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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
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少しだけ煤けた瑪瑙の指輪(未鑑定)②

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」


「つうか場所はどこだっけ?」

 前衛の様子に注意しながら訪ねる。


 直接一ツ目鬼(サイクロプス)と戦っているのはマンションひとりだ。

 圧倒的重量によって繰り出される棍棒の強烈な一撃を、愛用の戦斧とで巧みにいなしている。

 勿論、それはやつの並外れた度量と、技量、培ってきた経験があってこそできる芸当だ


 だが、昔のやつはどんな攻撃も真っ向から受け止めていた。

 年齢はとりたくねえなあ、とつくづく思う。


「地図だとこの先だね」


 トリスタンが一定の距離を取りながら、投擲刀(ダーク)で一ツ目鬼を狙っている。

 どんな体勢からでも目標を外さないのがやつの強みのひとつだ。

 的確に、容赦なく、一つ目部分を狙う。


 相手も馬鹿ではないらしく、唯一の弱点への攻撃に敏感に反応。

 巨大な太い腕を盾にして防ぎきる。

 か細い投擲刀は痛くも痒くもないようだ。


 だがそれでいい。

 弱点を狙い続ける事で一ツ目鬼の気を適度に殺ぎ、マンションへの攻撃に集中させないようにするのが目的なのだから。

 万が一、目標をトリスタンに変えようとしてくれば、今度はその隙を逃すことなくマンションが容赦無い攻撃を加えるだろう。


「ならひと踏ん張りだな」


 モランも距離を取りながら、『障壁』や『治癒』の祈祷で、絶えず援護を行っている。

 おかげでマンションはほぼ無傷の状態だ。

 何度か一ツ目鬼の攻撃を受け損ねていたが、見えない被膜がその度に威力を押さえていたし、負った傷もたちどころに回復している。

 前衛がひとりでも戦闘が成立しているのは、モランのこの底無しの容量キャパシティに依るところも大きい。

 ただ本人曰く、日頃の行いが良くカルマが高いおかげ、と宣う点については承服しかねるところがあるが。


 状勢としてはこちらが僅かに圧している。 

 だが会話をしながらも、全員が僅かな気すら抜かない。


 何故なら状況は、常に瀬戸際にある。

 マンションが唯一の要だ。

 もし彼が負傷すれば、敵の攻撃を受け止める壁役がいなくなり、ザバダックが魔術を発動させる為の時間を稼ができなくなる。

 敵に対して打つ手は、逃げる事のみとなる。


 前衛がひとりなのはやはりキツイなと、ザバダックは思う。

 いつもなら手の空いている若いのを数人雇うのだが、今回は中てが外れた。

 こんな時は、ナハトがいればなあ等と思わないでもない。

 まあいない奴の話をしても栓ない事だが。


「ああ地図と言えばね」

 トリスタンがのほほんとした口調で会話を続ける。


「『死体漁り団グールズ』から遺体のある場所を、聞き出そうとしたんだ。そしたら地図と引き換えに金を要求されたよ」

「どうしたんだ?」

「値切って二千ゲルン」

「大赤字じゃねえか。……まあ連中の言い分も分かんでもないけどよ」


 確かに地図は、探索者にとってかけがえのない商売道具だ。

 時間と命を削り、迷宮の構造、罠の配置、出現するモンスターなど貴重な情報を書き込み、作り上げたものだ。それをおいそれと他人に渡す気になれないのは当然だ。


 だがそもそもバジールの遺体と遺品の回収は本来、彼らが果たすべき事だ。せめて地図くらい素直に渡すくらいしても罰はあたらないだろう。


「こういう殺伐とした場所だからこそ義理人情は大事なんじゃないのかね」

トリスタンは寂しそうに笑う。


「まあ……やつらも余裕がねえのかもな」


『死体漁り団』が運営難という話を耳にしたことがある。

 大所帯である宿命もあるのだろう。

 ダンジョンの攻略が巧く行っている反面、戦利品の分配が満足にできていない。脱退者が後を絶たないなどの話をよく耳にする。

 

 ダンジョン探索において生き残る為の実力は必須。

 だが探索のその成否自体は運で決まる。


 拾ったアイテムがガラクタばかりでは収益はほぼゼロ。

 モンスターや道すがら見つけた植物、鉱物などから採取した素材を換金すれば、ある程度の収益にはなるが、それでもありふれたものに高値はつかない。

 腕は良くても、かつかつでやっているパーティーだって珍しくはないのだ。


老頭兒団ロートルズ』だって食い扶持が、確保できているから今回の依頼を引き受けただけだ。いつも慈善事業みたいなことをしているわけではない。


「……だがまあ世知辛れえわ」


 仲間の最期ぐらい、仲間が面倒を見てやるのが筋だと思う。

 いくら仕事の付き合いとはいえ志を同じくした仲だろう。苦楽や生死を共にした仲だろう。

 死んでしまったらハイサヨウナラ。使い捨て感覚で放置というのは如何なものか。


 ザバダックは魔術を完成させると、八つ当たり気味に『炎の小杖』を振りかぶった。

 杖の先端に留まり暴発し様なくらいに凝縮されていた炎の塊が、弾かれたように飛んでいき一ツ目鬼の足元に着弾。床から一瞬にして立ち上った炎の渦に飲み込まれ、絶叫が上がる。


 仲間たちが時間を稼いでいる間に丹念に練り込んだ魔術『火の嵐(ファイアストーム)』である。

 炎がしつこくしゃぶり尽くし、その声が途絶える頃には大きな炭の塊ができあがった。



 結局、バジールの遺体は回収できなかった。

 目的の場所にはサイクロプスに食い散らかされた骨が堆積していたのだが、どれが彼の骨かも分からなかったのだ。勿論、ここでは目当ての指輪も見当たらなかった。


 だが帰り道に、駄目元で、サイクロプスの死骸を漁ってみたところから、腹の辺りから犠牲者となった探索者の装備らしきものの破片がいくつも転がり出てきた。

 そのなかに指輪らしきものも混じっている。


 鋼鉄製のそれには楕円形の青い瑪瑙があしらわれている。台座の縁には小さな頭や手や足が生えており、全体が人体を模している。ちょうど収まっている瑪瑙ーー大きく膨れたお腹をおさえているように見える。

 バジールの娘が話していた特徴とも一致する。


 どうしてこの奇妙な意匠の指輪を、最愛の娘に遺そうと思ったのか。

 バジールの美的感覚を疑いたくなった。


 指輪を念入りに点検する。

 かみ砕かれてできた傷や、消化されかけた痕などは見あたらずほぼ原型を留めている状態ではあった。

 だが一点だけ問題がーー。


「少し煤けちっまったようだな」

「どっかのじじいが張切ったせいじゃのう」

「うるせえ。綺麗に磨けば問題ねえよ」


 ザバダックは指輪に息を吹きかけて、袖口で念入りに瑪瑙を擦る。


「磨け磨け。これ以上、報酬を減らされたら堪んねえ」

「違いねえな」


 バジールの敵討ちと、目的の指輪の回収が完了できた四人はほっとして、一斉に声を上げ笑った。



「へえ、なかなかの品ですね」


 ついこの間までくすんだ瞳をしていた少年が、いつの間にか一人前の鑑定士に成長している。

 この『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』を訪れると、いつも時間の流れの容赦のなさを感じるから嫌いだ。


 現店主であるフジワラはいつものようにのほほんと鑑定の結果を告げてくる。


「これは『悪食の指輪』という付与道具(アンティーク)ですよ」


 トリスタンが怪しいと言うので瑪瑙の指輪を鑑定しにこの店にやってきたのだが、意外な結果が待っていた。

 外見が奇妙なだけだと思っていた指輪は、どうやらとんでもないお宝だったようだ。


 指輪には、魔力の痕跡や反応を隠す『隠蔽』の魔術がかかっていたらしい。これをやられると付与道具かどうかの見極めが素人には困難になるのだ。


「やっぱりな」

「すげえもんだ」

「儲けたのう」


 背後で茶を飲んでいた三人がにわかに活気づく。

 若干一名、当初の目的を忘れている爺様がいるが、これはバジールの娘に返すものだぞ?


「『悪食の指輪』っていやあ、あれか。何でも食べれるようになるやつ」

「正確には『お腹に入れたあらゆるものを栄養に代えてしまえる』ですね」


 ザバダックはなるほどと若干広くなった額をぴしゃりと叩く。

 その説明で合点がいくことがあったのだ。


 バジールの『雑食』という二つ名の由来についてだ。

 つまりやつは遭難した際に、この指輪を使って生き延びたのだろう。


 本来、粘菌スライムの死骸など食べれたものではない。

 専門家ならともかく、素人が調理したところで不味いだけ。何もせずに喉に通すような真似をすれば、運が悪ければ食中毒になるか、身体の内側から食い破られるはずの代物だ。

 当時は話を盛っているのだろうと高をくくっていたが、どうやらこの指輪を使って本当に食していたらしい。


『死体漁り団』の連中はこれが『悪食の指輪』であることを知らなかった。

 その事実を知っていれば彼らは死に物狂いで、一ツ目鬼と闘い、回収し、自分たちの物にしただろう。何故なら探索者垂涎のアイテムである上に、かなり高値で取引される代物なのだ。


 バジールは仲間達には指輪の秘密を黙っていた。

 正直に告げれば手柄になったろうし、団内の立場も良くなっただろう。だが仲間から非難を受けるリスクを覚悟した上で、死ぬまで隠し通した。


 それ程までに、やつはこの指輪を自分の娘に遺したかったのだ。

 ザバダックには子供はいなかったが、その親心が少しだけわかった。恐らくは自分が死んで養えなくなったとしても、飢える心配がないように、という切実な想いがあったのだろう。


「切ねえなあ」


 ザバダックは普段なら死んだ時の事など考えない。

 若い頃、兵隊だった時も、探索者になってからも、年老いてからもそうだ。死んだらそれで全部終わり、後は煮るなり焼くなり好きにしろと思っている。

 概してそういうスタンスを貫いてきた。


 だが今回の一件で考え、改めて思った。

「やっぱ骨くらいは拾って欲しいもんだな」


トリスタンがいつもの調子で、肩を叩いてくる。

「安心しろって、尻の毛一本も残さず連れて帰ってやるよ」

「じゃあ葬儀はおれが取り仕切ってやる」とモラン。

「ではわしは墓石を彫ろうかのう」とマンション。

「……」

 頼もしいのか、用意が良過ぎるのか、よく分からない連中である。


 だがまあ長い付き合いだ。

 ザバダックには配偶者も子供も居なかったが、こいつらに任せればバジールのようにダンジョンで野たれ死んだままという事はないだろう、と思った。


「勿論、装備は売るけどね」

「おれは『魔術師の篭手』を予約する」

「わしは『炎の小杖』が欲しいのう」

「その時は高価で買い取りますよ」

 フジワラまでにこにこしながら乗ってきた。


「そこはちゃんと棺に入れるって言ってくれよ……」

 ザバダックはがっくりと肩を落とす。


「はははは御冗談を仰る」

「死ぬ前にひとつくらい善行詰んでおけよ」

「そうじゃ、そうじゃ。わしゃその金で毎晩ステーキを食う」

「却下だ! 却下! 全部棺に入れろ! ひとつ残らずだ! いやそもそもおまえらが死ね。死んでおれに遺産を残せ! その金でのんびり余生を送ってやる!」


 そう怒鳴ってやると、何がおかしいのか仲間たちはどっとなって笑った。


 まったく冗談ではない。

 自分にはまだやり残したことは山ほどある。死んでたまるかと思った。


「どうぞ」

「ふん」

 フジワラが差し出してきたマグカップをひったくるようにして、手元に持ってくる。

 口をつけ、啜るといつもの濃く苦いだけで、ひたすら美味しくない珈琲の味がする。


 それから「だが、まあこいつらになら何を持ってかれてもいいや」とこっそり呟いたりもするザバダックであった。



鑑別証『悪食の指輪(無印)』


『汝、飢えを知る者どもに告げる、常にその血を十滴捧げよ――さすれば世界は貸し与えよ、鋼鉄の食道を、白銀の胃袋を、黄金の臓物を、凡てを糧とし消化せよ、ヨルムンガンドの胃袋のごとく』


『かつてあらゆる料理を食べ尽くした『美食家』マシェリは口元を拭いながら思いました。果たして泥とはどんな喉ごしなのじゃろう。雑草とはどんな風味なのじゃろう。石とはどんな歯応えがするのじゃろう。飽くなき好奇心を満たす為、彼女は誰よりも強靭な歯と胃を欲しがりました。そうして、作られたのが世にもおぞましき『悪食の指輪』なのです。~『古き良き、そして世にも奇妙な魔術師たち大全』より抜粋~』


 上記からも分かるように、『古き良き魔術師たちの時代』には、風変わりなものを食べたがる魔術師向けの嗜好品というくくりにあったこの道具ですが、現在ではダンジョン探索者羨望のサバイバルグッズのひとつとして扱われております。


 どこまでも果てしなく続く地下ダンジョンを往くもの達にとって最大の心配事は何といっても食料事情。

 例え百戦錬磨の強者であっても空腹だけは避けることができません。もし手持ちの食料が尽きてしまったら、生きるために身近にある何かを口にしなくてはいけなくなります。

 例えば、貴方の傍らに横たわった大蚯蚓ロングワームとか大目玉デスアイとか……。


 そんな時にこれひとつ持ってさえいれば、毒や食中毒などになる心配はありません。お腹を下すことすらなく、たちどころに消化して栄養に変えることができます。

 例えどんな環境におかれても決して飢え死にすることだけはない、ある意味で最強の付与道具なのです。


 えっ……そんなものを食べるくらいなら死んだ方がマシ?

 まあ勿論、美味しいものお腹いっぱい食べた方が幸せなのは言うまでもないことですけどね。

以上が、『老頭兒団ロートルズ』と『悪食の指輪』の経緯である。

彼らと少年だった頃のフジワラとの出会いについては何れ、物語られるだろう。

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