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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
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生クリームのついた小剣(未鑑定)②

「はい、どうぞ」


 ソアラは受け取った小剣を、握り感触を確かめてみる。

 この『小鬼殺しゴブリンベーン』は自分の所有する『炎の剣ファイアソード』よりも刃渡りが若干短かった。

 だが剣士としては、小柄なソアラの体格には合っている大きさだ。

 使い勝手は悪くないように思えた。


 もし問題があるとすれば――。

 ソアラは目を閉じ、小さく呪文を唱えてみる。


『伝達』。

 それは極初歩的な魔術だ。

 体内の魔力を外に放出するだけの効果しかない代物だったが、付与道具を起動させるには便利なものである。

 リンネから教わり、最近ようやく使いこなせるようになってきていた。


「……あれ?」


 確かに手応えはあった。

 魔術は間違いなく成功したはずだ。

 その証拠に、掌から熱を伴って魔力が、ゆっくりと流れ出ていく感覚がある。

 だが肝心の小剣からは何の反応もなかった。

 伝達させた魔力は、柄から先にはまるで伝わっていかず、ただ霧散しているようだ。


「うーん残念。どうやらソアラさん向き・・ではなかったみたいです」

「そんなあ……」

 ソアラはがっくりと肩を落とした。


 付与道具は人を選ぶ。

 扱うには『資格』や『代償』などの条件が必要になり、使い手がそれらを満たさない限り、『報酬(こうか)』を得ることができない。

 どういう条件だったのかは分からないが、ソアラはそのふるいにかけられ、落とされたのだろう。


 ちなみに『資格』は、使用者の性質や能力などを問うものだ。

 『盗賊』『魔術師』等といった職業や、『読書好き』『酔っ払い』等といった嗜好や状態など条件は多種多様にある。

 勿論、種族や、血統や、性別や、年齢など本人の意志や努力ではどうしようもない縛りも多く存在する。


 そして『代償』は、能力を使う際に支払うべき対価の事だ。

 多くの場合、血液に含まれる魔力が要求され、強力な付与道具であるほど、大量の魔力や犠牲を必要とすることがあるので取り扱いが難しくなるらしい。

 他にも稀には金銭や、髪の毛など(に含まれる魔力)を求められることもあるそうだ。


「ソアラさんはこれまで小鬼ゴブリンを何匹倒したことがありますか?」

「えっと五匹くらいです」


 ソアラにとって小鬼にはちょっとした心的外傷トラウマだった。

 だからこれまでダンジョンで遭遇しても、常に逃げていた。

 まともに戦った事は数えるほどしかない。


「この『小鬼殺し』の魔術回路を読み解くと『汝、暗緑の衣を纏いし者に告ぐ』とあります。暗緑というのは小鬼の血を指します。要はそうなるくらい小鬼を倒してきた者という意味なんです」

「そうなんですか」


 ならば今のソアラにはひっくり返っても扱う事ができないだろう。

 自分がそれだけの数の小鬼を相手にするなど考えられない事だ。

 『小鬼殺し』で切ったケーキを食べるくらいなら平気だったが、ダンジョンで遭遇したときなどは一瞬身が竦むくらいには苦手なのだ。


「残念だったねソアラちゃん」

「うん。でもよく考えたら自分には必要ないかも」


 この小剣を扱えたところで、小鬼と遭遇した際には極力逃げるような気がした。

 恐らく幼い頃、村を襲撃されたときの恐怖がまだどこかに残っているのだろう。

 結局持っていても宝の持ち腐れとなるのであれば、逆に扱えなくて良かったと考えるべきなのかもしれない。

 

「まあ武器の方は何か見繕ってみます……が」

 フジワラがふいにソアラの身につけている革製の鎧へと目を落とす。そして眼鏡をきらりと光らせる。


「やはりその鎧を修理するか、新調したほうが良いでしょう」

「まだ十分使えると思うけどなあ……」

「いいえ。品質で言えばそれは『粗悪品』の状態です。私の鑑定眼に賭けて、その鎧はただちに直すことを強くお勧めします」


 フジワラの言葉に圧されて、改めて自分の着ているものの状態を確認してみる。


 確かに幾度となくモンスターからの攻撃を受けてきたせいで、硬い表面が所々剥がれ落ちていたり、浅く打ちこんだ(リベット)が取れていたりしている。

 留め金も少し緩んでいるようだ。

 このままでは十分に攻撃を防げることができなかったり、突然壊れてしまう恐れもあるかもしれない気がしてきた。


「直す場合、鍛冶屋に行けばいいですか?」

「仕立屋でも頼めるところはあります。良かったら知り合いの店をお教えましょう。そこなら、きっと直すだけではなく打撃吸収性や切削抵抗性を何倍も跳ね上げてくれるでしょう」


 ソアラは、フジワラのつてを頼る事にした。

 彼の知り合いなら、きっとこだわりのある腕のいい職人なのだろう。


――だが。


「もぐもぐ……ちょっと待つんだ……もぐもぐ……」

 いきなりアネモネが口いっぱいにケーキを頬張りながら話に割り込んでくる。

 いつの間にか気を取り直したのか、ひとりケーキバイキングを再開していたらしい。

 マグカップを煽り、飲み下した後、力強くこう言ってくる。


「防具は、私が手配しよう!」

「アネモネさんがですか?」

「ああ。実は素晴らしい防具があるんだ。身につければあらゆる方向のあらゆる攻撃を無効化してくれる最強の鎧だ」

「す、すごい防具ですね」

 ソアラは相槌を打ちながらも、何となく嫌な予感がしていた。


「勿論、誰しもが身につけられるわけではないが、もし装備することができればきっと、大いなる力を与えてくれるだろう」

「……えっとその防具って何ですか?」

「うむ。全身甲冑フルアーマーだ」


 アネモネが頬に生クリームをつけながら自信満々に宣言するが、予想通りの答えに、ソアラだけではなく残りの二人も沈黙した。


「「「……」」」


 取り合えず、革製の鎧については修理に出す方向で決まりそうだ。



 すっかり『古き良き魔術師たちの時代』に長居してしまった。

 リンネが店を出ると、すでに陽が沈みかけていた。


 結局あの後、アネモネによる全身甲冑の試着大会が催された。

 ソアラは装備したままでも走ったり飛び跳ねたりできていたがすぐバテてしまい、リンネも試してみたが数歩歩くのがやっとだった。

 フジワラに至っては一歩も進まずに転倒し、そのまま床で藻掻く有り様だ。

 あんなに重いものを、日常的に身につけているアネモネはやはりただものではないな、とリンネは改めて思う。


「楽しかったね」

「うん。ケーキも美味しかった」

「晩御飯いらないかも」

「御飯といえば次の探索の食料、買わなきゃ」

「常備薬は補充できたし……ああ防具の修理も忘れちゃ駄目だよ?」

「うん」


 フジワラにもらった地図を見ると、仕立て屋の店はわりと近い距離にあるようだった。

 日が沈む前には帰れそうなので、このまま行ってしまおうという事になった。


「きっと次の探索もばっちりだね」とソアラが笑う。


 確かに、ダンジョンの探索は今のところ順調だ。

 地下四階までならもう道も覚えたしサクサク進めたし、地下五階を踏破することだってできた。

 晴れて一人前になることができたのだ。

 リンネも本当ならば『そうだね』と頷きたい。


 だか、ソアラの腕の傷跡を見た瞬間、心は決めていた。 このままでは駄目なのだと思った。

 だから今が、彼女にあの事を告げる時だった。


「ソアラちゃんあのね?」

「うん?」

「最近ソアラちゃんの負担が増えてきていると思うの」


 ダンジョンにいる間はリンネはいつもソアラの背中を見ている。彼女をフォローする為に、彼女に無理をさせないように、二人で地上に戻ってこれるように片時も離さず見つめている。

 だから分かる事がある。


「戦闘でもそうだけど、それ以上に偵察とか罠関係が負担になってると思う」


 ソアラは責任感が強い。

 衛職で、体力や直接的な戦闘に向いていないリンネに何かと気を使ってくれようとしくれる。

 その事自体は嬉しかったがすこし過保護だと思う場面もある。


 例えばそれは何かにつけて斥候とか罠外しなどを進んでやりたがるところだ。

 でも彼女は剣士。

 盗賊職の専門的な技術など持ち合わせてはいない。

 だから進路上に仕掛けられた罠を発見できずに、あるいは無理に処理をしようとして、何度か失敗を繰り返している。


 その最たる例が、先日の毒矢だ。

 そのうち何か取り返しの突かない大怪我をするかもしれない。

 そう思うと、リンネは不安で仕方がなかった。


「だから仲間を作ろう。最低限、盗賊職をひとり。更に言えば僧侶職と戦士職をひとりずつ」


 それは本当なら言いたくはなかった言葉だった。

 何故ならソアラとこのまま二人だけで探索していたかった。

 二人だけの方が楽しいに決まっている。何よりこの関係に他の人に入ってきて欲しくない。

 第一、リンネの人見知りは他の追随を許さないのだ。

 大体、新しい仲間ができてもうまく打ち解けられるとは限らない。人間関係で揉めて、探索どころではなくなる可能性も考えられた。

 

「実はさ……僕もちょっとそうしようかなって思ってた」

 ソアラが意外な事を言った。


「えっそうなの?」

「これからの攻略を考えたら、もっと仲間を増やすべきかなって思ってたんだ。でも言うべきかどうかで悩んでた。このままリンネと二人で探索するのが楽しくて……ってどうしたの?」

 ソアラが驚いた顔で訊いてくる。


 たぶんリンネの顔がにやけていたのが分かったのだろう。

 だって嬉しくないはずがなかった。

 ソアラが、自分と同じように考えいて、同じ理由で悩んでいたのだから。


「でもこのままじゃリンネを守りきれないよね」

「私だってソアラちゃんをバックアップしきれないもん」


 リンネはもう不安ではないと思った。

 これだけ心が通じ合っていれば、何があってもソアラとはずっと仲良しでいられる。

 新しい仲間ができたって二人で頑張って、打ち解けていけばいいのだ。


「じゃあ決まりだね」

「うん!」

 ソアラが差し出してきた手を、ぎゅっと握った。



 鑑別証『小鬼殺し(ゴブリンベーン)(無印)』


『汝、暗緑の衣を纏いし者に告げる、その血を千八百七十一滴捧げよ――さすれば世界を介し、鬼童子(おにわらし)どもに告げる、泡吹け、魂消ろ、肝潰せ、アザケダルマの行灯のごとく』


殺し(ベーン)』の名前を持つ武器のひとつです。

 この言葉がついたものは特定のモンスターや現象に対して、非常に強力な威力を発揮することができます。


 文献によれば、この『小鬼殺し』の最初の百振りは、カディナルという名前の古き良き魔術師によって産み出されたそうです。

 彼女は『小鬼戦役』によって未亡人となった後、自らを『小鬼殺し(ゴブリンベーン)』と名乗り、壮絶な復讐劇に身を投じました。

 彼女の戦は、戦場ではなく工房でした。

 小鬼をただ殺すことだけを考え、昼も夜もなく、ひたすら製図を引き、鉄を焼き、魂を込めて鎚を振るい続け、その命と引き換えに一振りの小剣を作りだしました。

 それは弟子たちの手によって、複製、量産され続け、やがて際限なく繁殖を繰り返しては版図を広げていた小鬼たちの脅威を食い止める有力な手段になっていきました。

 その後、大陸から小鬼たちが一匹残らず駆逐された後には、カディナルの功績とその執念が讃えられ剣に『小鬼殺し』の名前が付けられたといいます。


 ……というわけでこの剣の場合『小鬼ゴブリン』限定で、途轍もない威力を発揮してくれます。

 ただ剣を振るうだけでも小鬼たちを怖じ気付かせることができ。突くだけで戦意を喪失させ、一撃を加えればまず間違いなく仕留める事ができるでしょう。

 ダンジョンの序盤、駆け出しの探索者向けの武器として非常にお勧めな一品です。


 ちなみに『殺し』の名がついた武器は他にも多数存在します。

 逆鱗を探り当てる感応力を持った『竜殺し(ドラゴンベーン)』や、自然治癒能力をねじ曲げる呪いを与える『沼驢馬殺し(トロルスベーン)』、嗅覚を麻痺させ動きを鈍らせる毒に染める『獣人殺しウェアベーン』などが有名どころですね。

 他にも魔力そのものを打ち砕く『魔法殺しマジックベーン』のような変わり種も、いくつか存在するようなので興味のある方は、調べてみると面白いかもしれませんよ。

以上がソアラと『小鬼殺し』の経緯である。

二人が新しい仲間と共に、迷宫都市の謝肉祭(カーニヴァル)を迎えるのはすこしだけ先の事である。

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