屍者のオルゴール(未鑑定)①
「おや『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしあんたが探索者で、ダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムがあったらここに持ってくればいい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定してやろう。
……まあだが今日のところは面倒なので弟子に任せるとしよう。
たぶんあんたの手にあるそのアイテムも付与道具のはずだ」
※書籍化にあたってモラウ公の名称→カリギュラ公に改変しました。
フジワラは地下十階へ向かう昇降機のなかで悶々としていた。
乗り込む直前、受けた知らせのせいだ。
それは探索者達が遠征軍を殲滅したという嬉しい報せ。だがそのことで俄然、友人の安否が気になってしまっていた。
「出かける前に霊薬を十本程渡しておいたから多分大丈夫なはず……。でももう何本か持たせるべきだったかも……。多分、あの人のことだからすぐに使い果たすし……。無茶はしないようにと念は押したけど、また向こう見ずな戦い方をしているはず……。大きな怪我とかしてないと良いけど……。いや、もしかしたら……。いやいや大丈夫大丈夫。岩に潰されても死なない強靭で図太い人だから……ぶつぶつ」
だが何故、自分がこんなにも彼女のことを心配しないといけないのだろう。
「鑑定士殿」
背後から声が届く。
振り返ると、そこににこやかに微笑みを浮かべた初老の男。物腰柔らかそうではあるが隙のない佇まい、そしてダンジョンを訪れるには余りにも場違いな燕尾服という装いの人物――イゴールだ。
「ははは。いやあ、すいませんイゴールさん。ちょっと考え事をしていました」
「ふむ。どうか御安心下さい。ダンジョンは我々、御庭番衆にとって庭のようなもの。貴方はただ貴方の役目に徹してくれればいい」
彼は、フジワラの落ち着かなさを、ダンジョンに入ることを臆しているのだ勘違いしたのだろう。まあ久しぶりなので、怖くないと言えば嘘にはなるので訂正はしない。
それにしてもと思う。
彼らの存在を忘れていた。それは彼らがあまりにも気配を消し過ぎなせいもある。
イゴールの背後には、片膝をつき控える黒装束が総勢十名。
その存在は耳にしていたが、フジワラは彼らを実際に目にするのは初めてだ。彼らは御庭番衆。迷宮都市を統べる魔女直属の諜報機関だ。
「ええ。宜しくお願いします」
フジワラはにっこりと笑みを浮かべ、頷いて見せた。
◆
地下十四階までの道程はあっという間だった。
事前に百鬼夜行が開拓した最短の道筋をなぞったからというのもあったが、何よりお庭番衆の活躍が凄まじかったせいだ。
彼らのおかげでモンスターと遭遇しても一瞬で片がついてしまう。
忍者特有の技能ーー修練を積むことで手に入れたという真剣に等しいほどの切れ味の手刀でもって、彼らが黙々と敵の首を跳ね跳ばす光景は圧巻だ。
利き腕を血塗れにしながら「拙者、斬れがいまいちかも」「叫び声変えてみればいいかも」「AIEEEとか?」「WRYYYYのが良くね?」「ABABABAはどう?」などと楽しげに呟いている。正直怖い。
さすがは上忍と呼ばれる選りすぐりの忍者によってのみ構成される組織だ。彼らが護衛についてくれるおかげでフジワラは鑑定作業だけに徹することができそうだった。
◆
到着した地下十四階――『古戦場』は相変わらずの殺風景っぷりだ。
『遠視の水晶玉』からの情報通り、すでに遠征軍の姿は影も形もない。たまに怨霊がふらついているのを見かけたがその程度だ。
しかし探索者たちは未だこの地に留まっている。
遠征軍との闘いで疲弊しきったまま、暫くこの地で遺品の調査を続けてくれたからだ。だが捜索は難航。これ以上、この場に残り続けると帰還に支障がでるという大本営の判断の元、ようやく地上に戻れる事になったのだ。
現在は、一カ所に集まって野営地の撤去作業や、地上へと戻る為の身支度をしている。
「あの人のことだから、どこかでぽつんとしてるはず」
それらしい場所を当たってみるが見つからない。
野営地の外れなどを重点的に探してみたがいない。
もしかしたら……と湧いてきた嫌な予感を頭を振って打ち消す。
「先に地上に戻ったのかも。集団行動のできない人だからなあ。周りの空気を読めない可哀想な人だからなあ……あっ」
それらしい人物がいた。
見間違いではないだろう。無骨な甲冑を身にまとっており、尚且つ兜をしている、金色の髪の少女。怪我をしているようだが思ったよりも元気そうだ。
しかも驚いたことに見慣れない探索者達と行動を共に食事をしながら、楽しげに会話をしている。どうやら彼女に仲間ができたようだ。
あの楽しげな様子から察するに、兄の件もきちんと解決できたのだろう。
手伝えに間に合えなかったという申し訳ないという気持ちがあったが、何より彼女が無事でいてきいれて良かったと思った。
「……あんな風に笑える人なんですね」
少し迷ったがフジワラはあえて声をかけないことにした。今は無事が確認できれば十分だ。
「お疲れさまでしたアネモネさん」
遠くから小声で声をかける。
すると驚いたことに彼女が何かを頬張ったまま、急にきょろきょろ辺りを見回し始めた。そして訝しげにこちらをじーっと睨んでくる。
どうもこちらの声が聞こえたらしい。
フジワラは慌てて、その場を離れる事にいした。幸い、外套を被っているせいで向こうは、フジワラだと気づいてないようだ。何も逃げなくても良かったのだが、つい反射的にそうしてしまう。
いやはやまったく何という地獄耳だろう。
「……ふう」
どうやら追いかけてはこないようだ。
さてアネモネの無事を確認してひと安心できたところで、気持ちを切り替える。
彼女はなすべきこをとした。
ならば自分もなすべきことをしなくてはいけない。取り敢えず『百鬼夜行』に蹴りをつけよう。彼女の土産話を聞くのは、地上に戻ってからでもいいだろう
◆
そう。『百鬼夜行』は決して終わっていないのだ。
ダンジョンでは未だに死者がよみがえり亡者と化す現象が続いている。討伐隊のおかげで遠征軍は倒すことはできたが根本的な問題が解決していない。
すべての原因を作っている『屍者のオルゴール』。これを探し出し、その効果を停止させないことには事態は収束しないのだ。
ただこれだけ探して見つからないとなると、最悪のケースが考えられる。
それは所有者ごと転移の罠や落とし穴にはまり、深淵まで潜ってしまうパターンだ。そうなれば回収は実質不可能。この百鬼夜行は延々に続く事になる。
だが探索者たちとの引き継ぎを終えたイゴールが、新しい情報を持ってきてくれた。それは『屍者のオルゴール』の在り処に関するものだ。
「こちらです」
そう言って、差し出してきたのはずいぶんと汚れた手帳。
革の装丁が黒ずんで汚れており、ベージの縁が固くよれている。ずいぶんと前に、血で汚れた跡だ。
中を確認してみる。
どうやらカリギュラ公爵の配下が綴った手記のようだ。
そこには遠征軍によるダンジョン攻略の進捗や、公爵の活躍を讃える言葉などが綴られている。
読み飛ばしていくと終盤、『屍者のオルゴール』をめぐる事件を発端に、騎士団、探索者と仲違いした事が分かる。そして公爵は親しい部下だけを率いて、地下十五階へと向かう為、『古城』に入り、数々の罠にはまり全滅しかけたようだ。
記述は遠征軍に参加したことを後悔する言葉が綴られて終わっている。多分、書き手はこの後すぐに死んだのだろう。
「オルゴールは古城にある可能性が高いようです」
イゴールの言葉に、フジワラは同意して頷いた。
だがひとつ腑に落ちないことがある。
「これはどこで手に入れたものですか?」
「探索者が、この『古戦場』で見つけたそうです」
「拾ったと?」
記述から考えれば、手帳は『古城』のなかにあるのが自然だ。なのに何故違う場所で発見されたのか。一体どういった経緯でここまで持ちだされたのかが気になった。
イゴールは言うべきかを躊躇うような表情をしていたが、やがて口を開いた。
「幽騎が所持していたそうです。奇妙なことに群れから外れ、ただ一体で立っていたそうです。そして襲いかかってくる素振りも見せず、ただ古城を指さしていたとか……」
「……」
確かにそれは奇妙な話だ。
古城を示すという不可解な行動もそうだが、襲いかかってこない幽騎というのも変だ。アンデッドモンスターは常に、生命に対して強い憎悪を持つ。人を襲わずにはいえられないない存在なのだ。
推測だが、死者を操ることのできる何者かによる伝言のようにも思えた。
「罠だと思いますか?」
イゴールはその問いに答えない。
ただ首元に下げていた金属版を仕込んだ布を解いて、額に巻いた。それは額当てと呼ばれる忍者がよく使用している道具だ。灰銀鉱製の板には魔女を示す三本足の鴉――八咫烏の紋章が刻まれている。
「何れにせよ進展はありました。我々は成すべき事をするだけです」
確かに彼の言うとおりだ。
何が待ちかまえているにしろ進むべき道ははっきりした。闇雲に見つからないものを探しているよりは気持ちは楽だった。
◆
古城は、『古戦場』の果て、徒歩で半日もかからない距離にある。
高い外郭壁に囲われた城塞で、当たり前の話だが、内部に人は存在しない。住人は、灰狼、さまよえる甲冑、呪われし金貨、何れにせよモンスターばかりで、おまけに至る場所に罠が仕掛けられている。探索者からは伏魔殿の名前で恐れられている難所のひとつだ。
ここを経由しなければ、地下十五階にはたどり着くことができない。手帳の記述から考えても、カリギュラ公爵は地下牢で全滅したものと考えるべきだろう。『死者のオルゴール』が未だに残っているのだとすればそこだった。
「ふむ。これ以上は進まないで下さい」
遠目に外郭壁が見えてきたありで、イゴールが止まれの指示を出してくる。そして手を遠見鏡のようにして古城の様子を観察し始める。
「見張りがいるようです」
多分この距離からでは肉眼で確認できないと思ったのだろう状況を、事細かに説明してくれる。
確かに、外郭壁に建てられたら見張り櫓に人影がある。弓を持った幽騎だ。傍には投石機らしきものも用意されている。近づけば容赦なく攻撃してくるだろう。
「本来あの古城には見張りなど存在しません。自分の記憶ある古城の様子とは明らかに違っています。外敵を警戒しているという事はつまり、守護すべき何かがあるという
「つまり何者かが待っていると?」
フジワラは探索者の間で囁かれていた、『百鬼夜行』を操る黒幕の噂について思い出す。冗談半分に聞いていた話だつたが、にわかに現実味を帯びてくる。
「何かあるとすれば最奥部ーー天守でしょう。ただ正攻法で行くと、外郭の門を抜け二の丸に入り、更に本丸の中庭を抜け城門をくぐる必要があります」
「あの手帳が、招待状であるのなら、相手はそれなりの準備をしているでしょうね」
例えば、それは遠征軍の比ではない程の軍勢であるとかだ。もし、あの内部で待機しているのが、それだけの相手だとすれば、今の戦力ではあまりのも分が悪い。
幾らお庭番衆が精鋭ぞろいとは言え、対抗できる人数ではない。
「時に鑑定士殿」
「はあ?」
「貴君はあの外郭壁を登攀できますか?」
「あの絶壁をですか?」
「左様です」
フジワラはまさかと首を振る。
この男はおもむろに何を聞いてくるのだろうと思った。
幾らなんでもあの高さをよじ登ることは不可能だ。例え足場があったとしても自分には無理だろう。店の品出しで腕がつりそうになるような人間なのだ。
「我々、忍者にとっての城攻めとは潜入による暗殺を意味します。故にあの程度の高さは眠りながらでもたやすい」
「……」
どうやら冗談を言っている顔ではないようだ。
つまり彼らは本気で、あの外郭壁をよじ登り、忍び込んで、『死者のオルゴール』を奪還するつもりらしい。
「貴殿をお連れする術がないわけでもありません。ですがその場合、潜入による成功率が格段に下がるでしょう。ましてや城内のあちこちには罠や、敵の目がある。護衛をしつつそれをかいくぐるのは些か困難です」
「要は足手まといだと?」
「適材適所。確率と効率を考えれば、我々がこの場所まで目的のものを持って戻ってくる方が良いと思います」
初老の紳士はそれだけを言うと「失礼します」と頭を下げ、寡黙な黒装束たちとあっという間にその場から姿を消した。よく見ると彼らは恐ろしい速度で地面を這って進み、古城を目指しているようだ。あれならば見張りに見つかる心配がないだろう。
「……」
どうやら戦力外通告を出されてしまったようだ。顔合わせの時に、「剣術も魔術もろく使えませんし体力にも自信がありませんが、宜しくお願い致します」と言ったのが不味かったのかもしれない。いや見栄を張っても仕方ないのでそう言っただけなのだ。
悔しくないと言えば嘘になるが別に、凄い速度で這えたり、垂直の壁に上れるようになりたいとも思わない。
ただこのまま置いてけぼりを食らって、拗ねている場合でもない。呪われたアイテムは非常に厄介な存在なのだ。彼らが考えている以上に取り扱いは慎重に行う必要がある。
だから自分が鑑定士としての仕事を全うするにはまず、現場に赴く必要がある。つまり彼らと足並みをそろえた同行をとらなくてはいけない。それには彼らに追いつき、足手まといにならないこと、自分が役に立つことをアピールする事を必要があるようだ。
「うーん」
頭をかく。団体行動は、アネモネの事を言えないくらい苦手な分野なのだ。
だがまあ仕方ない。
呪文を唱え、右手の人差指に嵌めている指輪に魔力を込める。するとたちまち身体が色と形を失っていく。現役時代に手に入れた『姿隠しの指輪』のなかでも最良質のものーー気配や体臭、物音まで消してくれる優れものだ。これでモンスターとの戦闘は避けられるはず。
残りの指輪も調子は良さそうだ。
フジワラはひとまず御庭番衆を追い駆けることにした。
お庭番衆をようやく出すことができました。
古き良きダンジョンものなら忍者は基本ですね。




