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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
44/74

奇妙に蛇行した形状の短剣(未鑑定)

「おや『古き良き魔術師(オールド)ちの時代グッド)』へようこそ。

もしあんたが探索者で、ダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムがあったらここに持ってくればいい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定してやろう。


……まあだが今日のところは面倒なので弟子に任せるとしよう。

たぶんあんたの手にあるそのアイテムも付与道具(アンティーク)のはずだ」

「おい弟子」

「何でしょう師匠?」

「肩が凝ったな」

「成程、それは大変ですね」

 フジワラはそう言ってあしらうと、鑑定作業を続ける。


 蛇のように曲がりくねった剣身の短剣だ。

 呪文を行使するが、『発現』も『隠蔽破棄』も反応はなし。但し、込められた魔力は霧散することなく短剣に残留し続けている。

 形状から見ても『魔除けの短剣(クリスナイフ)』で間違いないだろう。

 しかも素材がよくある大蚯蚓(ワーム)の歯ではなく、隕鉄だ。

 故に高級品と呼んで差し支えない。

 学院あたりが喜んで買い取ってくれそうな品である。


「おい、貴様には長旅で疲れた師匠をいたわる気持ちはないのか?」


 事務所兼在庫置き場(バックヤード)にちらりと目をやる。

 そこにはダークエルフ(浅黒い肌)の女がいる。年の頃は三十代(勿論、見た目だけだ)。

 ソファにだらしなく寝そべり、水煙草をプカプカふかしながら、普段はしない老眼鏡で書物を捲っている。

 希少なビブリオン魔導書グリモワールの鑑定中などと称していたが、おそらくはいつもの娯楽小説に違いない。

 彼女の名前はアイネ・クライネ。

 フジワラの師匠にあたる人物だった。


「(申し訳)ありません」

「お前、申し訳という言葉だけ若干小声で言ってだろ」

 相変わらず耳聡い人だ。


「普段なら按摩でも、お茶汲みでも、髪結いでもやらせて頂てますけどね、今は手一杯の状態なんですよ」

 腕が攣りそうになりながらも、何とか鑑別証を書きあげると顔を上げ、別の品物を探す。


 店内を見渡せば、あちこちに在庫品の山ができていた。

 通路もろくに確保できない程、場所を占領しているそれらは師匠が持ち込んだものだ。

 どれもこれもアンデッドを駆逐する為の道具であること以外、詳細は分かっていない未鑑定品である。

 彼女は「面倒」と一向に手を付けようとしないので、フジワラが鑑定しているのである。


 それらは元々、商会から迷宮都市への寄贈品だったものだ。

 本来なら支援物資として百鬼狩りの装備に回す予定だったらしいが、何故か搬送中、鑑別証だけが紛失してしまい未鑑定状態になってしまった

師匠曰く「商会のせめてもの嫌がらせだろうなあ」との事。

 それ故、取り扱いに困った迷宮都市の魔女たちが、師匠に相談。以前、引き受けた仕事の報酬の代わりとしてその一部を引き取る事になった、というのがこの店にある経緯だった。


「せめて倉庫を借りるとかできなかったんですか?」

「借賃が勿体ないだろう」

「これじゃお客さんが入ってこられないですよ」 


「頑張れ」

 師匠の腹の上で昼寝をしていた猫――ネロが起き上がり、主人に同意するように「にゃあ」と鳴く。

 フジワラは何も聞かなかった事にして、作業に戻ることにした。



 


「師匠」

フジワラは鑑別証を一枚仕上げ、ふうと息をついて筆を置く。


「何だ?」

 師匠はソファで猫を撫でながら、飽きもせずに読書を続けている。


 ちなみに彼女の好物は恋愛小説ラブロマンスだ。

 しかも話の筋がいつも同じ――貧しい村娘が容姿端麗な大富豪に見初められるか、三流没落貴族の娘が容姿端麗な王子に見初められるか、修道院育ちで孤児の娘が容姿端麗な交易商に見初められるかして、最後的にハッピーエンドになるジャンルだ。

 フジワラも何冊か読んでいるが、未だに面白さを理解できない。



「お願いがあるんですが」

「勿論、却下だ」

「……まだ何も言ってません」

「じゃあ試しに言ってみろ」

「店番をしてもらえませんか?」

「成程、却下だ」


 ここ数日間程、鑑定にかかりきりだった。

古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』から外に出た事はおろか、ろくにカウンターから移動した記憶がない。

 首と指の骨を鳴らし、天井に向けて伸びをすると、体中のあちこちがミシミシと軋む。

 按摩が必要なのはどう考えても自分の方だろう。

 ようやく一区切りつけることができたので、そろそろ外に出たかった。


「いい加減、何か口にしないと倒れそうなんですが」

「買い置きの食料があっただろ」

「ありません」

「何故」

「誰かさんが、何でもかんでも酒の肴にするからです」

「何だとう。駄目じゃないかネロ」

 師匠に黒猫が抱き上げられる。

彼は構って貰っていると思ったのか嬉しそうに鳴き声を上げた。

 いや、あんただ。


「そういえば在庫棚に年代物の薬瓶があったな。あれを飲んでみろ」

「……『忘却薬(良品)』ですよね」


 ダンジョンでたまに発見される厄介なドロップアイテムだ。

 誤って服用すると、魔術詠唱の為の呪文や、周辺の地理、仲間の名前、等を忘れてしまう大変な代物である。


「きっと空腹を忘れるはずだろう」

「ああ、ついでに仕事の事も忘れろと?」

「口の減らない奴だな」

「お互い様です」

「じゃあ、その隣にあった赤色の小瓶はどうだ?」

「『目薬(粗悪品)』飲んでどうするんですか」

「満たされろ」

「無茶苦茶ですね」

「それでも足りなきゃ地下倉庫のどこかに『パン(黴)』もあったろ。前菜に『毒消し草(無印)』をつければ腹は下さん」

「おかしなもので正餐(フルコース)を組まないで下さい。僕はごみ箱ですか」

「何を言う。ダンジョンじゃ御馳走の類だ。毒か薬かも分からんもので喉の渇きを癒やすしかない、あの極限(スリル)を味わいたくて探索者を止められない、私の知りあいを見習え」

「それ完全に病気ですよ……」


 埒のあかない師匠との問答に机仕事とは別種の疲労感を覚える。

 久しぶりの事だったので忘れていたが、こういうくだらない掛け合いが大好きな人なのである。


「……とにかく店番をお願いします」

 師匠はこちらが面倒になっているのを察したのか、書籍を閉じた(装丁には『魔王様と私』という題が入っていた)。

 それから普段はしない、にこやかな笑みをこちらに向ける。


 長い付き合いなのでよく把握している。

 こういう時の彼女には注意が必要だ。

 たぶん頭のなかで、最上級の嫌がらせが生成されているに違いない。


「そうだな。外出したいのならばふたつ条件を出そう」

「条件ですか?」

「うむ、ひとつは、そこの在庫をすべて鑑定しきったなら引き受けてやる」


 やはりそうきたか。


 実際、店内の未鑑定品は途方もない数だ。

 フジワラが開店から閉店までの間でひたすら捌いても、後十日はかかる事になる。

 彼女はそれを見越して、言ってきているのだろう。

 勿論、師匠の目論みは分かっている。

 是が非でも、外出させないつもりなのだ。


「これが終わったら行ってもいいんですね?」

「構わんさ。どこへなりとも行くがいい」


 よし言質をとることができた。


 フジワラは早速、椅子から立ち上がる。

 その場にしゃがむとカウンターの下に隠していた紙束を取り出した。

 台の上にある紙束と重ねると、我ながら感心したくなる程の量になる。

 それは三日三晩、閉店後も夜が明けるまでひたすら鑑定を続けた結果だった。

 抱えて、事務所兼在庫置き場まで持っていく。

 そして師匠の目の前の卓に、どんと下ろした。


「……何だこれは?」

「鑑別証千三百六十五枚分です」


 師匠が一瞬だけ口元を引きつらせたのを見逃さなかった。

 まさかすでに鑑定を終えているとは思ってなかったのだろう。


「商品につけた荷札の番号と対応していますので御確認下さい」


 師匠はぎろりとこちらを睨みながら、鑑別証の山に手を伸ばす。

 そして一枚一枚を舐るように目を通し始める。

 終始無言で鑑定内容を吟味し、かと思えば現物を確認に行き、時折忌々しげに舌打ちを織り交ぜつつ、また書面へと戻り、を繰り返した。


「……何故ミスが見つからん……おまけに誤字脱字もない……大体、先回りして仕事をこなすとか……嫌味か……弟子としての可愛げがない……育て方を間違えたか……」等と、ぶつぶつ文句が聞こえてきた。

 どうやら旗色は良さそうだ。


 師匠が無理難題を言いつけてくるのはいつもの事。

 だから先回りしておいて正解だった。


「……ふむ?」

 師匠が途中で何かに気がついたらしい。

 鑑別証の束を勢いよくめくり最後まで行きつくと、やおら立ち上がる。

 店内にある在庫の一角まで赴き、何かを確認した後、戻ってくる。

 釈然としていない表情だった。

「おい弟子」

「はい」

「目をつけていた品のいくつかが見当たらん。現物もないようだが、どうした?」


 やはり目敏い。

 彼女の言うとおり当初持ち運ばれた在庫のうち、数点はもうここにない。

 できれば出かけた後で気づいてほしかったが残念だ。

 こうなっては誤魔化したところで、無駄だろう。

 慎重に言葉を選びながら正直に報告する事にした。


「どうしても欲しいという客に売りました」

「いくらでだ?」

「『硬き雷鎚の剣(カラド・ボルグ)』が八百、『抗不死者の甲冑アンチアンデッドメイル』が二百、締めて一千万ゲルンです」

「些か良心的な値段だな」

「すいません」

 だが品質に見合わない値段をつけたわけではない。

 だから師匠もそれ程文句を言うつもりはないようだ。


「それで代金はどうした?」


 一千万ゲルンと言えば相当の額だ。

 金貨だけで換金したとしても小袋では収まりきらない量になるのが、フジワラが金庫から出したのは一枚の紙切れだった。

 師匠はそれを受け取り一瞥だけすると、「ふん」と鼻を鳴らして戻してくる。


 証文である。

 今回、購入者が代金を工面ができなかった為、幾つかの契約を交わし、担保を提供してもらう代わりに、やむを得ず分割での支払いに応じていた。


 だが師匠のモットーは『ニコニコ現金払い』だ。

 基本的にこういうやり方を推奨していない。

 おまけにその額もかなりのものなので、この点に関して咎められるかも、と心配していた。


「大層な客に売ったもんだな」

「御存じでしたか?」

「勿論、名前は耳にしている。この数年で唯一の単独地下十四階踏破者だろう」

 そしてその経験と経歴が買われ、今や百鬼狩りの要を担っていた。


「腕のいい探索者です」

「同じ名前を帳簿でも見かけたな。留守中の売り上げにだいぶ貢献してくれたようだ」

「持ち合わせがないようでしたので、こういう形になりました」

「まあ大目に見てやる。こういう客には恩を売っておくべきだし、猫好きに悪い奴はいない」


 師匠からは「万が一、戻らなかったら、どう責任を取るんだ」と問い詰められる可能性も考えていたのだが、杞憂だったらしい。


 彼女は西国貴族の娘だ。

 恐らく何かあっても証文があれば、最悪実家から絞りとれる等という算段があったのかもしれない。

 いやそうだろう。師匠なら絶対にそうする。

 だがそれにしても猫好きの情報をどこから仕入れたのだろうか。


「だがまあ、よくこれだけの数を鑑定したものだ」

 師匠は卓の上にある鑑別証の山を横目に苦笑した。


「しゃくにさわるが認めてやる。よく頑張った。目の下にくまを作った甲斐はあったようだな?」

「何のことでしょう」

 フジワラは素知らぬ顔で、惚ける。


 どうやらこの数日間、ろくに寝ていないのはばれていたらしい。

 だが師匠があまりケチをつけず誉めてくれる事は滅多にないことだ、内心ではそれが嬉しくて、珈琲と『目覚めの粉末』の多用による頭痛は一気に吹き飛んでいた。



「では店番をお願いしても良いですか?」

「構わんが一体どこへ行くつもりだ?」

「……」

「……まあ言いたくないなら構わん。休暇くらいくれてやるさ。そしてその間に、 何をやるのもおまえの勝手だ。例えそれがする必要のない仕事だとしてもな」

 師匠は間違いなく、行き先を知っていた。

 当然だろう。元々あの鑑定依頼は彼女宛に届いたものなのだ。

 彼女がカウンターに置き忘れたその手紙を偶然目にして、勝手に引き受けてしまったのである。


 フジワラは鑑別証の束を片付けながら、聞こえなかった振りをして通した。


「ところで、ふたつ目の条件だがな」


 師匠がそう言いながらソファから立ちあがる。

 酒のつまみでも探しているのだろうか。食器棚の前まで赴くと、戸棚を開けてなかを漁り始める。

 背を向けているので、何をしているのかよく見えない。

 どうやら取り出した乾き物を、皿にこぼしているらしい。


「先程の、証文の客――アネモネ嬢とかいう名前だったか?」

「ええ」

「彼女を今度、ここへお連れしろ」

「えっと何故……?」

「上客には挨拶が必要だからな」


 師匠はもっともらしく言ったが、それは間違いなく嘘である。

 何故ならこれまで挨拶をする、と言い出した前例がないからだ。

 大司教からの依頼があった時でさえ、面倒だから使いを寄こせとのたまわった事があるくらいの人だ。

 何か理由がなければそんな事をするわけがなかった。


「勿論、その際には最大限のおもてなしをするつもりだ――」 

 何か、言い知れない嫌な予感がした。

 そう思ったのは振り返った師匠の顔が、にたぁと笑みを浮かべていたからだ。


 そして、その手には、どこから調達したのかボウル一杯に注がれた茶色い焼き菓子と、猫のマークが入ったイラストのマグカップ。

「例えば彼女の好物であるビスケットやカフェオレなどでなあ?」


 フジワラは絶句する。

 ニ手先までは予想を立てていた。

 だがこれは読めなかった。


「いや、ですが、あの、その必要はないかと……」

「それを判断するのはこの店の店主であり、貴様の師匠である私だ。そうだろう?」

「いえ、まあ、ですが、何故」

「彼女には、うちの店と弟子を今後ともよろしくお願いしますと、言う必要があるだろう」

「だから何故……」

「それが師匠ってもんだろう。なあ、ネロ?」


 師匠がにやにやと楽しそうに笑いを浮かべている。

 話を振られたネロは、彼女の腕に抱きかかえられながら退屈そうに「ニャアゥァ」と大きく欠伸をした。


 今回こそは師匠を出し抜いてやったと思っていたが無理だったようだ。

 どうあがいても彼女に勝てない。そういう気がした。




 鑑別証『魔除けの短剣クリスナイフ(高級品)』

 これは付与道具ではなく魔術触媒の一種です。


 ごく初歩的なものであれば呪文だけで行使する事が可能ですが、難易度が上がってくるに従って触媒が不可欠となります。

 普通、指輪や杖などが一般的ですが、適した材質のものであればこれのように形状は問われません。


 ちなみに市場に回っている物の殆どは、ワームの歯を素材にした『偽魔除けの短剣』と呼ばれております。そちらも触媒として用いられますが、性能は格段に劣り、値段も二桁程程下がりますので御注意下さい。


 そして希少な隕鉄が使用されているこの魔除けの短剣こそが本物です。

 その魔力伝導率は非常に高く、高度な召喚魔術を行使する際などに重宝されています。

 また素材の恩恵により、錆びることや、折れることが滅多にありません。

更には魔力を込めると、切れ味が増すだけではなく、実体を持たないモンスター(幽霊レイス霧魔ガイスト)への攻撃もすら容易くなる為、補助武器としても有効なようです。


 余談ですが『これ一本を作製する為に、かつて東国の偉大なる魔術師たちが、競り合い、夜明け前の星々を何度も落として、地形を変えた。彼の地が、大地の起伏が激しいのはそのせいである』という豪気な逸話が残されています。

 真偽は定かではありませんが、当時からそれ程、手間暇がかかる品であったようです。

 そして現在では非常に希少で、高値で取引されております。

 扉を出ていく弟子を見送る。

 カウンターで猫を撫でながら『古き良き魔術師(オールド)ちの時代グッド)』の店主、アイネ・クライネは微笑んだ。


 あの頃の、少年だった頃の影は、もう欠片もなかった。

 あれだけこの都市を、この島を、この世界を、嫌っていた少年はどうやら全うに育ってくれたようだ。

 彼女はその事が何よりも嬉しかった。

 そして彼が渋々、連れてくるだろう友人とやらに会うことが楽しみだった。


「行ってらっしゃい馬鹿息子」



以上が『古き良き魔術師たちの時代』の店主アイネ・クライネが店番をするまでの経緯である。

彼女と彼女の弟子が初めて出会った時のことについては、何れ語られるだろう。

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