黒光りする水晶玉(未鑑定)①
「おや『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしあんたが探索者で、ダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムがあったらここに持ってくればいい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定してやろう。
……まあだが今日のところは面倒なので弟子に任せるとしよう。
たぶんあんたの手にあるそのアイテムも付与道具のはずだ」
探索者たちが長い列をなして移動している。
黙々と階段を下り続けていた。
この螺旋階段は、ダンジョンの地下十二階と地下十三階の中間地点。
層と層とを行き来する連絡路のひとつだった。
後どれだけ下ればいいんだろう。
そう考えながら歩くのは自分だけじゃないはず、と列に混じって歩きながら『鼠殺し』のダイスは思っていた。
「敵襲ーっ!!」
ふいに遥か下方から聞こえてくる怒声。
どこかで戦闘が始まったらしい。獣のような唸り声、剣劇、地響き、更には悲鳴などが届いてくる。
だが暫くすると止んだ。
どうやら蹴りがついたらしい。
代わりに別の声が聞こえてくる。
泣き声――哀しそうな、気が滅入ってくる嗚咽だった。
――ああ。
前の方で誰かが溜息をもらした。
死んだのだ。
また仲間の誰かが。
◆
下の階層まで辿り着くと、首を跳ねられた巨大な死骸が横たわっていた。
大鬼だ。
強烈な腐敗臭を放っており、肌の変色具合もひどい。
近づいて確認しなくとも死後何日も経過しているのが分かった。
それにも関わらず、太い指先だけが僅かに痙攣していたので――アンデッドモンスターだったのだろう、と分かる。
すぐ近くにできている人垣を「退いてくれ」押し分け、ダイスは前に出た。
「起きてよ! ねえ……起きてってばっ!」
大量の血を流し倒れていると青年と、それにすがりついて泣き叫ぶ少女がいた。
近くにいる司祭服の老人が、首を振っていたので、すでに事切れている事は分かった。
愁嘆場だ。
これで何度目だろう。
どれだけ目にしても馴れるものではない。
見なかった振りをして、立ち去りたいという思いはあったが、彼の立場がそうさせなかった。
組合から『統括』等という、柄でもなければやりたいわけでもない役職を与えられているのだ。
その職務を全うするしなくてはならなかった。
「すまないが確認させてくれ、彼は死んだんだな?」
「……ええ」と老僧が力なく頷いた。
「ならばやるべき事があるはずだ」
会話を聞いていたらしい、少女が顔をあげて、きっとこちらを睨む。
「駄目よ。彼はまだ死んだばかりじゃない。蘇生すれば生き返るかもしれないのよ!」
だがダイスとしても、引くわけにはいかない。
感情や勢いに流されてやるべきことをやらなければ、悲劇は何度も起き続けるだろう。
「駄目だ。『蘇生』が使えるような高位の僧侶はもっと先に進んでいる。もう彼らを連れてくる余裕はないだろう」
間もなく、青年は起き上がるだろう。
まるで先程まで、ただ寝ていただけとでも言うように平然と動き出すはずだ。
だがそれは決して、息を吹き返したからではない。
ただアンデッドモンスターになっただけなのだ。
そして手近にいる人間に襲いかかり、仲間を増やそうとする事だろう。
それは百鬼夜行――数年前からこのダンジョンで起きるようになった、死者が残らずアンデッドモンスターになってしまう現象のせいだ。
だからもしここで死者が出た場合、火葬するか、首を斬る必要があった。
◆
結局のところ遺体は、少女が魔術で焼いた。
その場に座り込んた彼女は、まだ燃え上がる炎を茫然と見つめている。
遺骨を拾ったら、また先に進まなくてはならない。
だがもう彼女の心を折れてしまっている。もうこれ以上、先に進めないだろうな、ダイスはそう思った。
「もし地上へ戻るようであれば、君に地図の控えを渡そう。それを辿れば罠やモンスターの出現率の低い経路を辿って帰れるだろう」
残念ながら、他の人員を護衛に割くことはできない。
この過酷な地下十四階までの道のりでは、すでに百名を越える脱落者が出ている状態だ。これから更に、遠征軍という恐ろしいものたちを相手に戦うことを考えると、人数の確保を最優しなければならなかった。
「……わよ!」
少女が何かを呟いた。
こちらを見上げて、涙を流しながらはっきりと宣言してくる。
「戦うわよ! 逃げる訳ないでしょ! 仲間が死んだのだってこれが初めてじゃない! あの時は、泣きながら戦棍で仲間の頭を潰して回ったわ! 彼も、私も、だからここまできたの! この百鬼夜行を何とかする為に、この討伐隊に参加したのよ!」
「……分かったよ」
ならば何も言うことはないだろう。
速やかに火葬を終え、遺骨を回収した後、急いで本隊に追いつかなければならないだろう。
地下十四階はもうすぐだった。
◆
「……最高に最悪なピクニックだな」
ダイスは酒瓶を手にしながら、荒野を眺める。
この地下十四階は実に数年ぶりになる再訪だ。
相変わらずの殺風景。『古戦場』とはよく言ったもので、あるのは乾いた土と岩、墓標代わりに刺さる古びた剣や、矢だけだ。
かつてこの場所で大勢が死んだ。
彼らは人数に任せてダンジョンの攻略を試みようとした者たちだった。
だが愚かにもここで仲間割れを始め、殺し合いをした挙句、アンデッドと成り果て、今ではこの階層の何処かを彷徨い続けている。
彼らこそが『百鬼夜行』というろくでもない現象の元凶だ。
ダイスは手元の酒瓶を振りながら、飲み口から覗き込む。
もう中身はこれっぽっちも残っていないようだ。
これが最後の酒になるかもしれないと思うと、口をつけるのが躊躇われる。
地下十四階までの長旅ともなれば、食料や水、薬だけでも大荷物になる。嗜好品を大した量を持っていけないので仕方がなかった。
「さて――」
「おいダイス」
ダイスが酒瓶を傾けようとすると、呼び止められる。
「あんだよ?」
ブルトンだ。
周りからは『闘牛』の徒名で恐れられている男。分厚い鎧を身に付けた背肩から胸にかけての筋肉が、異様に盛り上がった、雄牛のような体つき。だがよく見れば下睫が長く、円らな双眸の持ち主だ。
かつては『猛獣舎』というパーティの主導者だったが、ここで十四名の部下を失い、故に遠征軍に参加していた。
「パシミカのやつが、相談事があるそうだ」
◆
「えー大本営から御報告がありました」
黒い水晶玉を抱えた、ローブを纏った背の低い女――パシミカ。
まるで占い師のような見た目だったが、彼女は魔術師だ。水晶玉は『組合』から貸し与えられていた連絡手段で、それを通じて地上にある本部と定時交信を行ってもらっていた。
「内容は昇降機についてです」
「……」
ダイスはその一言で大体の事情を察する。
地下十階には昇降機乗り場というものが存在する。
地下一階までの道程を短縮することのできる非常に便利な設備だ。
だがそこに至るまでの経路は、現在アンデッドの巣窟と化しており、使用不可能の状態にある。
だから『組合』から派遣された別の探索者たちが攻略に当たっていたはずだった。
必然、周りからの注目も集まる。
ここにいる連中はとってそれは死活問題なのだ。
「進捗が芳しくないのか?」
「はい。餓叉髑髏が出現したそうです」
聴衆から「あちゃー」とか「おいおいマジかよ」とか「終わったな」という声が上がる。
ダイスも耳にしたことがあるアンデッドモンスターだ。
無数の骸骨が寄り集まってできあがった大型の化け物で、本来地下二十階にいるような敵だった。多分、別働隊にも腕の立つ奴らはいるだろうが如何せん相手が悪すぎる。
「昇降機が使えるかどうかで、我々の生還率が変わります」
彼女の言う通りだ。
昇降機が使用できないとすれば、地下十階から先の道程を歩いて帰るはめになるだろう。
少なからず命を落とす者が出てくるはずだ。
「以上です」とお辞儀をしてはけていくパニカミ。
ちなみに彼女がかつて所属していたパーティ『びっくり箱』はもう存在しない
半年前にレッドスケルトンの群れに襲われたからだ。
辛うじて生き延びた彼女は、これ以上の犠牲を増やさない為に、この討伐隊に参加したそうだ。




