微熱を帯びたショートソード(未鑑定) ②
「おーい店長、客を連れてきたぞ」
「お、お邪魔します」
「カウンターにいないようだな……。よし君はここで待ってるといい」
「あの、お構いなく」
ドアに立てかけるように看板を下ろすと、全身甲冑さんはガチャガチャのしのしと音を立てながら、店の奥に消えていった。
突然連れてこられた店内を、おっかなびっくり辺りを見回してみる。
店内は広いが客らしき人間どころか、無用心なくらい誰もいない。
アンティークショップを謳う以上、インテリア用の置物や、家具の類などを取り扱っているのかと思ったがそれらしい商品は見当たらない。
代わりに多様なアイテムを取り扱っているようだ。天井から丁寧に絵文字の案内板が下がっており――杖、盾、書籍、薬瓶、指輪、毛筆、眼鏡など多岐に及ぶ商品が並んでいるのが分かる。
ソアラの想像していたアンティークショップとは異なる雰囲気があった。
「……どちらかというと故郷の雑貨屋に近いかな」
すぐ傍のガラスケースに陳列されている短剣が目に入る。
鞘は奇妙なくねくねした形状で、日に焼けて色褪せておりうっすらとひび割れがある。年代物なのだろう。
商品には細い糸でタグが括られている。
『呪いの短剣(良品)。|古き良き魔術師たちの時代後期のもの。主に呪術用の小道具として使われるが魔力そのものを帯びさせる事で抗物理属性のモンスターへのダメージにも一役買える。必須条件なし、代償は五百五十五滴の血――』等と小さな文字で説明文がびっしり記されている。
これは店主のこだわりだろうか。周りを見ればどの商品にも同じようにタグが添えられており、そのひとつひとつにびっしりと説明文がある。
なかなか面白そうだ。
無人の店内を無遠慮に歩き回って、おかしな疑いをかけられても嫌なので、その場から離れずにガラスケースに並んだ商品を見て時間を潰すことにする。
「……それにしても」
ソアラは顔を上げ、確かめるように鼻から息を吸う。入店した時から気になっているのだが、店内には古書店や古物店特有のカビやホコリ臭さとは別種の、むしろ新鮮なさっぱりした匂いが漂っている。
「くんくん……何の匂いだろう」
「これはヒノキです」
「ヒノキ?」
「ええ。そういう名前の極東の樹木から造った精油なんです。防虫防腐の効能があるので使っているんですよ」
「確かに森林浴でもしているみたいな感じがするかも」
「ええ人が嗅ぐとリラックス効果もあるそうです」
「……って、えっ?」
全身甲冑さんが戻ってきたのかと思って会話していたが、どうも声が違う。
いつの間にか誰もいなかったはずのカウンターには黒エプロンをつけた男の人が立っていた。
「だ……だれ?」
……などと思わず問いかけてしまったが冷静に考えてみればここのスタッフに決まっている。おそらく彼が店長さんなのだろう。
年齢は二十代半ばくらい。痩せぎすで、黒縁の眼鏡をかけている優しそうな人だ。
「店主のフジワラといいます」
「ソ、ソアラといいます。どうも」
「いらっしゃいませ。アンティークショップ、オールドグッドにようこそ」
「あの……全身甲冑さんは……?」
「アネモネさんは錆びそうだから着替えてくるそうですよ」
「そもそも何であんな重装備だったんだろう……」
「彼女は元々探索者で、あれをユニフォームだと思ってるところがあるんです。細かいところにも気がついてくれる働き者なんですが、あれだけはどうしても脱いでくれないんですよねえ」
黒エプロンさんが苦笑する。
「やっぱり女の人なんですか?」
「滅多に御尊顔は拝見できませんけどね。……さあこれで乾かしてください」
黒エプロンさんが喋りながら、タオルを差し出してくる。
「えっと……」
ソアラは慣れない待遇にどうしていいかのか判断に迷った
これまで十数件近い中古武器店などの商店を周ってみたが、金のない駆け出しの探索者である自分がまずまともな客として扱われたことはない。カウンターに硬貨を置くまで、一瞥したきり話に応じようともしない店員はざらで、酷いところでは入店しただけで泥棒扱いしてくるところもある。
結局「ありがとうございます」と言って受け取った。
タオルを貸してくれたのはただの親切ではなく商品が濡れない為の配慮もあってのはずだし、何より好意は素直に受けるべきだった。
「さて今日はどういった御用向きですか?」
「あの……ちょっと見てもらいたいものがあって……」
「ほう鑑定依頼ですか」
黒エプロンさんがぱっと顔を明るくさせて食いついてくる。
「あの、でも……骨董品とかそういうんじゃないんです……昔、師匠がダンジョンで手に入れたものなんですが……」
「うちはダンジョンから回収してきたアイテムならなんでも見ますよ」
「本当ですか? でもここってアンティークショップじゃないんですか」
「余所からきた人にはよく勘違いされるんですが、ここは付与道具の専門店なんです。」
「えっそうなんですか?」
ソアラは意外な答えに驚いた。
「勿論、アンティークというのは家具とか食器、美術品の年代物の意味もあるんですが、この迷宮都市ではダンジョンから回収されてきたアイテムでも古くて価値のあるものを意味する場合もあるんです」
「……そうなんだ」
付与道具というのは魔術を行使できる道具の総称だ。
お伽話に登場するような永遠に火種を必要とせず灯り続けるランプや、雨のように隕石を降らせる事のできる杖など様々なものがいい例だ。
現実の付与道具はそこまで万能ではないけれど、魔術師ができるようなことを代行してくれるくらいには便利で希少で高額だ。
そしてそれらを手に入れるにはダンジョンに潜らなくてはいけない。
強力な付与道具になるほど地下深く、多くのモンスターに守られ、滅多に人が寄りつかない場所に存在すると言われている。
だから付与道具は探索者にとっては憧れのお宝でもあるのだ。勿論、経験を積み、幾多の危険を乗り越えることでようやく手に入る代物なので、駆け出しの探索者がおいそれと手できるものではない。
ただソアラはそれに該当するものをひとつだけ所持していた。
「ふむ。貴方の剣もどうやらアンティークのようですね」
黒エプロンさんがにっこりと笑みを浮かべ、その細く長い指で指しているのは、ソアラが腰に差したショートソード。ソアラは一瞬、思考を読まれたような錯覚を覚え、吃驚した。
別段奇妙な形状をしているわけではない一見どこにでもある平凡な剣だ。
盗難対策として安物の皮鞘に収めカモフージュまでしている。
それにこれまでに訪れたどの商店も、手にとり鞘を抜いてもまだこれが付与道具であることに気づいた店員はいなかった。
だが黒エプロンさんはまだ手にとってすらいないのにこれの正体を見抜いた。
「この子は……この剣は師匠が、現役時代にダンジョンで手に入れた業物だと言っていました」
「ふむ」
黒エプロンさんは顎に手を置いて何かを思案するように、あるいは値踏みするように見つめてくる。動物が獲物を狙うような視線ではない。
どちらかと言えば狩りが終わった後で、獲物をさばく直前にどう分解し、どう部位を分ければいいのかを考える為に、内蔵や骨を見透かそうとする職人のように見えた。
「……『古き良き魔術師の時代』後期に作成された……モノは……ファイアソードでしょうか?」
「……」
ソアラの驚いた顔を見て、黒エプロンは正解を確信したようだ。
「うん。どうやらそのようですね」
「触れてもいないのに何故そんな事が分かるんですか?」
「なに簡単な推理です。その剣は何故か皮製の鞘だけが雨に濡れていません。おそらく剣身が放熱している為に乾いたからでしょう。それに柄の部分。青い石のような材質が使われているのが見えます。それは雫鉄と呼ばれる金属で、強い断熱性を持っている素材です。熱によって最も破損し易い部分が柄なので、大抵はこれが使われるんですね。以上の二点からファイアソードであると判別しました」
知識さえあれば見抜けます。
黒エプロンさんはそう説明してくれたが、どこの商店でも専門の道具を持ち出して調べるまで、これにどんな付与が為されているのか分かるものはいなかった。おまけにその段階にたどり着くのに小一時間はかけていた。
この店なら、人ならもしかしたらこの剣をきちんと調べてくれるかもしれない。ソアラは決心すると、剣を取り外し目の前のカウンターに置いて頭を下げた。
「お願いします。どうかこの子を鑑定して下さい」