその場から動こうともしない。
「……」
それはまるで握手でもするような仕草。
そっと右手だけを差し出しただけ。
彼はただそれだけの動作で、見上げる程大きな化け物が床を踏みしめ、全力で繰り出してきたその攻撃を阻止してしまう。
「遊んであげればいいんですね?」
フジワラはそう言うと、その場から姿をかき消す。
どう動けばそうなるのかは分からない。イゴールの鍛え抜かれた動体視力を使っても初歩すら捉える事ができない速度で移動したらしい。
彼は力のやり場を失ってぐらりと体勢を崩しかけた餓沙髑髏の右肩に出現し、間接を撫でるように触れる。激しく亀裂が入り、上腕骨があっさりと外れた。
餓沙髑髏が前のめりに転倒しながら、左手を伸ばし掴もうとしたが、また音もなく消失。
餓沙髑髏の腰骨の上に現れ、また撫でるようにして骨盤と左大腿骨の間の関節を破壊して去っていく。
次々に部位を破壊されて、崩壊していく餓沙髑髏。
「あの動きは何だ……?」
イゴールはただただ呆然としながら目の前で起きている出来事を傍観していた。
もし彼が腕の立つ魔術師が、無詠唱で短距離転移を使えばあのように神出鬼没が可能だろう。
また彼が蜥蜴人程の身体能力があれば、あの化け物とも素手でやりあえるのかもしれない。
だが彼はただの鑑定士だ。
なのに何故、あんな真似ができるのか。
このダンジョンのなかでも最上位に位置するモンスターであるはずの餓沙髑髏がまるで赤子扱いだった。
やがて巨大な骨の化け物はすべての骨格が力を失ったようにがらんがらんと完全に瓦解。その場に立っているのはフジワラだけとなる。
「……ふむふむ。なるほどねええ」
どこからともなくカリギュラの何かを納得したという声。
「君のそれは『巨人の籠手』と『七里の靴』だろう?」
「……よく御存知ですね」
フジワラが迷惑そうな顔で視線をさまよわせている。どうやら道化は彼の周囲を飛び回っているらしい。
「それから身体の至る場所に、付与道具を身につけているようだね。ふむふむ、よくもまあそれだけ稀少な玩具ばかりを取り揃えたものだよねええ」
フジワラの強さは、付与道具が関係しているらしい。
言われてみれば彼は、奇妙な服装をしている。
右腕にのみ纏った不釣り合いに大きな籠手や、流線型の長靴だけではない。
全ての指には指輪がはめられており、それ以外にも首輪、腕輪、足輪など過剰とも言えるほどの装飾品で身を固めていた。
「でも。僕の餓沙髑髏もああ見えて、結構稀少種なんだよねえ。造るのにもかなり大変だったし、費用も骸骨千体はかかったんだ。関節を壊したくらいじゃ壊れたりしないくらいには丈夫にできてるんだあ」
イゴールの声はどこまでも落ち着いている。自慢の手駒を一方的に壊されたわりに怒りや焦りは微塵も伺えず、楽しげな様子だ。
「だから、もうちょい遊んであげてねええ?」
ばらばらに崩れていた骨が目に見える形で、魔力を帯び、動き始める。
宙に浮き、さまよいながら集まり、接合。がしゃん、がしゃんと音を立て元の骨格へと復元していく。
餓沙髑髏は厄介な相手だ。
蓄えられた骨を一本残らず破壊するまで、動き続けるという特性を持つアンデッドモンスターであるが故に、退治には根気と労力が必要になる。
同時に、それまで奥で控えていた紅い餓沙髑髏が動き出した。
餓沙髑髏が復元するまでの時間稼ぎとして、加勢に出てくるのかと思った。
がしゃん!
だが予想外の行動にでる。
元の姿に戻りかけていた餓沙髑髏を殴って破壊した後、這い蹲って床に散らばった骨で何かを始める。ぼり……ぼり……ごくり……。顎で噛み砕いている音。どのようにして身体に取り込むつもりなのかは謎たが、どうやら貪っているらしい。
「あらあらあらあらあら紅い餓沙髑髏ちゃん。いけない子でちゅねえ。お友達を食べちゃ駄目でちゅよう? わかってまちゅかあ?」
カリギュラの子供をあやすような声。
だがどこか面白がっている風でもある。
紅い餓沙髑髏も構わずに食事を続けている。
フジワラも困った顔をしながらその様子を見ている。
出鼻をくじかれたというか肩透かしを食らったというか。どう攻めあぐねるべきか戸惑っているらしい。
「じゃあー……まあー……いいか」
紅い餓沙髑髏が顔も上げずに、右腕だけを乱暴に振るった。
それはまるで近くを飛んでいる蝿を追うような動作だった。攻撃としてはどうみてもおざなりで、そもそも距離が足りない。
だが腕は急に伸張し、更に蛇のようにうねりを見せながら速度を増して、フジワラに襲いかかった。
フジワラは慌てない。
まるで読んでいたかのように、難なく右腕の籠手でたたき落とした。
紅い餓沙髑髏は食事を続けたまま、すでに残りの左腕も振るった。骨自体がただ伸びているのではない。腕の関節と骨の数が継ぎ足されているようだ。
鞭のようにしならせながら襲い掛かってくるそれを、フジワラは再び篭手で対処。
「……!」
攻撃を防ぎぎったものの耐久度の限界を迎えたらしい。籠手はそこでバラバラになり砕け散てしまう。
紅い餓沙髑髏の攻撃は更に続いた。
伸びきったそれぞれの腕が一端、収縮。今度は両腕をいっぺんに振るう。
払いのける術を失ったはずのフジワラだが、その場を動こうとせず、腰巻き鞄から何かを取り出そうとしている。接触する寸でのところで転移して回避。すぐに近くの別の場所に姿を現す。
両腕は、その動きを読んでいた。関節を増やし直角に曲がり、追跡。再びフジワラが転移する間を与えずにフジワラに噛みついた。
直撃。鑑定士の身体が貫かれる。だが姿はまるで水面に映った像のように滲んで、透けて、消えてしまう。
転移ではなく、幻術の魔術だ。
「『幻影の外套』です」
別の場所に出現した彼は、何事もなかったかのように、先程取り出した道具をそっと床に置いた。
それは天秤だ。
支点分が丁度人型の彫像になっており、天秤棒を担いだようになっている。
だが一見して壊れている。何故ならおもりを乗せてないにも関わらず皿がひどく傾いていた。
「『愚者の天秤』」
ずん。
紅い餓沙髑髏の伸びきった腕が、急に重みをましたようになる地面に墜落。床にめり込み、まるで体重の何倍もの付加がかかったようにそのまま動かなくなる。
付近にいたアンデッドモンスター達もまた急に足を止めた。
背に重石を背負わされたかの如く、踏ん張るような体勢になって身体を軋ませる。
まるで重力の魔術を使ったかのような現象によって、次々と敵は膝を突き、床にへたばり、潰れていく。
「へえ……なかなか面白い玩具だねえ……。朱餓沙髑髏の動きを鈍らせるなんて相当稀少だと思うよ」
朱餓沙髑髏もまた、腕だけではなくその身体に負荷を受けている。
這い蹲った状態から、何とか立ち上がろうと苦心している様子だ。
ぎこちない動作で顔を上げる。
その口の端に漂わせている、おどろおどろしい黒煙。
「それじゃあ毒之五月雨んんん」
朱餓沙髑髏が吐き出した煙が、一気に吹き上げていく。
その性質ゆえか負荷を受ける様子はなくもうもうとあたりに立ち込め、雨のようなものを降らしながら、広場全体の空気を汚染しようとしていく。
「『永久凍土の剣』」
フジワラが手元に細剣を出現させ、そのまま地面に突き立てた。
次の瞬間、部屋が一気に冷え込む。
発生していた煙が端から凍りついていき、フジワラの元に到達する直前で砕け散る。
更に床に霜が下り、急成長を始め水晶のようになり、周囲にいたアンデッドモンスターを足から次第に氷漬けにして、身動きを封じていく。
「成る程ねえ。なかなか強力な氷結能力の付与道具のようだ」
だが紅い餓沙髑髏だけは効果がないようだった。
足下の霜を強引に引き剥がし、未だ続いている重力の負荷に苛まれつつも、ずんと一歩前に踏み出してくる。
「ならば」
フジワラは腰巻き鞄から新たな付与道具を取り出す。
それは分厚く大きな書物だった。




